10.気安く名前で呼ばないで
守護の力。
かつてこの国を作り上げた王族に仕えた六人の騎士たち。
彼らには特別な力が宿っていた。
当時は魔法と呼ばれ、現代では異能と呼ばれている。
呼び方は重要ではない。
その力が特異で、彼ら以外に発現した者はいなかった事実こそが重要だった。
彼らは王族を支え、時に導き、共に国を作り上げた。
国を作り上げた時、国王は彼らに最高の地位と名誉を与えた。
そして、建国から数百年経った今でもその栄誉は続いている。
先祖から受け継がれた異能は、現代の当主たちに宿っていた。
星の守護者ウエルデン家。
大地の守護者ボーデン家。
水の守護者ワーテル家。
大気の守護者シエロ家。
森の守護者フルシュ家。
最後に太陽と影の守護者……ヴィクセント家。
六家からなる守護者の末裔。
そのうちの一家の当主に私はなった。
私たちの役割は、王族を支え国を守ることにある。
それ以外の業務は私たち六家にとっておまけみたいなものだった。
極論、有事の際に国と国王を守ることさえできれば、私たちの存在意義は保たれる。
逆に言えば、それほど重要な存在であるということだが……。
「楽な立場よね。先祖が優秀だったから優遇されているなんて」
「何かおっしゃいましたか?」
「ううん、なんでもないわ」
自室で着替え中、ぼそりと本音が漏れてしまった。
小声だったからメイドには聞こえなかったらしい。
ぼーっとしていて彼女がいることを忘れていた。
「ドレスはこちらでよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いするわ」
「かしこまりました」
華やかなドレスを選び、メイドに着替えを手伝わせる。
まるで貴族の令嬢がパーティーに向かう準備をしているように……。
って、実際そうなのだから当然か。
「ところで当主様、お時間はよろしいのですか? 確かパーティーのお時間は……」
「心配いらないわ。影を使って移動すれば一瞬よ」
「ですが確か、会場内での異能の使用は禁止されていたはずではありませんか?」
「中に直接入るわけじゃないから平気よ。会場の外に移動して、そこから歩けば十分に間に合うわ」
今夜のパーティーは特別だ。
開催される場所は王城内にある舞踏会場で、参加できるのは王家に仕える上級貴族の一部。
そして私たち守護の家系のみ。
半年に一度のペースで、このパーティーは開催されている。
当主同士の顔合わせ、親睦を深める意味合いをもち、お互いの近況を報告し合う。
前回まではお父様が出席されていた。
参加は強制ではないし面倒だから行くつもりもなかったけど、当主が私になったことをアピールするために最初くらい参加したほうがいいと思った。
それから、他の当主たちの顔を見るチャンスでもある。
「お待たせいたしました。お着替えが終わりました」
「ありがとう」
着替え終わった私は、目の前にある大きな鏡で自分を見る。
人形のように綺麗な服を着た自分が立っている。
不思議な感覚だ。
こういうお嬢様らしい格好は、もっと似合わないと思っていたから。
「案外しっくりくるのね」
「大変お似合いですよ」
「ありがとう。それじゃあ行ってくるわ」
「はい。いってらっしゃいませ」
異能を発動させ、影の中に潜る。
夕日も西の空に沈みかけていて、ちょうど広い影ができやすい時間帯。
私は会場近くの壁の裏側に移動した。
「――? 今……」
影から出た直後に、一瞬だけ誰かの視線を感じた。
すぐに感じた方向に視線を向けたけど、そこには誰もいない。
確かに感じたはずの視線も消えてしまった。
「気のせい……だったのかしら」
感じた視線に敵意はなく、ただ見られているだけだったと思う。
気にはなったけど、パーティーの時間も差し迫っていた。
私は一応警戒をしながらその場を後にする。
会場の入り口側に周り、白く清潔感溢れる扉を潜りパーティー会場へと足を踏み入れた。
「――眩しい」
入った瞬間に感じたことが口に出た。
照明のことだけじゃなくて、雰囲気に対しても言っている。
会場にいる参加者たちの服装が華やか過ぎて、明るくて、目が疲れてしまいそうだ。
よくこんなパーティーに好んで参加するなと、心の中で呆れる。
「セレネ?」
なるべく早く帰ろうか。
そう思っていたら、後ろから聞き覚えのある声が聞こえていた。
そうだった……。
このパーティーには彼も参加している。
六家の一つ、星の守護者ウエルデン家。
彼はまだ正式な当主ではないけど、近々当主になることが決まっている。
そして、少し前までの私の婚約者。
「こんばんは。ウエルデン卿」
「……驚いたよ。君がここへ来たということは、本当に当主の座を継いだんだね」
「驚いたですって? あの日にそう言ったはずよ。それに貴方の異能なら今日ここに私が来ることだって見えていたのではなくて?」
「……」
星の守護者であるウエルデン家が受け継いだ異能。
その能力は、未来視。
彼の目は指定した対象の未来が見える。
対象は人だけではなく、物や光景も選択できる。
国の今後を見定める上で極めて重要な異能であり、六家の中でもより優遇された家柄。
だけど、私は知っている。
彼には私に関する未来が見えていない。
影の守護者である私の未来だけは、星の異能では見られない。
これまでのループでそれを知った。
彼が私との婚約を破棄した理由の一つは、未来が見えない私が恐ろしかったからだ。
怖いから私を遠ざけ、お父様と協力して死に追いやった。
彼を見ていると思い出してしまう。
絶望の光景を。
私は彼から目を逸らし、その隣を通り過ぎようとする。
「セレネ!」
「一つだけ忠告しておくわ」
彼の隣で立ち止まった私は、冷たく小さな声で囁く。
「私と貴方はもう他人よ。気安く名前で呼ばないで」
「っ……わかった」
私は彼を許さない。
ある意味では、お父様以上に憎んですらいる。
彼のことを。
彼に少しでも期待していた……昔の自分に。






