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八本脚の出会い

作者: 馬波良 匠狼

 2週間ぶりの短編更新です……。

 今回は虫系が嫌いな人にとって不思議な作品になっていると思っております。

 人間の皆さん、ご機嫌いかがかしら?

 私はあなた方から「ハエトリグモ」と呼ばれる存在の者よ。

 よろしく。

 歳は分からないけれど、母から離れて相当年月を要しているのは分かっているわね。

 ご存知かとは思うけど、私の食するものは私の体長ぐらいの虫で、今はそれを探し求めている最中なの。

 吸う空気に暖かさを感じるこの頃は外も食料が多いけど、結構逃げ足が早かったりするので、外はあまり好きじゃないわ。

 そこで、この時季から人の居住するところに集まる者たちも多いから、今日もそちらへご相伴に与ろうかと思うの。



 日はまだ頭上にある時間。

 私は外からためつすがめつあちこちの部屋を眺める。

 侵入の容易さは勿論、部屋の状況、人の出入り、快適さ等、私を満足させてくれるような部屋を探していく。

(あら? これは中々良い場所ではないかしら?)

 見つけたのは少しこじんまりとした部屋。

 アパートと呼ばれる集合住宅の一室で、窓は常に空いているみたいで、中もそこそこ汚く身を隠しやすい。人の出入りも一人暮らしみたいだから、頻繁な人の入れ替えは無いみたい。

(ここにしてみましょうかね)

 現状の居場所が決まり、私はこの部屋へと侵入した。

(入って分かるけど、これは掃除してないわね……)

 ゴミが散乱している訳ではないけれど、ほこりっぽい感じがする。

 着るものもあちこちに散っているから、生活力はあまりなさそう。

 と、そんなことより食料を探しましょうか。

 暫く散策すると、小さなご飯がちらほらといたから、静かに襲撃していく。

(はぁ~、やっぱり大物よりは美味しくないわね)

 蛾とか蠅より小さな羽虫ばかりでお腹は中々満たされないし、味も満足できるものではない。

 まぁ、そこは文句を垂れても仕方のないこと。生きるために味気ない食事も我慢しなければね。

 そうこうするうちに陽が傾いてきて、斜陽が入るようになってきた。

 とりあえず満たされたので、少し休憩がてら天井から部屋を俯瞰する。

 幾人の部屋を見てきたから分かるが、これは完全に男の一人暮らしであろう。

 どの世界の男も、大雑把たらありゃしないわね。

(部屋の主は、随分とものを溜めこむこと……)

 思わず吐露してしまった。

 この御仁の先行きが不安になるが、私には関係のない事だと思って頭から切って捨てる。

 ――ガチャガチャッ

 その時、この部屋を開錠する音がした。

 ドアの方を見ていると、人影が見える。じっと見つめて行動を待った。

 ――ガラガラ

「いやぁ、今日も疲れたなぁ……」

 独り言をつぶやきながら、半袖短パン姿の男が入って来る。

 間違いない、家主だね。

 下手に動くと怪しまれるから、ここは何もせずじっとする。

 私の姿をガラスで見たことが幾度もあるが、妖艶なくびれを持ち、足は針のように細くすらりとして、眼も整然と揃っている。

 誰が見ても見惚れること間違いのない容姿を、私は持ち合わせているわ。

 ただ、人間は私達のことを「不快だー」とか「気持ち悪い!」と言って叩き潰しに来るのよね。

 ここで散らしたくない命だから、天井に張り付いたまま次の行動を監視。

 男はそのまま後ろに背負っていた鞄を置き、机の前に座って何かを食べながら動かなくなった。その代わり機械の上で指をしきりに動かし、時折腕を組んで何かを思案している。何とも奇妙な光景だこと。

 今まで私は私の生を全うしてきても、人間の生はよく分からない。

 疲労を滲ませた顔をしていたり、愉悦に浸っていたり、悲観していたり、表情が様々。

 ただ食事をして、外を眺めて、繁殖のことも考える。それだけで十分のはずなのに、彼らは何かを求めて、何かに敗れている。

 悲しき定めを背負って生きているような感じが、何とも言えないところね。

 そんな物思いにふけっていると、何か視線を感じた。

(えっ? 何でこっちを……?)

 男が私の方に視線を向けている。

 それも視線を動かさず、じっとこっちだけを見つめているようだ。

(まさか、私の存在がばれた……?)

 かと言って動くと特定されるから、視線を逸らすのを待つしかない。

(大丈夫。私の身体は小さいから、黒い染みにしか見えないはず……)

 少し願望を滲ませながら見守る。

 が――。

「おっ? 蜘蛛いるじゃん?」

 そういうとやおら立ち上がり、私の方向へと寄ってきた。

(!)

 見つかってしまった……。私の命もここまでようだ……。

 いや、ここで終わる命でありたくない!

 望みを持ち、彼の行動を予測しやすくするため、目線だけは逸らさず追い掛ける。

 それからピタッと立ち止まり、私を笑顔で凝視してきた。

 残虐な人間であれば、恐らく私を即叩き潰しにかかるだろう。

 緊張で息をするのすら忘れそうになる刹那、彼の両手がゆらりと動く。

(来るか!?)

 身構えて避ける準備を整える、と……。

 ――パンパンッ

 何故か拍子を打った。

「家を守ってくれてありがとう」

(??)

 唖然とした。

 人間からは嫌悪されど感謝などされたことはない。寧ろ、出ていけと言わんばかりに強襲を喰らうことが多かったのに、これは一体どういうことなの?

 逡巡していると男は手を降ろし、また笑顔でこちらを見つめてくる。

「やっぱり蜘蛛がいるとありがたい。今年もよろしくお願いしますね」

(えっ?)

 何でそんなことを? 私は蜘蛛よ? あなた方から嫌われる容姿をしているのよ?

「気が済むまで居て良いからね。小さな虫たちを全部駆逐してくれても構わないから」

 ……あぁ、利害一致しているだけなのね。

 期待した私が馬鹿みたいじゃないの……。結局、この人も他の人間と変わらない……。


「君たちはいつ見ても可愛いし美しいよね。ずっと見ていたいから、気が済むまでここに居てね」


(!!)

 そんなこと言うなんて……、何というか変わり者な気がする。

 私達を見て人間が可愛いとか美しいとか、戯言でしかない……。

(でも、彼の見る目は、尊敬と愛情の眼差しを感じたわ)

 たかが人間如きに、こちらが慌てふためくなんて……。

 そうこうしているうちに、彼はまた所定の位置に戻り、機械を操作し始めた。何事もなかったかのように取り組んでいるが、ふとした拍子に上を見上げては私を探しているように見えた。

 人間というのは本当に、訳が分からないわね。

 ただ、彼の元はそろそろ去ろうと思う。

 思ったより虫が少なかったし、彼も私のことを気にして気が散っているから、別のところで食事を探した方が良さそうだと思ったの。

 入ってきた窓に近づいて、最後に振り返って彼の姿を見る。

 髪はぼさぼさ、確かジャージと呼ばれる服に身を包み、眼鏡をかけ何かを真剣に考えている。

 その顔には苦悩の色は見られない。どちらかというと、今を楽しんでいる節がある。

(人間って面白い。本当に、様々な表情を魅せる生物は、世界広しといえど人間だけじゃないかしらね)

 そんなことを考えている私も、結構な変わり者かもしれないわね……。

 居心地の良かった空間を抜け、私はまた外へと旅立つ。

 すっかり陽も落ち、漆黒の闇が空を支配している時間。もう少しだけ外でご飯を探しながら、今日はもう終わろう。

 ま、気が向いたらまたあんたの所に来てやるわよ。

 お馬鹿で、ちょっと変わった、素敵な人間さん。


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