36.自然体で
「勘弁してくれ」
「ふふっ」
「なんで笑うんだよ」
「思った通りの反応だったからよ」
不死と最強の戦いから一夜明け、私たちは執務室で語らう。
私からディルに、ゴルドフからの伝言を伝えてみたら、彼は疲れと呆れを混ぜ合わせたような表情を見せた。
言葉も表情も、思い描いた通りだったから、思わず笑ってしまった。
「案外貴方もわかりやすいわね」
「俺じゃなくても同じこと思うだろ? あんな戦いは二度とごめんだ」
「そうかしら? 貴方にとっては望むべきものじゃなくて?」
「ふっ、残念ながらあいつじゃ俺は殺せない。強いだけじゃ駄目なんだって」
そう言ってソファーに腰を下ろす。
普段はずっと立ったまま話をしているのに、今日は珍しい。
不死身といっても疲労は蓄積されるのか。
昨日の激戦の疲れが残っているのかもしれない。
「まぁいいわ。しばらくは休んでいなさい」
「ん? いいのか? お前のことだからさっそく次の目標をーとか言い出すと思ってたんだが」
「私はそこまでせっかちじゃないわよ」
「いや、十分せっかちだろ」
ディルは呆れながらそう言った。
自分がせっかちだと思ったことがなくて、彼に言われて初めて考えさせられる。
確かに少し……急いではいた気がする。
「私がせっかちかどうかは別として、今は動けないわ」
「俺のことなら心配いらないぞ?」
「貴方の心配はしていないわ」
「そうですか」
ディルはちょっと残念そうに目を逸らす。
心配してほしかったのかしら?
「次に狙うべき相手は森の守護者よ。彼女から異能を吸収するためには準備がいる……そういう話をしたでしょう?」
「ああ、そうだったな。そうか、もう二人は終わったのか」
「ええ」
「意外と早かったな」
アレクセイとゴルドフの件は、順調すぎるほど上手く進んでくれた。
おかげで考えていた予備の作戦も使わずに済んでいる。
ただ、ここから先はそう簡単にはいかない。
対抗すべきが強さではないからだ。
戦いに持ち込むだけでよかった前者とは異なり、まずその状況を作ることが難しい。
「彼女がいる森については調べたわ。かなりの広さがあるわね。私の異能の領域を軽く超えているわ」
「世界最大の森林だからな。そんなものだろう」
森の外側から一気に侵入できれば、とか考えていたのだけど。
初見の場所に影で移動できる範囲には制限がある。
外側ギリギリから始めても、移動するのに十数回は姿を見せる必要がある。
森全体が彼女のテリトリーであるのなら、一度姿を見せた時点で気付かれてしまう。
そうなれば彼女を探すのは困難を極めるでしょう。
「彼女を見つけるためには、一度でも気づかれたら終わりよ。知らなかったとはいえ、私が偽物だと気づけなかった異能はやっかいだわ。彼女が本気で隠れてしまったら、私じゃ見つけられないでしょうね」
「俺も同感だな。あの森は広すぎる。俺でも一周するのに数分かかる」
「その間に隠れられるか、逃げられてしまうわね。そもそも本物と人形を見分ける術がないわ」
「ん? いや、それは俺が見ればわかるよ」
思わぬ返事が聞こえて驚く。
人形と本体の区別は、彼女を探す上で必要不可欠なことだ。
私にはあれを見分ける手段がない。
探すならそこも方法を見つける必要があると思っていたのに。
そういえば、彼はどうして森の守護者が人形だと知っていたのかしら?
「どうしてわかるの?」
「血だよ」
そう言って彼は右手のひらを私に見せるように向ける。
「血?」
「ああ。人形には血が通っていないだろう? 一目見ればそれがわかるんだ。俺の異能は血液を操る。だから血に敏感なんだ。普通は感じないような血の匂いとかもわかるんだよ」
「匂いで判断しているのね。驚いたわ。まるで犬みたいね」
犬は匂いで場所や個人を判別できる。
何もない場所を歩いていても、匂いを嗅いで誰かが通ったことを認識する。
「い、犬って……せめて狼とかにしてくれないか? そんな可愛らしいものじゃないぞ」
「そうね。犬に失礼だったわ」
「……俺に失礼だと思わないところは尊敬するよ」
「あら、ありがとう」
私とディルは互いに笑う。
同じ笑顔でも宿っている感情が違うのだけどね。
ディルのほうは引きつっている。
「お前……なんか最近楽しそうだな」
「そうかしら?」
「ああ、活き活きしてるよ。あとよく笑うようにはなったな」
「……気のせいよ」
口ではそう言いながら、自覚はあった。
笑顔なんて作りもの。
取り繕うために無理して笑うことが当たり前だった今までと比べたら、確かに笑う機会が増えた。
作りものじゃなくて、自然な笑みがこぼれることが……。
生きるための目的をもって、着実に前へ進んでいる。
実感が心を高揚させている?
それだけじゃなくて、話し相手がいることも大きいかもしれない。
気を遣わなくてもいい。
敵意を向ける必要もなく、後ろめたさも感じない。
だからストレスがない。
自然体でいられるこの時間に、少しずつ慣れていっているのかな?
「何ニヤついてるんだ?」
「気のせいよ。あと人の顔をじろじろ見ないでくれるかしら?」
「ひどいな……」
「ふふっ」
ループの始めは思いもしなかった。
こんな風に穏やかな時間を過ごして、笑える日が来るなんて。






