そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.7 < chapter.4 >
特務部隊宿舎に二度目の連絡が入ったのは、午前三時のことだった。
この時ベイカーとロドニーはリビングルームのソファーで眠っていた。情報部からの連絡があることを見越して、私室には戻らなかったのだ。
電話の主はコード・ブルーのスカイ。わずか三コールで内線に出たベイカーに、スカイは淡々と事実を告げる。
「雑木林裏に待機中のコバルトから連絡があった。約束の時間になっても連絡がなく、誰の端末にかけても連絡がつかないそうだ」
「あの連中で太刀打ちできない『敵』であるとすれば、神的存在の関与が疑われるな?」
「疑われるどころか、バッチリ出てるんだなぁ、これが……」
「なに?」
「テレビつけてみろよ」
「……テレビ、だと……?」
嫌な予感を通り越して、この時点で既に絶望の域に達している。けれども、現実逃避してベッドに逃げ込むわけにもいかない。ベイカーは震える指でリビングのテレビをつけた。
テレビから溢れ出す大音量の悲鳴は、現地取材の女性レポーターが発したものである。
〈わあああぁぁぁーっ! い、いったい今の爆発は何でしょうか!? 突然炎が……あ! ご覧いただけましたでしょうか!? 今、炎の中に何か……人!? 人でしょうか!? 巨大な人間が暴れております!〉
雑木林の中に、どす黒い瘴気を纏った巨大な人間がいる。正確なサイズは不明だが、少なくとも五十メートルはあるだろうか。
目も肌も口の中も真っ黒なそれが、なぜ午前三時の暗闇の中で視認できるのか。その答えはテレビ画面の中に示されている。立て続けに起こる爆発の、激しい閃光によって照らし出されているからだ。
「……戦っているのは、ラピだけのようだが……?」
「いや、攻撃の瞬間、巨人は必ず何かに気を取られている。こりゃあたぶん、ピーコが幻覚見せてんな」
「あとの三人は?」
「今のところ、それらしい映像は出てねえかな? いや、もう、ホント、情報部ヤバいぜ? 蜂の巣つついてもここまで大わらわにはなんねえだろうによ……」
「このテレビクルーはなぜここにいる?」
「リンデンベルク家が呼んだ。現在確認作業中だが、十中八九間違いねえ。『真犯人がいた』っつー連絡が入る前に、養鶏場側の不正をでっち上げる根回しをしちまったんだと思う」
「ふむ……なるほどな。『さっきの話、やっぱり無しで!』と言ったところで……」
「マスコミが素直に引き上げるワケねえもんなぁ?」
「結局、リンデンベルク家は要らぬ出費を強いられるわけか」
「金だけで済むかね、これは……」
裏工作が不要になっても、そこに何らかのトラブルがあることは間違いない。念のためそれらしいヒト・モノ・出来事の映像を押さえておけば、リンデンベルク家とその対抗勢力に対し、当該映像を高値で売りつけることもできる。このテレビクルーは夜陰に紛れてコソコソと撮影をしていたところで、突然『巨人vs.フェンリル狼、ドッカン大バトル』に巻き込まれてしまったのだろう。
と、ここでベイカーは首をかしげる。
「メディア対策の達人が、このテレビクルーに気付いていないはずはないな?」
「ああ。完全にテレビ映えを意識した立ち位置だぜ。ラピの攻撃、必ずカメラ側だろ?」
「……そのようだな。いや、待て? 今一発、死角側から入ったな?」
「っぽいな?」
爆発を受け、巨人は雑木林に向かって手を振り下ろした。おそらくそこにラピスラズリがいるのだろう。
巨人の手はヒットの直前、わずかに軌道を変えていた。仲間の攻撃を見慣れているベイカーとスカイには、風の魔法で手を弾いたのだと分かった。
「今のはシアンか? ターコイズか?」
「おっ!? また入ったべ?」
「どうやら、戦いの主導権はコード・ブルーが握っているようだな?」
暴れ狂う闇の巨人。けれどもその巨人はテレビクルーのほうには絶対に近付いてこない。
モグラたたきのように雑木林をバシバシ叩き、踏み潰し、木々をへし折っていくが、その破片の一つたりとも、テレビクルーのほうには飛んでこないのだ。
と、ここで後頭部に投石を食らう巨人。これはラピスラズリの《スヴィティ》という技だ。炎の投石器は次から次へと巨石を放り、巨人の全身を滅多打ちにする。
打たれた箇所からは、血液の代わりに闇が吹き出している。ラピスラズリはそこに向かって《局撃爆轟》を連射する。
ピーコックの誘導、ターコイズのサポートが的確であることも相まって、ラピスラズリの攻撃は一発の無駄撃ちもなく見事に決まっていく。
しかし、巨人は暴れ続ける。体内に含有する『闇』が減っていき、その力が弱まっても、巨人は攻撃をやめなかった。あくまでもラピスラズリと敵対し、罵詈雑言を並べ立て、執念深く追い続ける。
これは『代行者』がデータ化していた罪人たちを、『一人の人間』として再構築したものである。数十万人分のデータが混ざり合い、もはや個としての意識はない。この行動は『神にも救えぬ人間たち』の、平均的な攻撃性を表していた。
テレビ画面越しにそれを眺めるベイカーたちに、この敵の正体は分からない。
「この敵は……いったい、何だろうな……?」
「さあなぁ? けど、わざわざ知りたくもねえモンなのは間違いねえべ?」
「ああ……そのようだな……」
深夜の事件現場。少人数で行う生中継では、音声処理は間に合わない。
テレビのスピーカーからは、聞くに堪えない罵詈雑言、誹謗中傷、呪いの言葉が垂れ流されていた。