~気づいたら土方!?~
社会人になり早五年が経ち、同僚と二人で小さな居酒屋で仕事の愚痴を話している。
半分になったビールジョッキを一気に飲み干し、ずれた眼鏡をいつもの位置に戻した。
「それにしても桜子先輩の言い方は無くない? 私、ただ歴史好きで眼鏡かけてるだけだよ!」
右手にジョッキを握りしめ、左手はテーブルについて同僚の顔近くで怒る。
「確かにね、でもそんなに怒ることはないんじゃない? 眼鏡のことを言われただけでしょ?」
「安奈は分かってない、私だって安奈みたいに可愛ければこんな事で怒らないよ」
「江は分かってないよ、眼鏡をはずしてコンタクトにして笑顔でいればかわいいんだよ」
安奈はいつもと変わらずの笑顔で私に言った。
そんなこんなで二時間ほど経ち店を後にした。
「あんまり気にしないでね」
手を振る安奈に手を振り返し家路に着く。
程なくして後ろから大きな声と、大きな音とともに私は空中にいた。
あれ、なんで私空飛んでるの。
そんに酔うほどに飲んだっけ。
そんな事を考えているといきなりの全身に痛みが走る。
ほんの数秒で理解した。
私は今跳ねられたんだ。
なんか声がする。
でも周りの声が聞こえない、むしろ声が段々遠のいていく。
満月の綺麗なその日、私は見知らぬ場所にいた。
ここは、何かの撮影場所なんだろうか。
しかしそんな場所にきた覚えはない。
よく思い出してみると、私はさっき車に轢かれたはずだ。
けど痛みが無い。
改めて周りを見るとそこはテレビで見たことのある京都の街並みだった。
「どういう事?」
意味が分からず考えていると、後ろから声が聞こえてきた。
「土方さん、何してるんですか」
土方さんて、どこかで聞き覚えのある名前。
そっか、新選組の鬼の副長だ。
土方さんと同じ苗字の人だなんて、なんて羨ましいんだろうか。
そんな事を考えていると、私の肩にを乗せて土方さんと呼ぶ。
「ん?」
背後から置かれた手を見ると、そこにはダンダラ模様が見えた。
この模様はもしかして。
そう思い振り返ると、案の定新選組の隊服だった。
やっぱり、ここは何かの撮影場所なんだ。
そう思っていると。
「どうしたんですか?」
隊服を着ている人が私に聞く。
「ごめんなさい、私酔っぱらって間違えて撮影場所に入っちゃったみたいで」
「撮影? 酔っ払う? 何言ってるんですか?」
「え?」
「え?」
相手の人が私をおかしな目で見ている。
「土方さん、どうしちゃったんですか?」
どうしたもこうしたも私は土方さんじゃないのに。
「あの、これ撮影じゃないんですか?」
「さっきから、撮影って何のことですか?」
私の頭の上にはクエスチョンマークが飛んでいる。
「大丈夫ですか? 確かに芹沢を殺るのは骨が折れるかもしれませんが、土方さんらしくないですね」
ん? 芹沢? 殺る? 何のことだ。
このまま撮影を続行するの?
あれ、でもカメラ何処にあるの?
しかもよく見るとこのセット、何処まで続いてるの?
そうだよ私、ただ車に轢かれただけでこんな所にいるなんておかしいよ。
自分の体を見てみると、驚いた。
さっきまでスーツを着ていたのに、何でか今は着物を着ている。
自分の顔を触ってみると、明らかに違うのがわかる。
もう何が何だか分からず、呆然と立ち尽くしていると。
「土方さん。何してるんですか、今は自分の顔に見とれてる場合じゃ無いじゃないです。時間が無いんですよ。このままだと芹沢を殺る時間が無くなりますよ」
その隊服の人が、呆れて私に言った。
すると、奥の方から違う声が聞こえた。
「沖田君。何をしているんですか?」
沖田? この人が、沖田総司?
「山南さん、土方さんがおかしいんですよ」
今度は山南? どういう事だ。
「土方君。時間が無いんだ、それとも暗殺はやめるんですか?」
全く話が入ってこない。
どうしよう。
「確認させて下さい。これは本当に撮影じゃないんですか?」
「土方さん、こればっかりなんですよ」
「撮影とは何ですか?」
そうか、これは私が土方さんになっているんだ。
どうしよう。
歴史通りに話が進むと、これから本物の殺し合いが始まる。
寄りにもよって土方さんて、鬼畜じゃん。
どうしよう。
どうやって元に戻るの?
死んだら元に戻るの?
安奈にまた会えるよね?
「土方君、覚悟を決めるべきじゃないんですか?」
安奈私、今日死ぬかも。
「土方さん!」
どの道帰り方も分からない。
この世界で生きて行くなら、歴史に沿って生きれば何とかなるかもしれない。
「行こう、芹沢の場所まで」
とは言ったものの私、刀使えない。
どうしよう。
なんて考えていたら、着いちゃった。
するとそこには一人の隊士がいた。
「遅ぇぞお前ら、俺一人で殺ちゃうとこだったぜ」
「ごめんごめん、土方さんの様子が少しおかしくって」
「鬼の副長ともあろうお方が、なんて顔してんだよ。真っ青じゃねーか」
当然だよ、これから本物の殺し合いだよ。
怖くないわけ無いじゃん。
「左之助君。もう少し声を小さくして下さい」
「ああ、悪いな。元の声がでかいんだよ俺は。それより山南さん、いつ殺るんだよ」
この人が原田左之助か、なんかイメージ通りの人。
「土方君。心の準備は良いですか?」
「え? ああ、いつでも大丈夫だ」
「土方さん、本当に大丈夫ですか?」
正直全然大丈夫じゃないよ。
でも歴史を変える訳にはいかないじゃん。
「俺が先陣を切る。総司、お前は俺の後に続いて来い」
「えぇ、左之兄ィに? 大丈夫?」