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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.7 < chapter.3 >

 すぐ目の前に『それ』がいる。

 上から下まで真っ白で、表情のないマネキンのような姿。武具も防具も身に着けていないが、圧倒的な存在感がこの『神』の神格を示している。サーベルタイガーの比ではない。これはこの世界の『管理システム』の一部であり、地上の神々よりはるかに上位の存在なのだ。

 この存在について、サーベルタイガーは詳細情報を脳に直接送り込んでくる。


 これは神罰の代行者。それ以上の名前はない。

 他の『神』の攻撃を『神罰』と定義し、自分が受けた攻撃をそのまま人間に転嫁する能力を持つ。


 神々のエネルギー源が人間からの信仰心である以上、神は人間に畏怖と敬愛を抱かれる存在であらねばならない。人間が何か悪いことをしたとき、その人間を守護する神が直接『神罰』を下せれば話は早いのだが、性根の曲がった人間は神を逆恨みし、信仰とは真逆の気持ちを抱くようになってしまう。それでは悔い改めさせることはできないし、神も神格を維持できない。そのため、性格に問題のある人間への神罰は『代行者に委託』することになっているのだという。

 サーベルタイガーの『器』であるディオの攻撃は、この管理システムに『神罰』と定義された。そしてそれはこの場に存在する『罪人』、ナイルとシアンにそのまま転嫁されてしまった。

 全身から血を流し、地面に伏しているカラカルとイエネコ。命はあるが、かなりの怪我だ。早く処置しなければ助からない。

 二匹の傍に落ちているのは、彼らが身に着けていた衣服である。本人の意思で変身したのであれば、衣服や装備品は魔法で亜空間に収納される。そうなっていないということは、この二人は神の力で、強制的に『獣の姿』にされたのだろう。

 何か軽いものを引きずる、二匹分の獣の足音。それが彼らのモノであったことは理解できたが、だとすると疑問が残る。


 なぜ、シアンとナイルに『神罰』が下されたのかということだ。


「……答えてくれ。どうしてこの二人に『神罰』を……?」

「死体を隠した。本人たちが、それを『悪行』であると認識している。だから罰を与えた」

「動物の姿になっているのは……?」

「代行者は真実の目を持つ。私の前では、獣人は始祖たる『神』より与えられし『本来の姿』に戻る。誰も私に嘘はつけない。罪は隠せない」

「でも俺、人型のままだけど?」

「本来の姿が特定できない」

「もしかして、全員分見えてるのか?」

「そうだ。どれも本来の姿であるため、どれ一つとして選べない」

「へえ? 選べない、ねえ……? ところで、ピーコックとラピスラズリは? 今どこにいる?」

「彼らもまた咎人である。本人たちがそう認識している。正しき罰が与えられるその時まで、私の『世界』に留め置かれる」

「念のため確認しておくけど、ナイルとシアンへの罰は、もう十分なんだよな?」

「彼らの心が抱く罪悪感に見合った罰は受けている。だから解放した」

「じゃあ、ピーコックとラピスラズリは? どの程度なら『見合った罰』になる?」

「彼らへの罰は『死刑』がふさわしい」

「その罰を下すのは?」

「『神』だ。私は『代行者』に過ぎない」

「その『神』ってのは、もしかして俺のことか?」

「そうだ。この場において、他にいない」

「俺がやらなかったら、二人はどうなる?」

「私の『世界』に留め置かれる」

「殺す以外に、解放する手段は?」

「ない」

「本当に?」

「私はただのシステムだ。嘘を吐く理由はない」

「……そうかよ」

 ディオは心の中でサーベルタイガーに問うが、何を聞いても答えは出鱈目だった。

 『代行者』が言うことが正しいとすれば、先ほど連呼していたサルモネラ菌や病魔、食あたりというワードは無関係ということになりそうだが――。

(いや、でも、おかしいよな? こいつ自身に攻撃能力がねえのなら、さっきの『闇』と『風』が混ざり合った攻撃は何だ? こいつ、本当に正常に作動してんのか……?)

 表情のない『代行者』は、じっとしたまま動かない。

 ディオは《シャドウライヴズ》に『代行者』を警戒させつつ、ナイルとシアンに近付く。

 今の二人は姿も大きさもカラカルとイエネコそのもの。ディオは血に汚れた二匹の猫に治癒魔法をかけ、そっと抱き上げる。

「すまんな。大丈夫か、二人とも」

「ダメ。体中めっちゃ痛いニャ……」

「傷は塞がっても、血が足りていない。しばらくは動けそうにない」

「いや、その、本当にすまなかった。まさか、こういう仕組みで攻撃が当たるとは……」

「『こういう仕組み』ってニャに?」

「リフレクターの類を使われたのか?」

「あー……まあ、そんなもんだ。悪かったな。よく考えずにぶっ放しちまった……」

 二人には『神』がついていない。ディオが戦っているこの敵が何者か、どのような技を用いたのか、二人には何一つ分からなかった。

 ただの人間、それも負傷者を連れて神的存在と戦うことは難しい。ディオは二人を離脱させることを考えたが、すぐに思い直す。先ほどの攻撃が何だったのか分からなければ、動けない二人を移動させるのは危険だ。

「周辺状況が分からない。しばらくここに乗っててくれ」

「分かった」

「あんまり揺らさニャいでよ?」

 ぐったりしたカラカルを襟巻のように首にかけ、だるそうなイエネコを帽子のように被る。まるで頭のおかしいネコ好きオジサンのような見た目だが、三人はこれでも真面目にやっている。

 『代行者』は動かない。三人が何をしていても、何の反応も見せずにじっとしていた。こちらに視線を向けているが、表情がないため、何を考えているのかは分からない。

「……なあ、本当に他の手段はないのか? 例えば、罪を償う意味で何か奉仕活動のようなことをさせるとか……」

 ディオの提案に、『代行者』は首をかしげる。

「なにをさせる?」

「あー……ゴミ拾いとか、そういうのは?」

「罪の重さと釣り合わない」

「それなら、どんなことなら釣り合う? もっとハードな肉体労働か? 土木工事とかは?」

「いいや。人の命に釣り合う奉仕活動などない」

「えぇと……じゃあ、質問を変える。奉仕活動以外で、人の命に釣り合いそうなことは? 本当にないのか?」

「……あるにはある」

「何だ?」

「神殺し」

「……なんだって? よく聞こえなかったが……?」

「神殺し、と言ったのだ。『邪神』と呼ばれる存在を殺せば、これまでに殺めた数十人の命より、ずっと多くの命を救える。犯した罪それ自体はなくならないが、『生きるに値する存在』であると認められる」

「それなら、二人にはそれで罪を償ってもらおう。それで? その『邪神』とやらはどこにいる?」

「ここだ」

「ここ?」

「邪神は私だ。私が邪神になる」

「……冗談だろう?」

「私に感情はない。冗談は言えない」

「なら、どういう意味だ?」

「言葉の通りだ。『神罰』の執行を待つ罪人の数は、とうに私の許容限界を超えている。彼らが発する『闇』の気により、私はじきに堕ちる」

「あー……つまり? なんだ? 食いすぎて消化不良起こしてるのか?」

「そのようなものだ。君たちの心の声は私にも聞こえている。サーベルタイガーは正しい。今はまだ堕ちていないが、既に病魔は私の中にある。発症前の保菌者と同じようなものだろう。既にいくつか、異変は起こり始めているが……」

「さっきの攻撃のことか?」

「私に攻撃能力はない。それなのに、この手が勝手に『闇』を放っていた。もう、あまり長くはもたない」

「だから自分から堕ちるって?」

「私は特定の土地、特定の血族に留まる『神』ではない。君との会話を終え次第、またどこかへ赴き、『神』の手に負えぬ咎人を隔離する。今を逃せば、私は『神』のいないところで堕ちてしまうかもしれない。世界を維持する者として、それだけは許せない。私が私でなくなるのなら、せめて最期は自分で選ばせてくれ」

「……知らないなら教えてやるよ。ヒトは、それを感情って呼ぶんだぜ?」

「そうか。だとすれば、これは何だ? 感情には、いくつか種類があるのだろう?」

「さあな。それを決めていいのは、言った本人だけだ。答えが分からないなら、分かるまで保留しておけよ」

「この疑問を留め置いておけるだけの時間は、私にはあるだろうか?」

「あると思う。長くはないかもしれないけどな」

 ディオの言葉に、『代行者』は承諾の意を読み取った。

 表情のない顔でゆっくりと瞼を閉ざし、小さくつぶやく。

「……ありがとう。最後に出会えた『神』が君であったことに感謝する……」

 この瞬間、ディオはこの『代行者』が何か別のモノに変化するものと思っていた。成り行きを見守っていたシアンとナイルも同様だ。

 しかし、実際に起こったことは想像の斜め上を行っていた。


 世界が変わった。


 三人は、罪人を留め置くための亜空間に取り込まれてしまったのだ。

「な……ちょ! おい! なぜそうなる!?」

「ニャにこれ!? どこ!?」

「ピーコとラピもここにいるのか!?」

「でもニャんか、ここ、変!」

 全身の毛を逆立てる白猫とカラカル。

 その理由は尋ねるまでもない。


 この空間には『殺意』や『敵意』、『怒り』や『嫉妬』が充満していた。


 ここは見渡す限りの純白の世界。誰もいないし、何もない。それなのに、雑踏のような気配と負の感情だけが存在するのだ。

 ディオは心の声でサーベルタイガーに問いかけた。するとこの空間の特性なのか、サーベルタイガーの声はナイルとシアンにもハッキリと聞こえる『音』として発せられた。

「この空間において、すべての人間は質量の無い概念として保存されている。君たちにも分かりやすく説明すると、本部一階の食堂のランチメニューを遠隔地の人間にどう伝えるか、という問題だ。食堂でランチを食べれば、味も匂いも、盛り付けや使用している器の形状も重量もすんなり理解できる。しかし、盛り付けまで終えた料理を何千キロも離れた土地にそのまま運ぶことはできない。盛り付けを崩さないように慎重に運んだとしても、それはもう、できたての料理とは別物だ。冷凍やフリーズドライも同様。本部食堂で味わう、あの風味は伝わらない。ならば詳細なレシピと材料を用意して、現地で調理し、出来立てを提供したほうが『本場』に近い味が伝わる。生きた人間も同様で、長期間『そのまま保存』することは難しい。だから構成要素をデータ化し、概念としてここに保存しているわけだ」

「えーと……え? Mr.スペンサー? いつもの狂ったあれは? 『エラ呼吸の生メカ!』とか『ヒャッハー・オブ・ザ・イヤー受賞!』とか期待してたんだけども……?」

「この空間は構成要素をデータ化し、必要に応じて正しい姿に再構成してくれる。おそらくは一時的な現象だろうが、ここでは昔のように会話できるらしい。これも『連鎖する奇跡』の効果かもしれないな。まあ、これまでの黒歴史については忘れてくれたまえ」

「マジか……」

「ああ、マジだから忘れろ。今ここで、これ以上私の黒歴史に触れたら、私は君の毛根への加護を打ち切るぞ」

「え、なに? 俺の毛根、神の加護なんて受けてたの!?」

「四十四にもなって薄毛に悩まずにいられることに疑問を覚えなかったのかね? 君の父親も祖父もツルッパゲだろう? 親戚一同を見渡して、眩しくなかったことはあったかね?」

「あー……そう言われてみれば、みんなハゲ……」

「納得してもらえたところで、データ化された二人の再構築を始めようか。思い出したまえ。君たちの仲間の姿かたちを。人となりを。それらをもとに、私が必要な情報をピックアップしよう」

「そ、そうか。ええと、ピーコは……」

 ディオが思い出そうとしているうちに、猫ナイルとカラカルシアンが声を上げた。

「性格が悪いニャ!」

「拷問が大好き」

「アリの巣を見つけたら必ず水をニャがし込む!」

「嫌いな食べ物は何があっても絶対に食べない」

「コピー機の紙がニャくニャっても気付かニャかった振りをする達人!」

「ゴキブリホイホイにかかったゴキブリは毎日優しく声をかけながら餓死まで見届ける」

「あと、それから……」

「ピーコックは……」

 その後も続々と飛び出す、どうしようもなく『ゴミクズ野郎』な行為の数々。そういえば毎日そんな感じだったなぁ、などと思いながら、一通り出尽くしたところでディオが締めくくる。

「でもイケメンだからなんとなく許されてる感じだ! 頼んだ、Mr.スペンサー! うちのピーコはそんな感じの人間だぞ!」

「では、ラピスラズリは?」

「クソ!」

「猥褻王!」

「チンコが本体!」

「……ん? 他には、ないのか……?」

 彼に関しては、これ以上のコメントは出ない。

「なるほど。ろくな仲間がいないな」

 神の率直な意見に、三人は大きく頷いた。

 本当にそんな人間を復活させて良いのかという疑問が嵐の如く到来したが、この状況を何とかしなければ、自分たちも元の世界に戻れない。どれだけ問題のある人間であっても、いてくれなければ困るのだ。

 それから数秒は、特に何も起こらなかった。変化があったのは三十秒を過ぎてからだ。


 何もない空間に光が現れ、徐々に人間らしい形になっていく。


 サーベルタイガーが具体的に何をしているのか、人間たちには分からない。だが、自分たちが提供したイメージデータに何らかの不足と間違いがあったことは理解した。二人の人間はたしかに元通りの姿に再構築されたが、身に着けているものは成人男性にふさわしい衣装ではなかった。

 ピーコックは幼稚園スモッグに半ズボン、チューリップの名札。黄色い帽子、黄色いショルダーバッグ、ショートソックスとたんぽぽのワッペンがついた布靴。

 ラピスラズリは裸体に蝶ネクタイ、乳首に星シール、股間に銀色のウェイタートレー。頭には黄金色に輝く王冠を被り、毛皮とベルベットの王様マントを着用している。

 『くだらない悪さばかりする幼稚園児のようなヤツ』という印象と、『猥褻王』という言葉のインパクトがそのまま具象化されてしまったらしい。

 再構築された二人はハッと意識を取り戻し、状況を理解するより先に叫びをあげた。

「なんじゃこりゃあああああぁぁぁぁぁーっ!?」

「なんでハートのシールじゃねえんだよオオオオオォォォォォーッ!?」

 ハートのシールなら文句のつけどころは無かったとでも言うのか。ラピスラズリのこの叫びに、三人は再構築の成功を確信する。

「ラピ! ピーコ! 変な服のことは気にするな! たぶんこのままバトル突入だ! 警戒しろ!」

「はあっ!? バトルって何が!? どういう流れでチューリップ組の『ぴいこ君』になってるのか全く分からないんだけどなぁっ!? 責任者は誰だ!? 説明責任を果たせーッ!!」

「誰だよシールの色ピンクにしたの! 瞳の色に合わせてメタリックパープルとかチョイスしろよセンスねえな! しかもマットタイプってあり得ねえだろ!? 光沢感が欲しいんだよ俺は!」

 とりあえず責任者探しをはじめるピーコック。

 不満のぶつけどころがシールの形から色・光沢へと移るラピスラズリ。

 間違いなくいつも通りのリアクションに、仲間たちは無言で頷く。


 何が出ても、彼らなら臆することなく戦ってくれるに違いない。


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