1.死に戻り
第二巻5/10発売です!
物事には必ず終わりがある。
作られた物は時間経過とともに劣化し、いつか壊れてしまう。
命を授かった者も、寿命という絶対の終わりからは逃れられない。
ただ、終わりがあることは決して悪いことではない。
終わりがあると知っているからこそ、今を全力で生きようとする。
明日が来るか不確定だからこそ、今日の最善を尽くす。
そうして一日一日、一分一秒を全力で駆け抜けることができる。
命の終わりは、生を輝かせる重要な役割があった。
ならば逆に、その終わりがなければ?
例えば同じ日を、同じ人生を何度も繰り返すことが決まっていたら?
果たしてその時、前向きに生きることができるだろうか。
きっと難しいだろう。
少なくとも、私にはできない。
「はぁ……またこの光景……ね」
燃え盛る屋敷の中でぼそりと呟く。
炎に包まれ逃げ道はなく、見上げた天井もじきに崩れてきそうだ。
天井が落ちてきたら、私もぺしゃんこになる。
まぁもっとも、それまで命が持たないだろうけど。
「ぐっ、ふぅ……ぅ……」
腹部から赤い血が流れ出ている。
炎の色よりも濃くて、熱さなんて感じられないほど痛い。
この痛みには慣れない。
何度経験しても、痛いものは痛いんだ。
そう……私にとってこれは初めての経験じゃない。
痛みに苦しみながら死ぬのは、これで九回目だ。
「どう……して……」
こうなっちゃったのかなぁ……。
私はある期間をずっとループしている。
理由はわからない。
初めてループを経験した時、私はひどく興奮した。
困惑もあったけど、それ以上に嬉しかった。
自分の死に納得できなくて、やり直したいと思ったのは確かだ。
だから奇跡が起こったのかもしれないとさえ感じた。
でも、二回、三回……四回と経験するうちに恐ろしくなった。
何度繰り返しても、苦しい死からは逃れられない。
次こそは、今度こそはと臨んでも、結果はほとんど変わらなかった。
私は必ず苦しんで死ぬ。
幸福な終わりなんて訪れない。
ならせめて、この地獄が早く終わってほしい。
それすら叶わない。
「……いつまで、続くのかなぁ」
意識が遠のいてきた。
お腹の痛みも感じなくなっている。
死が近づいてきた証拠だ。
あと数秒もすれば、私は死ぬ。
ここで死ねば、私はまたあの場所で目覚めるだろう。
確信はある。
だって、もう九回も繰り返しているんだから。
嫌でもわかるでしょう?
死が終わりにならないことなんて。
「どうせ……また……繰り返す、の、なら……」
好きなように生きてみようかな?
薄れゆく意識の中で私は強く思う。
どれだけ望んでも、苦しみのループからは逃れられない。
いつも誰かに殺される。
殺されないように取り繕って、嫌われないように全力で愛想笑いをして。
でも結局変わらない。
他人の言動に一喜一憂するのは疲れるんだ。
私の人生なのに、誰かに振り回されているみたいで……もう、うんざりだよ。
決めた。
私はもう諦めることにした。
他人に気を遣うのも、死を怖がるのも止めよう。
十回目のループは、好きなように生きる。
邪魔する者は、誰であろうと許さない。
たとえ自分の手を汚すことになっても、私はループを越えてみせる。
◇◇◇
深い深い水の中に沈んでいって、背中が底に着く。
その直後に、周りの水が一斉に身体の中に入っていくような感じがする。
死に戻りから目覚める時の感覚。
私はまた繰り返す。
確信を持って、意識が覚醒する。
私は今、目をつむったまま立っている。
周囲から賑やかな音が聞こえる。
場所はパーティー会場、目を開ければ正面に――
「セレネ」
私の婚約者、エトワール・ウエルデン卿が立っている。
普段はニコニコしている癖に、この時に限って神妙な表情で私を見ている。
見飽きた顔だ。
この後、彼が何を言うかも私にはわかっている。
ループの始まりはいつだってここだ。
「大切な話があるんだ。聞いてくれるかい?」
「……」
「実は――」
「ソレイユと婚約したいから、私との婚約を破棄したいのでしょう?」
「なっ……」
私に先を越された彼は酷く驚いている。
事情を知っているギャラリーたちも、つい先ほどまでニヤニヤしていた癖に、一瞬で空気が変わる。
「どうしてそれを……」
「なぜでしょうね? ご自慢の【星読み】で見ればよろしいではありませんか」
「っ……それは……」
「冗談です。貴方にそれができないことを私は知っていますから」
嫌味を含んだ言い方で、エトワールを責める。
どうして知っているのか?
そんなの、何度も同じセリフを聞いていれば嫌でも覚えるでしょう。
もっとも彼らには理解できないでしょうけど。
「話は以上ですね? それでは失礼いたします」
「ま、待つんだセレネ! どこへ行くつもりなんだ?」
「どこへでもいいではありませんか。私はもう、貴方の婚約者ではないのでしょう?」
「……」
彼は言いよどんで下を向く。
その通りだから言い返すこともできないのだろう。
呼び止めて何をするつもりだったのかは気になるけど、どうせ大したことじゃない。
私は小さくため息をこぼし、彼に背を向ける。
「ではさようなら。ソレイユとお幸せに」
こうして私にとって、十回目のループは始まった。
【作者からのお願い】
新作投稿しました!
タイトルは――
『没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしれきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!』
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