2.守護の異能
ループの原因は未だわからない。
ただ、仕組みは大体把握できている。
まずループの開始地点は固定化されていて、必ずあの場所に戻ってくる。
エトワールに十回も婚約破棄を言い渡され、おかげさまで彼のことがとても嫌いになれた。
昔の私ならショックを受けていたけど、今は逆に清々しい気分でいられる。
慣れというのは恐ろしい。
こんな風に、ループ前の記憶はしっかり引き継がれている。
そして最も重要なことは……。
死がループの終わりにはならないということ。
形や経緯は関係ない。
殺されようが、事故死しようが、自殺しても結果は変わらない。
場所や時間、タイミングがバラバラでも同じ結果を生む。
これまでのループで、すでに色々と試している。
自死を選んでもループから抜け出せなかった時は、さすがに心が折れかけた。
その直後は投げやりになって、ループ一回分を無駄にしてしまった。
「今から思えば勿体なかったわね」
投げやりにならず、試せることを試せばよかったと思う。
その時は冷静にはなれなかったし、我ながら仕方がなかったと諦めている。
「さて……」
そうこうしている内に、私は屋敷へと帰ってきていた。
王都にある屋敷の中で二番目に大きな建物。
自分の家のはずなのに、どこか他人の家にあがるような感覚がある。
私はこの屋敷で歓迎されていない。
貴族の娘が帰ってきたなら、普通は出迎えの一つもあるだろう。
そもそも自力で帰ってきている時点で普通じゃない。
ループ以前に、もう慣れてしまったことだけど……。
「なぜお前がここにいる?」
「……お父様」
屋敷の玄関を潜り中へ入ると、偶然にもお父様と遭遇した。
この時間に屋敷にいるなんて珍しい。
今までのループではなかった展開だ。
「パーティーはどうした?」
「つまらないので帰ってきました」
「なんだと?」
お父様の表情が強張る。
元から苛立っている様子だったけど、私が生意気な口を利いたから余計に。
「聞き間違いか? つまらないと聞こえたが」
「合っていますよ。とてもつまらないパーティーでした。私にとっては……」
「お前……」
「お父様だって知っていたのではありませんか? 全て」
エトワールが私との婚約を破棄する話も、ソレイユと婚約をし直すことも、お父様は全て知っている。
当然だろう。
曲がりなりにも私の父親で、ヴィクセント家の現当主様なのだから。
「なんの話だ?」
「惚けるのですね。別にどうでもいいことでしょうけど……お互いに」
「セレネ、頭でも打ったか? 先ほどから調子に乗り過ぎだぞ」
「いいえ、もっとひどくて痛いことをたくさん経験してきました。おかげで目が覚めましたわ」
お父様にとって、私の変化は予想外のものだったのだろう。
少なくともお父様に反抗的な態度をとることなんてなかったから。
ちょうど気分も悪かったからか、私が態度を改めない様子を見て、お父様はさらに苛立ちを見せる。
「はぁ、どうやら本当に頭でも打ったようだな。また躾が必要か」
「必要ないわ。お父様から受け取る物なんて何一つありません。私はもうお父様の言いなりになるつもりはないの」
「その生意気な口、二度と利けないようにしてやろう」
お父様が【太陽】の力を発動させる。
かざした右手の上に、まばゆく輝く光球が浮かぶ。
「怪我ではすまんぞ? 謝罪するなら今のうちだ」
「ふっ、それはこちらのセリフです。怪我をしたくなければやめなさい」
「そうか。ならば痛い目をみてもらうしかないな」
お父様は光球を放つ。
自分の娘に向って躊躇なく攻撃する。
そういうところが嫌いで、だからこそ後腐れなく対処できる。
「弱い光ですね」
「なっ、馬鹿な!」
お父様の放った光球を、私の影が呑み込む。
まばゆい光は一瞬にして消え去った。
その光景にお父様が驚愕する。
「なぜお前が守護者の力を! しかも……その力は【影】か!」
「お父様の【太陽】と対になる力です」
「あ、ありえん……ソレイユではなくお前に覚醒したというのか? それも……よりによって【影】の力を」
「ええ、そのようですよ? お父様の思い通りにいかず残念ですね」
この国で王族に次ぐ権力を持つ六つの家。
彼らに共通しているのは、『守護の力』という異能を有していること。
そのうちの一つが、私のヴィクセント家。
ヴィクセント家が受け継ぐ異能は【太陽】と【影】。
他の家が一種類に対して、なぜか私の家は二つの異能のどちらかを受け継ぐ。
と言っても、【影】の異能が受け継がれた例は過去一回しかない。
その一回が悲劇を生んだことで、【影】の異能は不吉の象徴とされている。
「なんということだ……お前に異能が宿ったことだけでも不運だというのに……」
「世間に知られれば大変なことになりますね? お父様」
「貴様、なぜ笑っている? 何がおかしい!」
「ふふっ、どうしてでしょうね?」
私に異能が宿っていることを知ったお父様は、そのことを世間から隠した。
影の異能は不吉の象徴として忌み嫌われている。
次?代に受け継がれたのが太陽ではなく影の異能だと知られれば、周囲の反応は冷ややかなものになるだろう。
異能によって優遇された地位が揺らぐ。
だからお父様は私を屋敷に隔離して、外に出さないようにした。
あわよくば、妹のソレイユが異能を覚醒させることを信じて。