21.不審者みたい
本章開幕です!
新しい朝が来る。
いつも通りの時間に目が覚めて、身体をゆっくりと起こした。
少しだけ身体が重い気がする。
昨日の疲れが残っているみたいだ。
「いろいろ起こったから仕方ないわね」
独り言をつぶやき、ベッドから降りる。
パンパンと手を叩くと、扉の前に待機していたメイドが中に入ってくる。
「お呼びでしょうか? 当主様」
「ええ。着替えを手伝ってもらえるかしら?」
「かしこまりました」
お願いすれば言うことを聞いてくれる使用人たち。
着替え一つとっても、手伝ってもらえるのは非常に楽だった。
こんな生活を続けていたら自立する力を失ってしまいそうだけど、疲れている日の翌日くらいは大目に見てほしい。
なんて、誰に咎められることでもない。
これはいたって普通の生活だ。
貴族の令嬢なら……。
「お待たせいたしました」
「ありがとう。もう下がっていいわよ」
「はい。当主様」
「どうかしたの?」
いつもはすぐ下がるメイドが、今日は何やらソワソワしている。
聞きたいことでもあるみたいな様子を醸し出していた。
彼女はチラチラと扉のほうを見ている。
「ああ、外の男なら心配いらないわ。彼と話があるの。もう下がってもらえる?」
「は、はい。失礼いたします」
メイドは慌てて部屋を出て行く。
バタンと閉まった扉を見つめながら、私は小さくため息をつく。
「はぁ。もう入っていいわよ」
「ああ」
聞こえてきたのは男性の声。
出会って一日も経過していないのに、その姿を見慣れるという不思議なことが起こっている。
彼は私の部屋に入ると、居心地が悪そうに顔をしかめる。
「昨日はよく眠れたかしら?」
「おかげさまでな。けど、屋敷の人間には不審者みたいな目で見られたぞ」
「実際そうなのだから仕方がないわ」
「おい! ちゃんと説明してないのかよ」
「何をどう説明して良いのかわからないわ」
「……それもそうだったな」
ディル・ヴェルト。
彼は王族でありながら、その存在を忘れ去られている。
覚えているのは弟である現国王と、秘密を打ち明けられた私だけだ。
屋敷の人間も困惑していることだろう。
昨日は帰りが遅かったこともあって、彼についてまともな説明ができていない。
そうでなくても説明しにくい状況で、見た目も黒々としているから余計に怪しまれる。
さっきのメイドも、扉の前に立っていた彼のことを尋ねたかったみたいね。
「なぁ、本当にここにいていいのか? 住むところを提供してもらえるのは有難いんだが、迷惑じゃないか?」
「別に貴方のためじゃないわ。協力するなら目の届く範囲にいてもらいたいだけ……私の目的のためよ」
「そうか。だったら遠慮しないぞ?」
「ええ、それでいいわ。どちらにしても、苦労するのは私じゃなくて周りだもの」
「お前なぁ……」
呆れるディル。
彼と私は協力関係にある。
厳密には協力ではない。
目的は対極、けれど向かう先は似ていた。
だからお互いに利用し合う。
私はループを越えて生きるために、彼は不死の呪いから解放され死ぬために。
「屋敷の人間には貴方を私の護衛として雇ったと伝えるわ」
「それで納得するのか?」
「私がこの家の当主よ? 納得しないなら出て行けばいいわ」
「強気だな随分……いや、お前はそれでいいのか」
彼は納得したように頷いた。
ループした九回分の記憶が彼の中にもある。
過去の記憶として、私がループした回数分が蓄積されているらしい。
だから、彼は知っている。
私が今日まで歩んできた道のりが、決して平たんではなかったことを。
今の私を形成しているものを……。
◇◇◇
朝食を済ませた後、私たちは当主の執務室に集まった。
私は自分の椅子に腰をおろし、彼は壁にもたれたまま立っている。
「これからどうする?」
「異能について調べるわ。先に貴方が知っていることを教えて」
「俺もそれほど詳しくないぞ。王族だった期間も短いし、異能に関する文献も数が少ない。たぶん、お前が知ってる程度のことしか知らない」
「そんなことないでしょう? 貴方だって、そうなってから自分で調べたはずでしょう?」
現国王が異能に目覚めたのは、彼が五歳の頃だと言われている。
つまりは七年前。
その頃に、ディルは月の異能を開花させたということになる。
「それとも七年間、何もしてこなかったのかしら?」
「……ったく」
彼は小さくため息をこぼし、壁から背を離して私の隣へ来る。
「確かに自分で調べたさ。けど、俺が調べたのは自分の異能に関してだ。異能全般の知識はお前とそんなに変わらない。俺が知りたかったのは自分の力と、どうすれば死ねるかってことだ」
彼は拳をぐっと力一杯に握りしめる。
強く握りすぎて、手のひらから血が流れ出ていた。
だけどすぐに治癒する。
これが彼の異能……不死の呪い。
どんなに深い傷を負っても瞬時に治癒し、当人が死にたいと願っても、攻撃されれば身体が勝手に反撃してしまう。
自分の意思ではコントロールできない力だという。
「死ぬための方法ならいろいろ試したさ。異能には異能でって思ってお前にも挑んだ……まぁ全部無駄だったけどな」
「勝手に期待されても困るわね」
「その通りだな。だからすまない。俺が知ってることは少ないよ。月の異能に関しても、外に情報は残っていなかった。あるとすれば……」
「王城ね」
ディルはこくりと頷く。
「王城にも書庫がある。それから一か所、気になる場所があるんだ。そこに入ることができれば……もしかすると」
「そう。じゃあ今夜にでも行きましょう」
「え? 王城だぞ? わかってるのか?」
「ええ。王城くらい簡単に侵入できるわ。私の異能なら……ね」
「そういう意味じゃなかったんだけど……まぁいいか」
無断での侵入は罪に問われる。
そう言いたかったのだろうけど、私にはいらぬ心配だわ。






