7話 最強の懐刀は敵と結託していました1
私が彼らと会ったのは、私がギドに拾われて一年くらいになった直後だったと思う。
「おい、起きろ」
ギドの声が聞こえてゆるゆると目を開ける私は、自分が寝ていたことに気付く。ギドはソファで寝ている私を見下ろして呆れたような表情だ。今日は返り血が一つもついていない。珍しいこともあるもんだ。
ギドの言いたいことは分かる。
お前警戒心無さすぎるんじゃないか、って言いたいんだろう。
仕方ないじゃん、疲れてんだからさ。
「あら、起こしちゃったの。その子、あなたのために頑張ってたのよ? 動きやすかったでしょ」
「……チッ。いらねーことするな」
「いたっ」
そこまで痛くない強さでおでこにデコピンをされて、仕方なくのろのろと起き上がる。
ギドは私が起きると、さっさと部屋を出て行ってしまった。
部屋の出入り口ではザントピアの中将――ミーティが居て、ゆるりとした笑みを浮かべながら「針に刺された眠り姫も、こんな場所では寝ていられないわね」なんて、まあ素敵な言葉と一緒に私の頬にキスをおとす。
私は曖昧に笑っておいた。
どう返していいのか分からないのでね。
ミーティは身体のラインがよく分かる黒のドレスを今日も綺麗に着こなして、銀色の長い髪とアイスブルーの瞳が更に彼女を引き立たせる。
妖艶な笑みを浮かべるミーティと手を繋ぎ「行きましょう」と言われたので大人しく頷いた。
彼女は穏やか――に見えるが、そんな事はない。誰もが虜になりそうな笑顔を浮かべて、彼女は猛毒で暗殺や大量虐殺だって簡単にやってしまう。
蠱毒のミーティ。
わぁ。すごい二つ名。
そんな人と会ったら迷わず逃げちゃうね。
ギドが返り血で真っ赤になるならば、ミーティは何にも染まらない。ただ静かに目の前で人が倒れるのを見て、笑みを深めるだけ。
どちらも頭がヤバイ奴なのはお分かりだろう。
だけど私は彼女にたどり着くためにここに居るようなものだ。
毒のエキスパート。ならば私が幼女になった魔法薬のことも知っているだろう、と。
「ミーティ、今日は何かあるの?」
「我らが総司令があなたに会わせたい人が居るんですって」
「へぇ、総司令さんが」
総司令さん、というのは私もあまり知らない。見たことないし、サンテールに居る時から情報なんて全然入ってこなかったし。
そもそも総司令なんて存在したんだ、レベル。
ミーティとギドの後をついて行く私は、ある一室の前で止まる。ギドの後ろから覗き込もうとするけど、なかなか難しい。
無駄にサラサラなこの長い髪、本当によく切れないよね。私なら無理だわ。
ガチャリ、と扉がゆっくりと開く。
どんな人が待ってるんだろう。怖い人じゃないといいな。
多くは望まないからせめてギドみたいに返り血べったりで帰ってこない人。それか人に餌付けしておいて「それ、新しい毒が入ってるの」なんて冗談を言わない人。
「へぇ、お前らか」
ギドが機嫌良さそうな声を上げる。
こういう時のギドはすごい凶器的な笑みを浮かべているので、私は自然と視線が床に向いた。訓練されてるのではない。ビビりまくっているんだ。
ギドは前にもこうやって昂り過ぎて、紹介された人を初日で対決したのだ。だから笑顔を浮かべている時はなるべく気配を消す。ここで生き残るための処世術です。
その時対決した人は言わずもがな。お空のお星様になりましたとさ。
「子供……?」
「子守なんてしたことないが」
おい。
おい新入り。
お前らギドの事を無視するんじゃない。やめろ、機嫌を損ねるような真似をするな。もしその八つ当たりが私に向いたらどうしてくれる。
それに子守だって??
いやいや、子守とか結構です放置でいいです私放置大好き。子守ならその辺の薬の情報とか薬情報とか薬の情報とかくれれば、一気に機嫌が良くなりますのでそちらでお願いします。
ギドはその言葉を鼻で笑い、私の頭に手を置く。
「お前らが子守されねぇよう、気をつけるんだな。おい」
ギドは新しい人を認めたらしい。強くなかったり面白くなさそうだと、ギドはすぐに返り血の材料にしちゃうから。
嫌だよね、なんでそんな血生臭いんだ。戦争中だから仕方ないのか。絶対に違う。ギドの脳内ネジがおかしいんだ。
どんな人なんだろう。
あまりにも有能過ぎると、サンテールに不利な事。まあブラッドリーさんという人間卒業式を終えた人が居るから、それくらいなら大丈夫だろう。
それにルトブルクと協力するかも、って情報も入っているし。ガセかは分からないけど。もし本当なら負けなしなのでは??
私が心配しなくても大丈夫そうだな、という結論に辿り着き、ギドの声を合図に顔を上げた。
ミーティの訓練の成果、無邪気な笑顔、を見せるところだ。
女の愛嬌は武器になる。
油断して鼻の下伸ばしているやつの首にチクリ、とやっちゃえばいいのよ。
幼女の笑顔は清涼剤!! さあ! 私に懐柔されるがいい!!
――と冗談半分本気半分で思ったのに、目の前の彼らを見て私の表情は確かに一瞬固まった。
「レオル、ダニエルだ。覚えろ」
「…………はい。よろしくお願いします、ミーナと言います」
私はこの時にルトブルクとの協力関係はガセではないと確信した。
レオル――ブラッドリーさんはダニエル――ダニー・ホーエンを僅かに睨みつけていた瞳をこちらに向けた。眉間に皺を寄せて、今日も気難しい表情をしているのは健在なようだ。
一方ダニエル――ダニー・ホーエンは私と目が合うと唇に笑みを作って、しゃがんで目線を合わせてきた。
「ダニエルだ。よろしく頼む」
「……はぁい」
ザントピア、セキュリティがガバガバ過ぎないか??
◇ ◇ ◇
「あの時に比べると成長したものだな」
「ダニエルはあの時よりも小さくなりましたね」
「今はその名前じゃない。ダニー・ホーエンだ。なぁ、マリー」
ブラックコーヒーを飲む私に、ホーエンさんは優しく笑う。だがショタだ。
ホーエンさんに「ちょっと俺について来てくれ」と手を掴まれて強引に連れてこられたのは、静かな喫茶店。ジャズが小さな音でかかっていて、喧騒から隔絶された世界。知る人ぞ知る、オシャレな店。
だがショタだ。
私は両手で頭を抱えて、机の木目を見つめていた。誰か平静の戻り方を求む。現実が受け入れきれない。
なんであなたもなってんの。
ルトブルクの最強の懐刀じゃん。
そもそも私が幼女になってるの気付いてたのかい。いつからだよ。そのままブラッドリーさんにも進言してくれてもよかったじゃん。
「あの、私に魔力探知とGPSがついていると思うんですが」
「心配するな。ダミーを泳がせてある」
「心配しかない」
どうすんの。それ、ダミーってバレたら私、今度こそ牢獄ライフだよ。のびのびスローライフなんて程遠い、チキチキ監獄ライフの始まりだよ。
マリーじゃなくて番号で呼ばれちゃうの? やったね私、三つ目の名前が出来るよ。
そんな事あってたまるか。
「今日は子守付きではないのか?」
「……なんのことですか?」
私がサンテールで保護されているのなんて、限られた人しか知らない。
少し警戒の色を見せる私に、ホーエンさんは気にすることなく「あちら側とこちら側は情報共有している」と、私のことを知っているよー、みたいに伝えてきた。
そうなんだろうけど、私のことはきっとホーエンさん独自で手に入れた情報なんだろう。だってこの人ショタだよ?
ルトブルクはホーエンさんがショタなこと、知ってんの? あまりにもメンタル強すぎない? それともホーエンさんの近くに居る人はそれくらいじゃなきゃダメとか。なるほど、納得してしまう。
「ルトブルクはホーエンさんがショタでも心広くいられるんですね。こっちにもその見解、シェアしてくださいよ」
「はは。面白い事を言うものだな。大の大人が子供になっているなんて、時を巻き戻す魔法はないのだから信じるわけないだろう」
「え? じゃあなんで私のこと――」
「久しぶりね、マリー」
ふわりと香るのは甘く上品なもの。声は涼やかでありながら優しさを孕んだ毒。
まさか。
驚いて振り向けばそこには居た人物に目を丸くした。
長い銀髪にアイスブルーの瞳。浮かべる笑みは妖艶そのもの。
「ミーティ!?」
は!? なんでこんな所に居る!?
ザントピアは確かに壊滅して、沢山の人が捕まった。それはもちろん中将クラスの人も。
だけど数名は逃亡か消息不明。今も捜索中。
その中にミーティとギドも居る。
生きているだろうとは思った。だけどもう会うことはないと思っていたのに。
驚く私をミーティは機嫌良さそうに笑みを浮かべて、机を指でなぞりながら私の横をすり抜ける。どこに行くのかとミーティの背中を見つめていれば、ホーエンさんの隣に優雅に足を組んで座った。
…………ん?
……んん?
「ん???」
え? なに? なにごと??
今私の前でビックイベント起きてない?? 国家揺るがすくらいのイベント起きてない??
「ふぁ???」
「あらマリー。せっかくの可愛い顔がアホヅラになっているわ。私が教えて事、忘れちゃったの?」
「何か教えたのか? 俺にも使えるものなら教えてくれ」
「嫌よ。アンタ子供になっても可愛くないじゃない」
待ってくれ。
いったん待ってくれ。
何かがおかしい。なにがおかしい?
「いや全部!!」
「突然元気になったな」
「元気じゃないですよ!? え!? ちょ、ま。なんでホーエンさんとミーティが!? もしかして生き別れた兄妹だったとか? だから匿ってるんです?? それで身分を隠すのに子供になって――」
「少し違うな。俺がミーティに匿ってもらっている。そもそも協力関係だ。俺がショタになったのもミーティに持ちかけた話さ」
「ちょっと待って。いったんタンマ。マリーちゃん、容量オーバーです」
「楽しそうね」
ミーティはクスクス笑って私を見つめる。
どう見ても確信犯だ。
少しどころか、めっちゃ違うじゃん!!