3.お父様が相手でも
「セレネ、その力……いつから使えたんだ? 誰が知っている?」
「まだお父様しか知りませんけど?」
「そうか……それは好都合だ。セレネ、お前は金輪際、この屋敷から出さん!」
「嫌です」
冷たく否定する私に、お父様は両目を見開いて驚く。
さっきから驚いてばかりいる。
そんなに私の豹変が信じられないのでしょうか?
少しも思わなかったのかしら。
私がどれだけ耐えているのか……いつか爆発する日が来ることすら考えもしなかったのね。
「くっ、お前……意味をわかって言っているのか?」
「こちらのセリフです。お父様にその権利はありません」
「何を言っている? お前は私の娘で、私はこの家の当主だぞ」
「それは、つい先ほどまでの話でしょう?」
異能を宿した六つの家柄において、当主になるためには条件がある。
その条件さえ満たしていれば、性別も、年齢も、出自も、人格すら問わない。
たった一つ、確固たる条件。
それは――異能を有していること。
「私はこうして異能を有しています。だから私には当主になる資格がある」
「資格があろうと私が認めることはない。現当主は私なのだ」
「いいえ、お父様の意見なんて関係ありません。だってお父様の異能は、私の異能より弱いじゃありませんか?」
「な、なんだと……」
異能は受け継がれる。
親から子に……子供の力が強くなれば、対照的に親の力は弱体化する。
その後、子供の力が成熟した時、親は力を失う。
「さっきの攻撃も弱々しかったですから。これは力が私に移り、お父様の力が弱くなっている証拠です。弱い異能では、当主を名乗る資格はありませんよ」
「……ふ、ふふっ、そうか。どうやら理解していないようだな!」
叫んだお父様の身体から、眩い光が放たれる。
全身から溢れる太陽の力によって、周囲の気温が上昇する。
「先ほどの攻撃が全力だとでも思ったのか? 手加減してやったのだ! 娘が相手だからな」
「ふふふっ、面白いことを言いますね? 私のことを娘だと思っていない癖に」
「セレネ! お前は……もういい。お前が異能を開花させた以上手段は選べん! 動けないようにして地下深くに幽閉する」
「残念ですけど、お父様の思い描く未来は訪れませんよ」
神々しい輝き。
私も昔は、この輝きを綺麗だと思っていた。
だけど、今はそう思えない。
私にとってお父様が放つ光は、目障りでしかなくなっていた。
眩しいだけの光なんていらない。
消えてしまえばいい。
「光に呑まれろ! セレネ!」
「……いいえ、呑まれるのはお父様です」
光が強ければ強いほど、私の影は濃くなり強くなる。
あらゆる光を吸収する漆黒に。
太陽の輝きだろうと、完全な闇と化した影の前では無力だ。
「光を閉ざせ――影の檻」
お父様の太陽の力は周囲を熱で溶かす。
光を高圧縮したエネルギーはすさまじく、強大な力をもつ魔獣ですら一撃で葬る威力がある。
異能の中でもっとも強く、もっとも他に影響を与える力。
だけど、その力すら呑み込んでしまう。
私の足元から伸びる影。
影は膨れ上がり、光を吸収しながら拡大していく。
瞬く間に屋敷を包み込んだ影が、お父様の放つ光ごと食らいつくす。
「ば、馬鹿な! 太陽が影に呑まれるなど!」
「だから言ったじゃないですか。お父様の力より、私の力のほうが上です。今の私の前では……お父様の光は淡すぎます」
影がお父様の身体まで到達し、光ごと覆い隠す。
「く、くそっ!」
「知っていますか、お父様。影の異能には、他の異能を吸収してしまう力があるんですよ」
「や、やめるんだ!」
「お父様の中に残った力も、私がもらってあげますね」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおお」
お父様の叫び声も、影に吸収されて消えてしまう。
辛そうな顔をしている。
だけどね?
お父様だって、私に同じことをしたんですよ?
嫌がる私を、貴方は無理やり殺したことがあるんですから。
「力……私の力が……」
私に力を奪われ脱力して、お父様は膝から崩れ落ちた。
「情けない声ね。いいじゃないですか力くらいなくなっても……殺されるよりマシでしょう?」
「き、貴様……正気か? こんなことをして許されるとでも」
「ええ、もちろん。だってこれで当主は私でしょう? お父様の許しを請う必要なんてないわ。今日からはお父様が、私に許しを請う番よ」
お父様の元に歩み寄り、彼を上から見下ろす。
慈悲はない。
親子であることすら、今の私にとってはどうでもいい。
きっと今日のことを知れば、みんなが私を酷い奴だと罵るだろう。
別にそれでも構わない。
理解できるはずはないんだ。
ただ冷静に考えて、誰も自分を殺した相手と仲良くなんてできるはずないでしょ?
全ての死因がこの人だったわけじゃない。
それでも、実の娘を殺した男にかける慈悲なんてない。
「セレネ……」
「なんですか? 元当主のお父様」
「貴様!」
お父様は咄嗟に腰の剣を抜いた。
その表情は殺意で溢れている。
本気で殺そうという気持ちが剣に宿っていた。
私はそれをあざ笑うように、影を纏わせた右手で払いのける。
「無駄よ。今のお父様には私を傷つけることなんてできないわ」
「く、くそっ!」
「まだ諦めないのね? じゃあ仕方がないわ」
私の邪魔をするなら、誰であろうと容赦はしない。
どうせ殺されたらループするんだ。
だったら、殺されないために殺すのだって普通のことでしょう?
私は影を操り、お父様の身体を縛り上げる。
力を失ったお父様なんて簡単に捕らえられる。
「ぐ、あ……」
「弱いわね。お父様」
ここまで圧倒的だと、いっそ哀れだ。
ループの記憶が頭に流れる。
お父様に殺されたのは四回目のループだった。