鬼の恋
私が鬼になって何百年たったのだろうか。死ぬときに誰かを恨んで死んだのだろうが、あまり覚えていない。心にぽっかりと穴が空いたまま私は薄暗い山の中で暮らしていた。
ある日、私はその山で一人の少女に出会った。16歳くらいだろうか。道に迷ったようで、不安そうな顔をしていたが、正直、人間は苦手なため、関わりたくなかった。昔から鬼だからと斬りかかってきたり、見た瞬間逃げられたりしたからだ。彼女も私が声をかけたところですぐに泣きながら逃げるだろうし、鬼に会ったことが村の住民に知られれば私はもうここにはいられない。そう思い、その場から離れようとした瞬間、彼女に気づかれてしまった。
最悪だと思ったが、彼女の反応は私が思っていた反応と異なっていた。
彼女は少し嬉しそうに駆け寄り、
「もしかして、本物の鬼さん?」
と聞いてきた。
私は思わず
「あぁ、そうだが」
と言ってしまった。否定して隠せばよかったと後悔した。だが、彼女はさらに顔をキラキラとさせてきた。
「わたし、鬼さんに会うの初めて!嬉しいわ!」
となぜか喜ばれた。
少し戸惑ったが、人間の笑顔を見れたのはなんだか嬉しく感じた。
それから、彼女はほぼ毎日私のところに来ては、学校でのことを話したり、川で釣りをしたりした。大きな杉の木の下で話すのが日課となった。
何百年も一人で過ごしてきたからだろうか。彼女と過ごす時間がとても幸せで何よりも大切に感じた。
彼女と出会って2年が経ったある日、彼女は少し悲しそうに私を見つめてこういった。
「私ね、他県の大学に進学するから来月引っ越すの。あなたとこうやって話せるのもあと少しになってしまったわ」
そう聞いた瞬間、行かないでほしいと言いたくなったが、人と共に暮らせもしない鬼がそんなことを言ってはダメだと思い、私はその言葉を飲み込んだ。
「そうか。寂しくなるな」
「…夏と春に会いに来るから、泣かないで」
泣かないで…とは…?
不思議に思っていたが、しばらくして涙が流れていることに気づいた。
「すまない、大丈夫だ。すまない…」
「気にしないで。私も泣いているもの」
彼女を見るとぽろぽろと涙を流していた。
「君が泣いているところは初めて見たな」
「私だって鬼さんが泣いているところは初めて見たわ」
「あぁ、そうだな」
昔はよくつらくて泣いていた気がするが、鬼になってからは泣くことはなかった。
久々に悲しくて泣いてたが、嫌な気持ちではなかった。
そして、1か月後に彼女は遠くへ引っ越していった。
それからは、彼女とは年に数回いつもの杉の木の下で話をした。
次第に会う回数は減っていったが、会う度に愛おしさが増していった。
私も人間だったらよかったのに。人間に戻りたい。
だが、それは叶わない。この時間を大切にしよう。そう思った。
彼女と出会って数十年が経った。
彼女は結婚し、幸せな家庭を築いて数年前にこの世を去った。
彼女はもういないが、私は夏になるといつもの杉の木の下で彼女と過ごした日々を思い出した。