37.風が吹く
窓ガラスがガタガタと音をたてる。
今日はいつもより風が強い。
「外で働いている人たちは大変そうだな」
「そう思うなら手伝ってあげたらいいじゃない」
「わかって言ってるだろ? こんな天気のいい日に外なんて出てみろ。一瞬で丸焦げになる」
「言葉だけ聞いたら引きこもりね」
と皮肉を言いながら多少の同情はある。
彼の場合は、気分の問題とかそういう浮ついた理由ではなく、本当に出られない。
異能の力によって強化された彼の肉体は日光を弱点とする。
日光を浴びた箇所から燃え上がり焼き尽くす。
しかしそれでも、彼は死なない。
「全身が燃える経験なんて二度としたくない。あんなの死んだほうがマシだ」
「試したのね」
「別に意図的じゃないさ。この異能が開花した直後に、知らないまま外に出て知ったんだ。痛くて苦しくて、泣きたくても涙すら蒸発するんだぞ?」
「想像させないで。気分が悪くなるわ」
「そうだな。悪い」
不死身の肉体は彼にとって望まぬ力でしかないのだろう。
戦うこと以外には価値を見出せない。
死にたくても死ねない。
満足に太陽の下も歩けない。
まさに呪い。
もしも力が誰かに与えられた物だとすれば、彼も私もその誰かに相当恨まれているのでしょう。
親切だとしたら、本当に迷惑だわ。
神妙な空気のまま静寂が包み込む。
ガタガタと窓が揺れる音に、私とディルは反応する。
「そういえば、大気の守護者はどこにいるんだろうな」
「さぁ、そっちの情報は一つもないわね」
窓を揺らす風で思い浮かんだのは、守護者最後の一人。
大気の守護者シエロ家。
その当主は変わり者で、ほとんど屋敷にはいない。
フラフラと世界中を旅してまわっているそうだ。
まさに自由気ままに吹き抜ける風のように、捉えどころのない人物とも言われている。
「実際、森の守護者よりやっかいなんじゃないか?」
「そうでもないわ。ただ放浪しているだけなら探し出すことくらいできるでしょう。それに、私との交流はなくても、他の守護者との交流はあったはずよ。ボーテン卿にでも聞きましょう」
「う、よりによってあいつか……」
「アレクセイに聞くよりはマシでしょう? それに今すぐは行くつもりはないわ。貴方がボーテン卿と戦った記憶は新しい。しばらく会うのは控えましょう」
「そうだな。バレてまた戦うことになるのは嫌だぞ」
「ふふっ、勝者のセリフとは思えないわね」
その時、風が吹き抜けた。
窓を揺らしていた強い風が、部屋の中に入り込む。
カーテンが揺れて、外の日差しが入り込む。
「どうして窓を開けたの?」
「俺じゃないぞ。というかわかってるだろ」
「そうね」
日光を浴びたら身体が炎に包まれる。
そんな彼が自ら窓を開けることはない。
ましてやずっと私と話していたのだから、そんなタイミングはなかった。
風が強すぎて窓が開いてしまったのだと思った。
ちょっとくらい風が入るのは心地いい。
だけど今日の風はとくに強くて、放っておくとテーブルの上の資料も飛んでいきそうだ。
私は窓に近づけないディルに変わって席をたち、窓を閉めに向かう。
「――へぇ。あんたあのおっさんに勝ったのか! 凄いな!」
「「え?」」
互いに顔を見合った。
声が明らかに違っていても、ここには私たちしかいないから。
気配がなかった。
私たちはほぼ同時に、窓のほうへ視線を向ける。
「面白そうな風に誘われてきた見たら、なんだか興味深い話をしてるよね? 僕もまぜてくれないかな?」
銀色の長髪。
女性のように綺麗な髪を後ろで結んでいる。
髪の長さのせいか、一瞬だけ女性に見間違えてしまうほど整った顔をしていた。
特徴のある人物だ。
ただ、私は知らない。
「貴方の知り合い?」
「違うぞ」
「そう」
二人とも無関係な部外者。
誰かわからないような人物に今の話を聞かれてしまった。
どこから聞かれていたのか。
そんなことは重要ではなく、聞かれてしまった時点でやることは決まっている。
「影よ。捕えなさい」
「おっと!」
伸ばした壁を躱すように、男は窓から飛び降りた。
私の執務室は屋敷の三階にある。
生身で三階から飛び降りて無事で済むはずがない。
しかし、彼は平気な顔して着地し、ニコリと笑みを浮かべて走り去っていく。
「逃がさないわ」
一部でも秘密を知られた以上、このまま逃がすわけにはいかない。
私は彼を追うために窓に駆け寄る。
ディルも追いたい素振りを見せるが、外は雲一つない青空で日差しも強い。
「貴方は待機していて。私が追うわ」
「ちっ、悪い。気をつけろよ」
「ええ」
私は窓から飛び出す。
影を足場に使って着地し、男が逃げた方向に意識を集中する。
ギリギリだけと、私の影が届く範囲内にいる。
それなら――
◇◇◇
屋敷から離れ逃げる男。
後ろを振り向いて、誰もいないことを確認している。
「あれれ? 追いかけてこないのかな? なんだつまらな――」
「見つけたわ」
「――い!?」
私は男の影から手を伸ばす。
掴んでしまえば影の中に引きずり込める。
だけど一瞬だけ相手の反応が早かった。
咄嗟にジャンプして私の手を躱す。
「影から手が!? そんなこともできるんだ!」
「まだよ」
掴めなかった私は影を操り、無数の手の形に変形させて男を襲う。
ディルのような速さがない限り、この攻撃は躱せない。
はずだった。
「あっぶないなー」
「――まさか」
彼は宙を舞った。
否、宙に浮かんだ。
その瞬間、私は彼の正体にたどり着く。
「大気の守護者?」
「正解!」






