22.不法侵入
夜。
月の淡い光が優しく照らす。
日付も変わり、人々が寝静まった頃に街を歩く。
「夜は静かでいいわね」
「なんだ? 昼より夜のほうが好きなのか?」
「どちらかといえばそうね。昼というより、太陽が好きじゃないわ。眩しくて暑くて、うっとうしいもの」
「そういうものか……」
隣で歩く彼は夜空を見上げる。
私は彼の横顔を見ながら、ぼそりと呟くように言う。
「意外ね。貴方もそうじゃないの?」
「俺か? 俺は……好きとか嫌いとか、そういう次元じゃないからな。話しただろ? 俺の身体は太陽の光を浴びられない。日の下に出ると、全身が炎に包まれるんだ」
まるで物語に出てくる吸血鬼のよう。
初めて聞いた時、私はそんなことを口にした。
彼は笑って、その通りだなと答えた。
その笑顔はとても悲しそうで、色々なものを諦めている顔だった。
「……けど、私はやっぱり太陽が嫌いよ」
「そうか。太陽を見られない俺には、眩しさを感じられるお前が少し羨ましいけどな」
「そう。代われるなら代わりたいものね」
「はははっ、やめといたほうがいい。不死身なんて、楽しくもなんともないぞ」
贅沢な悩みだ。
私や彼の悩みを聞いた人は、そう思うのだろう。
死んでも死なない。
終わりがきてもやり直せる。
端から見れば便利な力で、羨ましいと思うかもしれない。
ただそれこそ、何も知らないでというものだ。
「ところで、このまま歩いて王城までいくつもりじゃないよな」
「そんなわけないじゃない。王城の近くまで行ったら影を使って移動するわ」
「最初から影で移動したほうが早くないか? 確か行ったことのある場所なら移動できるんだろ?」
「ええ、そうね。私も一人ならそうしたわ」
影移動は私が行ったことのある場所なら、どれだけ離れていても繋げることができる。
また自身を中心とした一定領域内であれば、行ったことのない場所でも移動は可能になる。
影さえあれば、直通のトンネルを作れる。
ただ、影の中での自由が保障されているのは本人だけ。
部外者は影の中を移動することも、呼吸をすることもできない。
その状態で影の中に潜り続けた場合、普通の人間なら早々に窒息死してしまう。
「移動距離が長いほど、影の中にいる時間も長くなるわ」
「なるほどな。だけど別に気にしなくてもよかっただろ? 俺はこの通り不死身なんだ」
「死ななくても苦しいわよ」
「――お前、案外優しいよな」
そう言って彼はくすりと笑った。
無意識に気を遣っていた私は、指摘されて初めて気づく。
少し恥ずかしい。
「苦しい思いがしたいなら、今からでも連れて行ってあげるわよ」
「いや、俺も苦しいのは嫌いだからな」
「でものんびり移動するのも時間がもったいない。ここは俺に任せてくれ」
「任せろって、ちょっと!」
彼は唐突に私の背後に回り込んだ。
肩と膝の後ろに手を回され、ふさっと身体が浮く。
そのまま彼は地面を強く蹴って跳びあがった。
「なんのつもり?」
「このまま王城の近くまで移動する。しばらく我慢してくれ」
「勝手なことするのね」
「こっちのほうが早いだろ? それにせっかく手を結んだんだ。お互いの長所は活かしていこうぜ」
月を背に宙を駆け、赤い瞳で私を見つめながら微笑みかける。
なんだか泥棒にでも攫われている気分だ。
「はぁ、もういいわ。落としたら承知しないわよ」
「わかってるよ」
風をきる音と、不規則に感じる浮遊感は案外心地いい。
空から見下ろす街並みも新鮮で悪くなかった。
「適材適所……ね」
「そういうことだ。上手く使って行こう。お互いにな」
「そうね。そうしましょう」
あっという間に王城の前へたどり着く。
警備の目があるから、少し離れた場所で着地した。
「というわけで、ここからは頼むぞ。俺も中までは入れない。さすがに警備の目がある」
「ええ」
私は目を瞑る。
移動可能な範囲内にある影を通して、私は地形や周囲の状況を把握できる。
書庫の大まかな場所はディルに聞いた。
彼曰く、日中はともかく深夜なら誰もいないだろうということだった。
「いけるわね。誰もいないみたいよ」
「この時間だからな」
「ええ、移動するわ」
「おう」
私とディルは手を握る。
「この距離なら移動に一秒もかからないわ。その間は我慢……どうかした?」
ディルは握った手をじっと見つめていた。
「いや、大したことじゃないんだが……誰かと手を握ったのって、久しぶりだなって思ってさ。人の手って温かいんだな。忘れてたよ」
「……そう。本当に大したことじゃなかったわね」
そう言いながらも私には彼の気持ちがわかってしまう。
私も似たような感覚はあった。
私たちは離れないように手を握りしめ、影の中に潜る。
時間にすれば一瞬。
沈み込む感覚の直後に押し出される。
「着いたわ」
「おお……本当だ」
目を開ければ無数の本が並んでいる。
王城の中にある書庫。
ここには国中の、いや世界中のあらゆる本が保管されているそうだ。
梯子をかけないと届かないほど大きな本棚には、さすがに圧倒される。
「懐かしいな。ここへ来るのも」
「私は初めてなのよ?」
「わかってるよ。感慨にふけってる時間もないし、さっさと探そうか」
「ええ」
本棚の中から私たちが探すのは、異能とこの国の歴史について。
私たちが知らない知識が、ここに眠っている。
そう信じて調べ始めた。






