26.誰から襲う?
「さぁ、誰から行こうかしら」
「……」
「迷うわね」
「……はぁ、本気でやるつもりなんだな」
執務室で悩んでいる私を見て、ディルは諦めたようにため息をこぼす。
王城から帰宅した翌日。
私たちは今後について話し合いをしている。
「当然でしょう? 嫌なら貴方は見ていればいいわ。邪魔をするなら別だけど」
「協力するよ。俺もあの石板の秘密は見てみたいんだ。それに……」
彼は私をじっと見つめる。
「それに?」
「お前を一人にしちゃいけない気がしてるんでな」
「……なによそれ。子ども扱い?」
「違う。いやまぁ、一人にしたらとんでもないことをやりそうだなとは思うけどな。お前は俺とは違う意味で、死を恐れてないだろ」
そんなの当たり前じゃない、と呆れながらに答えた。
私が恐れるものは停滞。
これから何も変わらず、繰り返す悪夢だけ。
死ぬことなんて怖くない。
「危なっかしいんだよなお前。見てると放っておけなくなる」
「貴方に言われたくないわよ」
「それもそうだが……無茶するなら俺にやらせろ。俺は死にたくて生きてるんだ。死ねる可能性がある機会は俺が貰うぞ」
「……ふっ、そうね。必要になったら頼るわ」
頼るなんて、我ながらテキトーなことを言った。
今のは自分に呆れた笑いだった。
「ねぇ、貴方なら誰から順番に襲う? やっぱり森の守護者かしら?」
「襲う前提で話すなよ。ちなみに聞くが、なんで彼女なんだ?」
「女性だからよ。襲いやすそうじゃない」
「その言い方は語弊があるからやめてくれ。あと現実的に彼女を襲撃するのはリスクが高いぞ」
「どうして?」
彼女を候補にあげたのは、単に女性だからというわけではなかった。
彼女の力は、他の守護者たちに比べて争いに向いていない。
主に傷や病を癒す力であり、敵と争うための異能ではないらしい。
らしい、というのは実際を知らないからだ。
異能の全容を知っているのは、その家の人間だけ……同じ守護者の家系であっても他家の異能を完璧に把握しているわけじゃない。
ディルは私の疑問に答える前に、壁側の棚を漁り始めた。
探していたのは地図だった。
彼は地図をテーブルの上に広げる。
「理由はいくつかあるが、まずは間違った情報を正しておくよ。森の異能は戦闘向きじゃない……というのは嘘だ。あれほど戦闘、こと守りに適した異能を知らないよ」
「やっぱり嘘の情報なのね」
「嘘ってわけじゃない。癒しの力はある。ただ、それが主じゃない」
ディル曰く、森の異能は癒しの力を省いて二つあるという。
植物を自在に操る力と、動物たちと意思疎通を図る力。
どちらも厄介な異能だ。
「彼女の異能は森全域をカバーしている。あの森に入った時点で彼女には感知されるだろう。いかに君の異能でも、本宅へたどり着く前にバレる。森には彼女の仲間になった動物たちもいるからな。まず隠密行動が不可能なんだ」
「強行突破しかないってことね。それならそれで構わないわ」
「簡単じゃないって言ったろ? 面倒なのは見つけるところだ。彼女は植物を操る力で、自らの人形を作って操っている。この間のパーティーに来ていたのも人形だ」
「……あれが人形?」
話しかけられた時の記憶を思い返す。
声、仕草、見た目の細かい部分まで人間らしかった。
とても人形だなんて思えないほどに。
「これでわかっただろ? 彼女を襲うことの難しさを。侵入、捜索、発見……この工程だけで見つかるリスクが極めて高いんだ。初手で失敗したら二度とチャンスはないと思ったほうがいい」
「そうみたいね。やるなら最後……もしくは相当な準備が必要になりそうだわ」
「諦めはしないんだな」
「当然よ。いざとなったらリスクを冒してでもやるわ。ただ、最初はやめておきましょう」
順番的に後回しね。
最後に……いいえ、最後ではないわ。
もし襲撃する場合、もっとも難易度が高いのは……。






