39.自由な男
窓を開け放った部屋で一人、彼は帰りを待っていた。
日が差す場所に近づくことも出来ない彼は、窓の先に広がる青い空しか目に映らない。
「くそっ、夜なら俺も手伝えたんだが……」
悔しさに唇をかみしめる。
そこへ影が蠢く。
気配をいち早く察知したディルは、テーブルの横にできた影に視線を向ける。
「戻ったか」
「ええ、待たせたわね」
「いや無事ならいい。それで相手は?」
「焦らないで。今から出すわ」
私にせっかちだと言った癖に、彼も人のことは言えないわね。
焦る理由はよくわかるし、責めるつもりはないのだけど。
私は影から拘束したロレンスを出す。
「ぷっは! 影の中は苦しいな!」
「この通りよ。大気の守護者を捕まえたわ」
「そうか。捕まえられたなら一安……ん? 大気の守護者!?」
「ええ」
驚いて目を見開いたディルは、私とロレンスの顔を交互に見る。
部屋の時点では正体がわかっていなかったから、彼が知らないのも当然だった。
そして驚くことも。
「いやー捕まった~ 完全に油断してたね、うん」
「こいつが……大気の守護者なのか?」
「間違いないわ。宙に浮いたり、飛び回れる人間なんて他にいないでしょ?」
「そ、そうか。いや、別にお前を疑ってるわけじゃないんだが……」
ディルはロレンスをじとーっと見つめる。
言いたいことはわかる。
雰囲気が軽いというか、他の守護者たちに比べて子供っぽい。
のほほんとしている感じが守護者らしくない、と私も思う。
「そっちの人とは初めましてだね? 僕はロレンス・シロエ! よろしく!」
「あ、ああ、よろしく……」
気さくに挨拶をされ、ディルも戸惑っている。
その反応を疑いながら、こそっと私に耳打ちにする。
「おい、こいつ何なんだ?」
「大気の守護者よ」
「そうじゃなくてだな! というか何があった?」
「逃げた彼を捕まえただけよ」
それ以上のことは何もなかったと説明した。
一度では信じてもらえなくて、三回同じセリフを口にしてようやく諦めてくれたらしい。
というより諦めたみたい。
理解できない状況に頭を悩ますディルに、問題のロレンスが無邪気に尋ねる。
「ねぇねぇあんた! さっきゴルドフのおっさんに勝ったって話してたよね? あれ本当なの?」
「ん? ああ、やっぱり聞こえてたんだな」
「聞こえてたよ。その少し前から聞いてた。二人って他の守護者を狙ってるんでしょ?」
おそらく何も意図していない問いだったのだろう。
彼の一言から私たちは察する。
これから聞き出すつもりだったけど、自分から話してくれたおかげで手間が省けた。
「なんで狙ってるの?」
「教えるつもりはないわ」
「えぇ~ 面白そうだし教えてくれても良いんじゃ――!」
ニコニコ顔のロレンスに向けて、影の刃の切っ先を向ける。
「立場がわかっていないようね。質問できるのは貴方じゃなくて私たちよ」
「ひ、ひぇ~」
緊張感のない反応を見せる。
煽っているわけではなく、こういう性格なのだろうと今なら思える。
やっぱりこの男は少々馬鹿なのだろうとも。
「ここで聞いたこと、見たものは忘れなさい。他言すれば、その時は異能を使わなくても空を飛べるようになるわ」
「そ、それって身体なくなってる感じだよね?」
「ええ、よくわかっているわね」
「う……目が本気だ」
「当然でしょう? 私の邪魔をする者には容赦なんてしないわ」
本気であることを示すために、私は影の刃をさらに近づける。
いつでも攻撃できるという意思を見せつける。
「わ、わかってるよ。誰にも言わない。誓って言わない」
「本当ね?」
「うん。僕はこう見えても口は堅いんだ。それにー、黙っていたほうが面白そうだしね」
「面白そう? なんでそう思うんだ?」
ディルが私たちの会話に入り込む。
ちょうど私も同じ疑問を抱いた。
私たちが他の守護者を狙っていると知って、どうして面白そうなんて思えるのか。
彼の意図は未だに読み取れない。
「お前も同じ守護者だろう? 俺たちを放置することにどんな利益があるんだ?」
「利益? そんなの知らないな。僕はただ面白そうだなって直感的に思っただけだよ」
「わからないわね。貴方は誰の味方なのかしら?」
「誰って、そんなの決まっているだろ? 僕は僕の味方だよ。それ以外にあるの?」
彼は堂々とそう答えた。
表情から伝わるのは、何を当たり前のことを言っているんだという呆れ。
彼はおそらく、心からそう思っている。
「何か勘違いしてるみたいだけど、僕は別に二人の邪魔をするつもりはないよ? そりゃー同じ守護者だけどさ? 別に命を取ろうってわけじゃないんだろ?」
「どうしてそう思うの?」
「だって、そのつもりならとっくに僕を殺しているだろう? こうして話を聞いてくれている時点で、殺すことが目的じゃないことくらいわかるよ」
なるほど……。
どうやらただの馬鹿ではないみたいね。
気付くところには気付いている。
だからこんなに落ち着いていられるのかもしれない。
「僕は他人が考えていることなんて、実際あまり興味がないんだ。国とか守護者とか、そういう使命も本当は面倒くさい」
彼はひとりでに語り出す。
「面白いことだけを探して生きていたい。それ以外はどうでもいい。せっかく一度きりの人生なんだ。楽しまなきゃ損だろう?」
「お前……」
「ん? 何かおかしいこと言ってるかな?」
「……いいや、その通りだな」
ディルも呆れながらに理解したらしい。
彼は世の中の大抵のことに興味がないのだろう。
興味をそそられるものを探す。
それ以外はどうでもいいと、心底思っているに違いない。
だから呆れた。
ある意味では、私たちに近い。
自分ばかりを優先する生き方が、少しだけ重なる。
「自由……いいえ、無責任な男ね」
「はははっ、よく言われるよ」
これが大気の守護者。
確かに吹き抜ける風のように、捉えどころのない人物だった。