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2話 恋人に婚約者が出来ていた2

「ただいま」


 ソファでいつの間かうたた寝をしていた私は、その声に反応して慌てて起き上がる。

 小走りで玄関に続く扉を開けたところで、今帰ってきた人物が、ちょうどよくあちらも扉を開けようとしていたのだろう。

 少し驚いた表情をした後に優しく笑って「ただいま」と、さっきよりも柔らかい声で私に言った。


「お、かえりなさい」

「寝ていなかったのか?」

「ぁ、ううん、寝てたんだけど……」

「またソファで本を読みながらうたた寝していたな?」


 くすりと笑って、自分の頬を指差して「本の跡がくっきり残っている」と仕方なさそうに笑う。

 彼に今日あったことを聞かれて、話していけば嬉しそうに目を細めて話を聞いてくれる。その間に私は作ったものを温めて、彼に用意をする。

 ブラッドリーさんがここに帰って来た時の、いつも関係だ。


 はい、ここであの冷徹で真面目で頑固なレオ・ブラッドリーさんを思い出してください。同一人物です。

 ニコリとも笑わなかったし、優しい言葉も声もかけてくれなかったし聞いたことない。同じ人です。

 私は幻聴や幻覚にでもかかっているのか、と思ったけどどうやらそうでもない。


 最初は何が起きている?? と混乱のフィーバー状態だったけど、慣れはくるもの。きっとブラッドリーさんは子供好きだったんだ。知らなかったなぁ。


「今日はハマーさんが来てくれたよ。すごいの、分からないところを丁寧に教えてくれて」

「俺だってそれくらい教えられる」

「……ブラッドリーさんは忙しい人なので無理しないで」


 何に張り合っているんだよ、とツッコミを入れなかった私を褒めてほしい。

 私は長年、敵国に居たということで勉学や道徳を兼ねた精神鑑定をこの家で行なっている。


 敵国に居ただけで随分と警戒心強いな、と思われがちだが仕方ないだろう。


 返り血のギド。


 すごい物騒な名前ですねなんですかそれ、と思われがちだろう。私も情報部隊に居る時に絶対に関わりたくないランキングトップ三には入っていた。


 紫色の長い髪の毛を返り血で染めて戦場に立つ。彼に傷を付けたものは居ない。

 彼は返り血で髪の毛が赤くなることを楽しんでいて、それが生き甲斐であった。


 はい。そんな人と私は約六年間も生活していました。そりゃあ不安になるよね、分かる。

 それに返り血で染まることが嬉しい、というのは嘘じゃなかったし。最初に見た時に白目剥いた自信はある。


 どう考えても常人の性格からかけ離れたギドと一緒に居た私は、コイツもヤバい奴なのではと思われて仕方ないだろう。


 訪ねてくるのは先輩だったハマーさんや同期の奴ら。あとは専門職の人。

 みんなして優しく勉強を教えてくれるんだけど、もうとっくに知ってるものばかりだ。それを知らないフリする私の努力はすごいと思うよ。

 「おにーさん、すごーい!」「知らないなぁ。おにーさん、教えて?」とメンタルを削りながら、子供の真似をする私の心境ったら首吊りをしたいくらいだ。

 その時のハマーさんや同期のパパみな!! ここ大事!!

 あいつらみんなして結婚出来ないだの、俺を貰ってくれだの、嘆いているけど、いいお父さんになると思うよ。ただし、情報部隊を辞めてからの話ね。つまりは永遠に来ることのない未来だ。みんな仕事愛に溢れてるから……。

 家事を全て女性に任せる奴は万死に値する。


「ごめん。あまり一緒に居られなくて」

「え。それは仕方ない事じゃないかな? ブラッドリーさん忙しいし。むしろ私がここに居ることがおかしいこ――」

「そんなことは無い」


 強め遮られた言葉。おおう……、と思っていると、険しい表情だった彼はハッとして「ごめんね、大きな声出して」と優しく笑う。


「もー。ビックリしてバブバブ泣くところだったぞー」


 ――と、数年前の私ならこれくらいの冗談は言えたけど、今それを言えばきっと彼は戸惑うし、全力で私の機嫌をとってくるだろう。何が望みだ? 何でも叶えるぞ、とか言いそう。

 ランプの魔人かよ。なら私をすぐに大人に戻してくれ。

 ご飯を食べたら、私は食器を洗っている最中に彼はお風呂に入る。

 ここだけならば同棲もして、結婚目前の熟年カップル、みたいに見えるだろう。

 だが幼女だ。

 もう幼女と呼ぶには難しい歳になってきそうだ。あと数年したら、軍事学校に通わせられるかもしれない。通うなら三十路が着ても、なるべく心が死なない制服がいい。

 女の子の服、確かズボンとスカート選べたよね? ズボン一択だ。三十路の生太ももなんて見せたくない。

 また学校生活が出来るとは、夢にも思わなかった。


「マリー、今日の勉強は全部終わったのか?ー


 お風呂から上がって、まだ微妙に濡れた髪で私が座っているソファの隣に座る彼はとろんと目が眠たげだ。さては湯舟でうたた寝してたな。


「うん、終わったよ」

「それなら俺と一緒に映画を見ないか?」

「何の映画?」


 タイトルを聞いて私は食い気味に「見る!」と伝えれば、ゆるりと目を緩ませて私の頭を撫でた。

 そのシリーズは私が昔から好きな映画だ。どの映画もハズレはない。

 先に準備をしていると、彼も準備が出来たようでお酒と私用のジュースとスナック菓子を持ってローテーブルに並べていく。

 彼にしては珍しい。


「ブラッドリーさんもジャンクフードとか食べるんだね」

「ん? ああ、今日は特別だ」


 まるで秘密ごとを共有するように、僅かに歯を見せて笑う彼は左手の人差し指を立てて顔前に持ってくる。


 その時だ。


 キラリ、と部屋の電気に反射して何かが光った。

 その光源元に目線を合わせて、固まる。


 左手の薬指。

 そこにシルバーリングがはめられていたのだ。


「ブラッドリーさん、それ……」


 さっきまで浮かれポンチだった私の心臓は、推理小説の結末を突然読まされているような気分だ。


 つまり、どういう事だ説明しろ。


 指差す私に、彼はさして慌てるわけでもなく「ああ、これはね」と柔らかく優しい声で紡ぐ。

 ……あ、これは。


「これは俺の大切な人との繋がりなんだ」


 はい、どっかーん。


「……へー……どんな人ですか?」

「マリーは会ったことないな。いつか会わせたいよ」

「わぁい。嬉しいなぁ」


 無邪気に喜ぶ子供の笑顔を作れば、彼も嬉しそうに笑った。

 左手の薬指に、大切な人。

 もしかしなくても、婚約者。


 いや、そうなんだけどさ。



 私?? 知らないんだけど???



 待って待って。すっとぷぷりーず。

 あれ?? 私達って付き合ってたよね??

 もしかして自然消滅にされてた??


 …………いや、当たり前かもしれない。

 約六年間音信不通で、きっと軍では死亡扱い。その私と恋人だったレオ・ブラッドリーはどう思う?


 きっと死体なんてないから、死体のない葬式だったんだろう。


 大変です。

 恋人はいつの間にか、新しい女性と再スタートを決めてました。


「ブラッドリーさん、おめでとう」


 悲報なのか凶報なのか、安心すべきなのか。

 これは婚約者が独り身から脱出して、幸せを掴み取れるところを祝福すべき??

 そうなんだろうけどさ、そうなんだけどさ!!


「ありがとう。マリーもきっと好きになれる人だよ」


 幸せそうに笑う彼は私の髪を撫でた。

 やべぇ。

 これ、私の正体が情報部隊のフィオナ・ハインズだって伝えられないやつぅ〜〜。

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