16.月夜の邂逅
私の周りにいるのは一人。
姿は見えなくても気配はある。
気配さえあれば、捕らえることは難しくない。
「夜でも影はあるのよ。私の異能に影の濃さや大きさは関係ないわ」
少しでも影があれば、そこを起点に広げることができる。
月明かりによって生まれた足元の影を一気に広げ、周囲の地面を覆い隠す。
影に反応がない。
ということは――
「上ね」
地面にはいない。
ならば考えられるのは地面よりも上。
壁の上は見通しがよくて誰かいるのか視認できる。
そこじゃない。
だったら選択肢は一つ。
周囲にはいくつも木が生えているからその上しかない。
私は広げた影を変形させ、無数の鞭を生み出す。
影の鞭は伸縮自在。
強度も実際の鞭より強く、形をさらに変形させれば刃にもなる。
木の上まで伸ばして捕らえるくらい容易だ。
「そこね」
影に反応があった。
私の右側に生えている一番大きな木の上だ。
私は影の鞭を一気に送り込む。
反応が消えた?
捕らえたと思った先で気配が消えてしまう。
直後、背後に気配を感じてまた消える。
次は左手側、その次は正面。
移動している?
それも目で追えないほどの速さで?
ただの人間じゃなさそうね。
「だったら加減はしないわよ。追いなさい!」
影の量を倍に増やす。
鞭の数も増え、高速で移動する何者かを捕えようと動く。
相手の位置は目で追えなくても、地面には影が広がっている。
影を踏んだ場所を通ったことはわかる。
踏んだ瞬間に足元の影を変形させて捕らえれば……。
「――速すぎね」
速すぎて反応が間に合わない。
気づいた時にはもう移動している。
あきらかに人間の動きじゃない。
魔獣にしては気配が違うし、考えられるとすれば一人。
大気の守護者。
パーティーには参加していなかった人物。
他の三人と同様に面識はないけど、一方的に私のことを知っている可能性はある。
何よりこんな動きを異能を用いない人間ができるとは思えない。
ただ、だとしたら目的はなに?
さっきから逃げるばかりで攻撃はしてこない。
この速度なら私から逃げることなんて容易いはずなのに……。
「うっとうしいわね」
意図がまったく読めずイラつく。
捕らえられないまま周りをチョロチョロされるのもストレスだ。
もし目的が私をイラつかせることなら、もう十分に果たしたでしょう?
「いい加減、終わらせるわよ」
瞬間、血しぶきが舞う。
鞭の先が鋭く変化し、高速で動く何者かを捕えた。
否、貫いた。
「殺さないつもりだったけど、無理そうだから諦めたわ。恨むなら勝手にしなさい」
顔は見えない。
全身を灰色のローブで隠し、フードで顔も隠れている。
見た目の体形からして男性ではあるみたいだ。
全身を貫かれて動けずぐったりしている。
さすがに死んでしまったわよね……。
せめて顔だけでも見ておこうかしら。
そう思って近づく。
「――ぬるいな。この程度じゃ俺は死なないよ」
「えっ――」
生きていた。
死んでいなかった。
彼は強引に身体を動かし、刺さっている影から身体を抜いていく。
あり得ない。
影は急所も貫いていた。
あれで生きているはずがない。
仮に即死しなかったとしても、こんなに動けるはずがない。
それなのに……。
「どうして動けるの?」
影の拘束から完全に抜け出し、彼は私の前で平然と立っている。
私は驚愕する。
貫かれた傷口が塞がっていく。
「治癒しているの?」
口では言いながら頭の中で否定する。
治癒なんて領域の現象じゃない。
まるで時間が巻き戻っているような……流れでていた血も身体の中に戻っていっている。
「貴方……何者なの?」
「……」
彼は無言のまま動かない。
フードで隠れた中から、赤い瞳がこっちを見ている。
「誰でもない。俺は……ただの怪物だ」
「そう? 怪物の癖にちゃんと話ができるなんて驚きだわ」
「人間だった頃もあったからな」
「そうなのね。それで人の言葉が上手なのかしら」
話している間に、傷は完全に治癒してしまった。
大気の守護者かもしれないという予想は、どうやら外れていたみたい。
ただ、何らかの特殊な力を持っていることは明らか。
異能……なのかはわからない。
少なくとも、私が知っている異能の中に、こんなにも怪物じみた力はなかった。
「それで? 怪物の貴方が私になんの用かしら?」
「お前と戦いにきた」
「戦い? だとしたらおかしいわね。貴方は逃げてばかりじゃない」
「待っていたんだよ。お前が本気を出してくれるのを……殺す気で来てくれなきゃ意味がないんだ」
――来る!
「影よ! 我が盾となれ」
彼は右手を振るう。
その手からは赤い血が流れていた。
飛び散った血が矢のように形を変え、私に向って放たれる。
攻撃が来る予感がしていた私は、咄嗟に足元の影を操り正面を守る壁を生成して防御した。
「血液を操る力、ね。貴方も異能を持っているね」
「どうでもいいだろ。そんなことは」
「そう? だったら貴方は何に興味があるのかしら?」
「決まっているさ」
彼は血を、私は影を操る。
お互いに敵意をむき出しにして。
「お前に俺が殺せるかどうかだ」
「おかしな人ね。その言い方だと、殺してほしいみたいに聞こえるわ」
本当に忙しい日だ。
今日は少し、帰りが遅くなってしまいそうね。






