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【WEB版】ループから抜け出せない悪役令嬢は、諦めて好き勝手生きることに決めました【コミカライズ連載中】  作者: 日之影ソラ
本章第一幕

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37.風が吹く

 窓ガラスがガタガタと音をたてる。

 今日はいつもより風が強い。

 

「外で働いている人たちは大変そうだな」

「そう思うなら手伝ってあげたらいいじゃない」

「わかって言ってるだろ? こんな天気のいい日に外なんて出てみろ。一瞬で丸焦げになる」

「言葉だけ聞いたら引きこもりね」


 と皮肉を言いながら多少の同情はある。

 彼の場合は、気分の問題とかそういう浮ついた理由ではなく、本当に出られない。

 異能の力によって強化された彼の肉体は日光を弱点とする。

 日光を浴びた箇所から燃え上がり焼き尽くす。

 しかしそれでも、彼は死なない。


「全身が燃える経験なんて二度としたくない。あんなの死んだほうがマシだ」

「試したのね」

「別に意図的じゃないさ。この異能が開花した直後に、知らないまま外に出て知ったんだ。痛くて苦しくて、泣きたくても涙すら蒸発するんだぞ?」

「想像させないで。気分が悪くなるわ」

「そうだな。悪い」


 不死身の肉体は彼にとって望まぬ力でしかないのだろう。

 戦うこと以外には価値を見出せない。

 死にたくても死ねない。

 満足に太陽の下も歩けない。

 まさに呪い。

 もしも力が誰かに与えられた物だとすれば、彼も私もその誰かに相当恨まれているのでしょう。

 親切だとしたら、本当に迷惑だわ。


 神妙な空気のまま静寂が包み込む。

 ガタガタと窓が揺れる音に、私とディルは反応する。


「そういえば、大気の守護者はどこにいるんだろうな」

「さぁ、そっちの情報は一つもないわね」


 窓を揺らす風で思い浮かんだのは、守護者最後の一人。

 大気の守護者シエロ家。

 その当主は変わり者で、ほとんど屋敷にはいない。

 フラフラと世界中を旅してまわっているそうだ。

 まさに自由気ままに吹き抜ける風のように、捉えどころのない人物とも言われている。


「実際、森の守護者よりやっかいなんじゃないか?」

「そうでもないわ。ただ放浪しているだけなら探し出すことくらいできるでしょう。それに、私との交流はなくても、他の守護者との交流はあったはずよ。ボーテン卿にでも聞きましょう」

「う、よりによってあいつか……」

「アレクセイに聞くよりはマシでしょう? それに今すぐは行くつもりはないわ。貴方がボーテン卿と戦った記憶は新しい。しばらく会うのは控えましょう」

「そうだな。バレてまた戦うことになるのは嫌だぞ」

「ふふっ、勝者のセリフとは思えないわね」


 その時、風が吹き抜けた。

 窓を揺らしていた強い風が、部屋の中に入り込む。

 カーテンが揺れて、外の日差しが入り込む。


「どうして窓を開けたの?」

「俺じゃないぞ。というかわかってるだろ」

「そうね」


 日光を浴びたら身体が炎に包まれる。

 そんな彼が自ら窓を開けることはない。

 ましてやずっと私と話していたのだから、そんなタイミングはなかった。

 風が強すぎて窓が開いてしまったのだと思った。

 ちょっとくらい風が入るのは心地いい。

 だけど今日の風はとくに強くて、放っておくとテーブルの上の資料も飛んでいきそうだ。

 私は窓に近づけないディルに変わって席をたち、窓を閉めに向かう。


「――へぇ。あんたあのおっさんに勝ったのか! 凄いな!」

「「え?」」


 互いに顔を見合った。

 声が明らかに違っていても、ここには私たちしかいないから。

 気配がなかった。

 私たちはほぼ同時に、窓のほうへ視線を向ける。


「面白そうな風に誘われてきた見たら、なんだか興味深い話をしてるよね? 僕もまぜてくれないかな?」


 銀色の長髪。

 女性のように綺麗な髪を後ろで結んでいる。

 髪の長さのせいか、一瞬だけ女性に見間違えてしまうほど整った顔をしていた。

 特徴のある人物だ。

 ただ、私は知らない。


「貴方の知り合い?」

「違うぞ」

「そう」


 二人とも無関係な部外者。

 誰かわからないような人物に今の話を聞かれてしまった。

 どこから聞かれていたのか。

 そんなことは重要ではなく、聞かれてしまった時点でやることは決まっている。


「影よ。捕えなさい」

「おっと!」


 伸ばした壁を躱すように、男は窓から飛び降りた。

 私の執務室は屋敷の三階にある。

 生身で三階から飛び降りて無事で済むはずがない。

 しかし、彼は平気な顔して着地し、ニコリと笑みを浮かべて走り去っていく。


「逃がさないわ」


 一部でも秘密を知られた以上、このまま逃がすわけにはいかない。

 私は彼を追うために窓に駆け寄る。

 ディルも追いたい素振りを見せるが、外は雲一つない青空で日差しも強い。


「貴方は待機していて。私が追うわ」

「ちっ、悪い。気をつけろよ」

「ええ」


 私は窓から飛び出す。

 影を足場に使って着地し、男が逃げた方向に意識を集中する。

 ギリギリだけと、私の影が届く範囲内にいる。

 それなら――


  ◇◇◇


 屋敷から離れ逃げる男。

 後ろを振り向いて、誰もいないことを確認している。


「あれれ? 追いかけてこないのかな? なんだつまらな――」

「見つけたわ」

「――い!?」


 私は男の影から手を伸ばす。

 掴んでしまえば影の中に引きずり込める。

 だけど一瞬だけ相手の反応が早かった。

 咄嗟にジャンプして私の手を躱す。


「影から手が!? そんなこともできるんだ!」

「まだよ」


 掴めなかった私は影を操り、無数の手の形に変形させて男を襲う。

 ディルのような速さがない限り、この攻撃は躱せない。


 はずだった。


「あっぶないなー」

「――まさか」


 彼は宙を舞った。

 否、宙に浮かんだ。

 その瞬間、私は彼の正体にたどり着く。


「大気の守護者?」

「正解!」

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