12.お断りよ
瞬時に理解した。
この空間が彼の異能によって生み出されたものだと。
彼が持つ王族だけの異能が、未知の現象を引き起こしている。
理解と同時に警戒する。
今、この状況は普通じゃない。
異能という枠の中でも極めてイレギュラーな状況の中にいる。
だから私は、意図を探るために問いかける。
「貴方は誰なの?」
「ボクはユークリス・ヴェルト。この国の王族です」
「知っているわそんなこと。私が聞きたいのは、名前や肩書きじゃないわ。貴方が何者かということよ」
我ながら堂々過ぎるほど強気に質問して見せた。
王族を相手に失礼極まりない自覚はある。
もっとも、ここには私たち以外誰もいないようだし、聞かれる心配もないから臆さず続ける。
「何者か……ですか」
「答えなさい。返答次第では――!?」
影の力が発動できない?
この空間に影がないから使えない?
いいえ、そういう次元の話じゃないわ。
影を操る感覚すらない。
異能そのものが封じられている。
「ここはボクの夢の世界です。ボクが許可しない限り異能は使えません」
「……そうみたいね」
これが王族が受け継ぐ異能なの?
異能を無効化する異能……それにして夢の中ですって?
「知らなかったわ。王族にこんな力まであったなんて」
「ええ、ボク以外に誰も知りませんでした。今日、初めて貴女に見せるまで、誰にも見せたことはありませんから。これで秘密を知るのはボクと貴女だけになりましたね」
そう言って彼はニコリと微笑む。
安直な表現だけど、彼の笑顔は優しくて、温かくて……まるで陽だまりの中にいるような安らぎの感覚を覚える。
おかげで妙に気が抜けてしまう。
この奇妙な安心感も王族の異能なのかしら。
「そんなに警戒しないでください。ボクはただ、貴女とお話をしたいだけなんです」
「……話? 王族の貴方が私と何を話したいっていうの?」
「たくさんです。まずはおめでとうございます。ヴィクセント家の当主になられたばかりだとお聞きしました」
「ええ、つい最近にね」
こちらの事情は当然把握されているだろう。
「いきなり当主になるのは大変ではありませんか?」
「そうね。やることは多いわ。でも、それをいうなら貴方のほうこそでしょう? まだ子供なのに国王なんて、さぞ大変でしょうね」
「あははは……まぁ、そうですね。大変ではあります。ボクがというより、ボクの周りが一番……お姉様には迷惑をかけてばかりです」
「そう」
この国で、若くして王位に就くことは珍しいことじゃない。
先代の国王も、確か十代の後半に王位を継承された。
その前も同じだったという。
今回は特に早かったけれど、年数だけでみれば数年の差でしかない。
これには理由があった。
王族の男性は代々……短命なのだ。
皆、若くして亡くなられている。
先代も生きていれば今年で四十を超えていた。
建国から数百年、王族で未だ四十歳を超えた男は存在していない。
異能の継承が終わると、彼らは急速に衰えていく。
力と共に命まで差し出したかのように……。
「まるで呪いね」
「そうですね。ボクもそう思っています」
彼は笑う。
少しだけ、悲しそうな顔をして。
表情の中に潜む憂いは、とても十二歳の子供から感じられるものではなかった。
異能を宿して生まれ、王として立ち、短い命を燃やし尽くす。
なんて残酷な運命だろう。
私とは違う……やりきれない一生。
「貴方は、異能をどう思いますか?」
唐突な質問だった。
私はわずかに反応して、冷静に返す。
「どうって、ただの力でしょ?」
「はい。力です……先ほど貴方は呪いのようだと言いましたよね? ボクはこの力を呪いだと思っています」
「そうだとしたら、私たちを呪っているのは誰なのかしらね」
「わかりません。ただ……ボクはずっと感じているんです。この世界のズレを、何かが根本的に間違っていることを……」
彼は思い詰めたような顔をして下を向く。
私は彼の話を聞きながら眉をひそめた。
「要領を得ないわね。さっきからなんの話をしているの?」
「ボクたちの力と、ボクたち自身の存在についてです。ボクはそのどちらにも疑問を感じています。だから……貴女にお願いがあるんです」
「お願い?」
「はい。セレネ・ヴィクセントさん。貴女に――」
彼は願いを口にした。
その言葉を、私は一度聞いただけでは疑ってしまった。
信じられなかった。
これまでの話で一番、理解できないお願いだった。
「できませんか?」
「……本気で言っているの?」
「はい。ボクは最初から、これを貴女にお願いしたくてお招きしたんです。話したいだけというのは嘘でした」
「正気じゃ……ないわね」
少なくとも、私には考えられない。
穏やかな笑顔で、平然とできるようなお願いではなかった。
「壊れているの? 貴方は」
「そうかもしれません。だからこそお願いします」
今度は真剣な眼差しで私を見てくる。
嫌というほど伝わってくる。
彼は本気だ。
本気で私に……。
「理由を教えてもらえないかしら?」
「教えられません」
「どうして?」
「……それも、教えられません」
彼は視線を逸らす。
間違いなく、彼は何かを隠している。
私が知らない何かを知っている。
「だったら私の答えは決まっているわ。お断りよ」
「……ダメ……ですか」
「当然でしょう? 理由も知らされないまま、どうして私がそんなことをしないといけないの?」
今回に限っては、理由を聞いても断っていたかもしれない。
「そう……ですね」
「他を当たることね。私以外でも叶えられるでしょう」
「……どうでしょう。貴女ならもしかしたら……と思ったのですが、やっぱり無理ですか」
「どうして私なら聞いてくれると思ったのかしら?」
「その質問に答えたら、お願いを聞いてくれますか?」
目と目を合わせる。
エメラルドグリーンの瞳が、僅かに潤んでいるように見えた。
ふと、直感的に思う。
根拠は何もない。
ただ……もしかしたら、彼は私と同じ悩みを抱えているんじゃないかと。
「貴方も……いいえ、聞かないわ」
「そうですか。わかりました。変な話をしてしまってごめんなさい」
彼は私に頭を下げた。
「もうじき、夢から覚めます。そしたら、今のことは忘れてください」
「それは無理ね。印象が強すぎるもの」
「あははは……」
「だから、考えておいてはあげるわ」
「え?」
互いの身体が輝きだし、存在が薄れていく。
彼の言う通り、夢から覚めようとしている。
「さっきの願いは聞くつもりはない。でも、もし他の方法を思いついたら手伝ってあげるわ」
「――ありがとうございます」
消えていく空間で最後に見えたのは、光よりも眩しい笑顔だった。






