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無意識 ー空の章ー      作者: 日向寧々
8/12

第8話 足音

例えば、こんなことに気が付いた。

「そしたら、ネズミが猫を飼ってることになるんだよなぁ」

ハリネズミが猫にエサをやるために大急ぎで帰って行った夜から何週間か過ぎているのに、何で今頃気付くんだろう。しかも気付いた場所が電車の中だもんね。ひとりで薄ら笑いをしてしまった言い訳を誰にすればいいかも分からない。

せっかく気付いても誰にも伝わらない可笑しさ、これ、どうすればいいの?


木曜日はなるべく学校に行くようにしている。俺のことを唯一かわいがってくれる先生の授業があるから。

「元気な顔を見せるのがせめてもの恩返し」と思って行くんだけど、そういう先生の授業は内容自体も分かりやすい気がしてくる。単純に「楽しみだから行く」になりつつある充実感。週に一回だけの微々たる「学生っぽさ」を噛みしめながら帰りの電車に揺られているうち、貴石駅のちっぽけな灯りが見えてきた。そして、駅の周辺でやたらいろんなものを「拾って」来るハリネズミのことを思い出したのだ。

電車を降りてからも引きずっていた薄ら笑いは、改札で知り合いでもない駅員に

「久し振りだね。東野君」

と冷やかされた瞬間に吹っ飛んだ。狭い町のあちこちで、大地みたいな、夏井さんみたいな人物が待ち構えている。大抵は、名乗る前に俺の名前を知っていて、話してもいないことまで耳に入っている。そして必ず何か言ってくる。

ヘンな町だよな。ホントに。


ヘンな町にぽつりぽつりと雨が降ってきました。

「また雨ェ!?」

傘持ってないんだけど。傘。

ま、いいか。フレンドシップまで走れば1分。今日は55秒台あたりに挑戦します。ヨーイ、ドン★


中間地点を過ぎるまでは順調なペースだった。


「あれ?」


今そこに、誰かいなかった?


誰かって言ったって、この雨の中だから、すれ違う人もいない。フレンドシップに着くまで残り70mの間に人影も見当たらない。

そうだ。確かこの間はフレンドシップに着いた後、カウンターを横切ったところで感じた。この気配。緊張感漂う記憶をたどりながら辺りを見回すと、道路を挟んで向かい側の小さなファミレスに数人、客が入っていた。窓際の席を隅から隅まで確認して、俺はため息をつく。

「やっぱりね」


この時間にわざわざ一人でファミレスにいる高校生ってどうなのよ?

しかも、道路のこっち側から見てもはっきりわかるぐらい、テーブルに本を山積みにして。おそらくはジュース一杯ぐらいの注文で。ジュースが飲める図書館みたいで快適でしょうけど、お勉強は家ですれば…。

だけどこの人、推薦で短大決まったんじゃなかったっけ。それでバイトも始めたって未智さん言ってたし。何で今頃、必死になって勉強する必要がある訳?


おかげでこっちはずぶ濡れなんですけど!



「どうしたの、空君‼傘なかったの??」

フレンドシップに着いた途端、まず未智さんに怒鳴られた。続いて、

2階から手すり越しに俺を見つけた雪さんが大笑いする

「なんかさあ、空君ネズミみたい!濡れネズミ!」

それは俺じゃなくて…。



「仮面浪人?」

仕事が終わっても雨が止むまで雪さんが帰ろうとしないので、さっきの北里泉の話をしてみたのだった。

「そう。つまり、私と同じでね」

「雪さんは、ただのフリーターでしょ」

「ちがうの。働いてはいるけど、ちゃんと大学目指してるの!泉ちゃんの場合は、来年から短大に通いながら受験勉強も続けるの。東京の大学行きたいんだって」

「ふ~ん」

でも、何で?

「そんなに大学行きたいんなら、短大の推薦なんて受けなければいいのに」

「親が許さなかったんだって」

「どうして」

「泉ちゃん家ね、弟の高校受験と重なっててご両親は完全にそっち優先なの。泉ちゃんの大学受験なんてあんまり重視してないし、まして東京なんて…って感じなんだって。『行くんなら、家から通える短大にしなさい。女の子なんだから』って」

「まあでも、短大行かせてくれるだけいいって。ウチの親なんて『進学したって遊んでばっかりいるぐらいなら就職しろ』だったもん」

「現に遊んでばっかりじゃない」

ま、そうですけどね。

「それで、決めたんだって。短大行って、バイトもして、受験勉強もしようって。だから親に隠れて“ふたば”で勉強することもあるみたい」


それだけの根性があったら、親を説得すればいいのにね。いずれ話さなきゃいけないだろうし。

その前に、こんな狭い町で一年以上も親に隠れて外で勉強するのも難しいと思うもん。レストランだって他に二つも三つもないからね。いつも同じ店のあんな窓際の席でさぁ、見付かるって!たとえ親が見付けなくても近所のお節介なおばさんが通りかかって、そいで次の日

「ちょっと、お宅の泉ちゃん。昨日‘ふたば’で、こ~んなに本積み上げて…」

なんて言って…


「…そう言えば、あのレストランの“ふたば”って名前はどこから付いたんだろうね」

また、どうでもいいこと聞いちゃった。どうして俺って考えていることと喋ることが違うんだろう?

「なんかね、オーナーの奥さんが付けたって聞いたことはある。よく知らないけど、身内に双子でもいるんじゃない?」

「そうかもね」

「あ、そうそう。知ってた?いつだったか空君がお財布無くした時」

「いつだったかって、いつのやつ?」

「だから“ふたば”で無くした時だよ」

「あー。雪さんが貼り紙見て教えてくれた時ね」

「そう。それね、最初に見つけてオーナーに預けてくれたの、泉ちゃんなんだって」

まじで?


ということは、北里泉は俺が忘れた財布を“ふたば”で見つけてオーナーに渡し、そのおかげで俺は財布を取り戻し、その後、今度は北里泉が駅で財布を落とし、それを宇宙人が拾って、その頃俺はせっかく見つかったばかりの財布を今度は駅で落として、それをハリネズミ(南田海)が拾って…


狭い町の狭い範囲で何やってンの!ホント(俺がいちばん悪いんだけど)


「なんで分かったの」

「この間、泉ちゃんの歓迎会だったでしょ。カラオケ屋は混んでたし、雨で星も見に行けいなくてさ。結局“ふたば”で食事会にしたの」

なーんだ。カラオケじゃなかったのか。

「その時に言ってたの。『わたし、この席でお財布拾ったことあるんです』って。『あ、それ空君のだよ』って教えたら、笑ってたよ」

「へーぇ、笑ったんだ」

「え、何で?」

「いや、別に」

鉄仮面だと思ってた。仮面浪人の鉄仮面疑惑がくずれる…。俺またくだらないことに気づいちゃった。けど、何て説明すればいいの?このくだらなさは。

「何、薄ら笑いしてるの?」

「いやいや、ただのオヤジギャグです」

「何言ってんの。わけわかんない!」

まあ、わかんないだろうなあ。


「はい、そこまで!」

未智さんだった。

「空君、自分が今仕事中だってこと、忘れてたでしょ」

「あ、そうだ。忘れてました」


正確に言うと、気付かなかった。


「雪も早く帰りなさいよ。大学目指してるんでしょ」

「あれ?未智、聞いてたの?」

「あんな大きい声で話してて、よく言うよ」

ごもっとも。

「あ~あ、帰るのめんどくさ~い。そうだ。私ここの1階で勉強しようかな。テーブルもいっぱいあるし」

「確かに図書館としては快適ね。自販機でジュースも飲めるしBGM付きだし」

未智さん、そればボクがさっき言いました…あ、でもそれは北里泉に…。


その時、大窓の向こうに水色の傘が近付いて来た。自動ドアの開く音がして、続いて階段を上る足音に変わる。…何だ?このヘンなリズムは。


「あ、この足音は泉ちゃんだ」

雪さんが手すりに駆け寄って階段を見下ろす。え?そうだっけ。

「また、あの子音楽に合わせて階段上ってる」

未智さんが心配そうに笑う。音楽に合わせてヘンな足音立てるのはさ…

「泉ちゃーん、今日も追い出されて来たの?」

泉ちゃーん、じゃなくて南田海じゃないの?


俺はやっと思い出した。南田海が俺の財布を届けに来たあの日、奴の足音を初めて聞いた気がしなかったのは、北里泉の足音を直前に聞いていたからだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ちょっと、空君!今の子、つかまえて」

「どうしたの。万引き?」


「違う。今の子が、北里泉!」

「北里…って誰だっけ、それ」

「いいから、はやく追っかけて!」


(第5話「女子高生」 より)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

未智さんに言われて必死で追いかけた時、いや、もしかするとその前に宇宙人と交番がどうとか話していた時から、俺は無意識のうちに彼女の足音を聞いていたのかも知れない。たどたどしい、今にも転びそうな足音を。



傘をさしていたくせにずぶ濡れの北里泉は、よろけながら馬鹿でかいリュックを床にドサッと下ろした。

「螺旋階段だと転びそうになりますね。目も回るし」

「どうしたの、その荷物」

「参考書」

相変わらず俺が質問すると必要最小限の文字数しか使わない。

「そうだと思ったけど」

「何それ」

「“ふたば”のおやじさんに追い出されたんでしょ。『受験勉強なら他のところでどうぞ』とか言ってさ」

「違います!だんだん混んできたから、自分で出てきたの!」

「同じようなもんでしょ」

「同じじゃない!」


いつの間にか自分が大地や夏井さんみたいになっていることに俺は気付かず、いつの間にかタメ口で言い返していることに北里泉は気付いていなかった。そして耳からヘッドフォンを外しながら、北里泉は未智さんに言った。


「私、ここの1階で勉強してもいいですか。テーブルもいっぱいあるし」

黒目がちなパッチリした目が、やっと笑顔を見せた。




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