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爽やかな風。色めく草木。新しい季節に期待と不安の表情をみせる人々。
駅のホームは真新しい学生服やスーツに身を包む人であふれ、その景色を毎年見るたび、その時期ならではの緊張感を味わえる。
かくいう俺、桐生楓も、今年から高校一年生。
趣味は漫画を読む事とゲーム、運動も得意ではなく体もあまり大きくない。クラスカースト底辺に居座るには十分な理由な理由を併せ持つ俺は、中学3年間はパリピよろしくクラスカーストの上位の奴らから冷ややかな目を向けられ、クラスの隅で同じ趣味の友人と縮こまって過ごしていた。
が、それも高校生になったら終わり。そんな生活から抜け出したくて俺は必死で受験勉強に取り組み、地元から少し離れた有名な進学校、月光学園に合格することができた。
月光学園は成績優秀な男子校で、世間からは評判がかなり良い学校だ。やはり生徒の質が違うのか生徒たちの素行もかなり良く、なにより俺の地元から少し離れている。中学時代の俺の底辺生活を知る者はいないので、新たに生まれ変わった俺として、心機一転、高校生活は何者に怯える事もなく悠々自適にすごそうと期待に胸を膨らませていた。
なのに。それなのに。
なぜか俺は今、女子高校生として女子校・太陽学園に通学途中であった。
風にゆれる襟。たなびくタイ。翻るスカート。青春と言う言葉をそのまま表したかのようなセーラー服。
健全な男子高校生なら好きな人は多いのではないだろうか。俺もぶっちゃけ大好きだ。
見る専門でな。
なぜ俺は今これをきて通学しているのか。
そこから説明させてくれ。
***
遡る事、1ヶ月前。受験戦争に打ち勝った俺は全身真っ白に燃え尽きながらも春休みを満喫していた。もう何者にも縛られる事はない。そう思い大好きなソーシャルゲームを起動して自分のキャラクターを愛でていた。
俺の大好きなゲーム、プリティチェンジ。略してプリチェン。
プリチェンは小学生女子からおとなのお姉さんまで女性にとにかく大人気のアプリのゲームで、自分の分身を作り、服を着せ替えたり、メイクをしたりして公開し、プレイヤー同士でコミュニケーションも取れるゲームだ。自分の考えたファッションをアップしてイイねやコメントを貰ったり、アップされている画像を実際のファッションに参考にする人も多い。
俺はこのゲームを密かに遊んでいた。何を隠そう、可愛い女の子のキャラクターメイキングや着せ替えが、大好きなのだ。だからこのゲームが配信されたとき、真っ先にダウンロードして、服やアクセサリー集めに勤しんだ。季節限定のイベントやコンテストにも参加し、入賞だってしたことある。
でも、わかっている。
男の俺が、こんな女性キャラクターを可愛く着飾るゲームをしているなんて、気持ち悪い事くらい。
中学生時代、教室で間違えてこのアプリを起動してしまい、大音量で
「あなたもキラキラ!プリティーチェンジ!」
と起動音声が流れた時、クラスのケバいギャル達から
「女性向けのゲームやってるとかきっも……死ねば良いのに」
と暴言を吐かれてから、自分の趣味が気持ち悪いという疑念が確信に変わった。
あれ以来、他人の目が気になって仕方なくなり、外では一切プリチェンを起動しなくなった。だから、このゲームをコソコソする事なく出来る環境である長期休みは最高だった。
毎日プリチェンに夢中になっている春休みの中盤、4月から通う予定の月光高校から一通の封書が届いた。内容としては、新学期に必要な教科書や備品の販売会と、新入生の身体測定を行うといったものだった。
俺はなんの疑問も抱かず、指定された日付に月光高校へ赴き、これから同級生になるであろう人々と一緒に教科書と備品を購入し、身体測定を受け、その日は帰宅し、部屋着に着替えリラックスモードになると、またいつものようにプリチェンを起動した。
「楓ー!電話よ!かーえーでー!」
一階から大きな声で俺を呼ぶ母の声で目が覚めた。どうやらウトウトして寝落ちしてしまっていたようだ。寝ぼけ眼を擦りながら階段を降りると、母が家の固定電話の前で受話器を握りしめて待っていた。
「月光高校からよ。あんた今日忘れ物でもした?」
「してないよ!」
すぐに子供扱いする母に不満を覚えながら、俺は受話器を受け取った。
「もしもし……?」
受話器に話かけると、渋い男性の声が耳に入ってきた。
「桐生楓さまですか?はじめまして、私月光高校の理事長の秘書をしております佐藤と申します。」
丁寧な言葉遣いに、少し緊張しながらはじめまして……と間抜けな返事をしてしまう。
「大切なお話がございます。明日、もう一度月光高校へお越しいただけますでしょうか」
本当に忘れものしたのか?俺?母親ってすげーな……と思いながら、わかりましたと返事をし、受話器を置き、その日は何の疑問も抱く事はなく、夕飯を食べ、風呂に入り、歯を磨き、いつも通りベッドの中でプリチャンのデイリークエストをこなし、安らかに夢の中へ誘われて行った。
明日聞く話こそが、夢だったらよかったのに。