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無意識 ー空の章ー      作者: 日向寧々
5/12

第5話 女子高生

突然ですが、俺はよく財布を失くします。


極端な言い方をすると、使うたびにその場に置き忘れて、次に使う時に気付くって感じ。

お金を払った安心感から、その後のことを気にしなくなるみたいです。

19才にして老人並みの大らかさ。



でも、何度失くしてもヤなもんですね。慣れませんね。

気づいた瞬間のあのショック。何度味わってもホントに嫌。

「何度味わっても嫌」とか言える程ほど失くしている自分も嫌です。



そんなことを話題にするということは、さては現在いまも失くし中なの?

なんて当たり前のことを聞かないで下さい。

ついでに、この緊急事態に「いま」で分かるものを「現在いま」とかカッコつけてる自分にも腹が立つ。


生まれてから一度も財布失くしたことない人っていますか。

結構いますよね。ボクが特殊なんですよね。あ~あショックのあまり何言ってるか分からなくなってきた!



(ついでに言うと、動揺している度合いが高いほど、俺の文章は「ボク」が増えて「ですます」が増えます)

(要チェック★)




「えー!?空君、また財布失くしたの」

「先週失くしたばっかりじゃん」


フレンドシップの皆さんも、こんな会話が板についてきました。

下手をすると俺よりも先に探し物のありかを推理し始めたりします。


「カラオケ屋じゃないの」

「あ、昨日のボーリング場!」


いつの間にか人の行動範囲やパターンを完璧に把握しているあたりが感じ悪いなーってことに彼らは気付いていません。



「学校ではないでしょ」

「だったらむしろ褒めてあげなきゃ。ちゃんと行ってえらいねって」


もう放っておいて下さい。

いや、やっぱり一緒に探してください。

この間は、夏井さんが一階のテーブルの陰から見つけてくれましたもんね。その前は、雪さんがファミレスで偶然『忘れ物・財布』の貼り紙を見て連絡をくれました。よく失くす割にしっかり戻って来るところは強運と言えるかも知れません。(あんまり嬉しくありません)



あ~あ、帰ってまた親に明日の電車代と昼食代借りんのかぁ。



憂鬱な気分でカウンターに立っていると、見知らぬ男の人が近づいてきました。そして嫌に馴れ馴れしく、横にいた未智さんにこう言いました。


「今、駅で財布拾っちゃったよ。どうしようかね、これ」

「どうしようって、交番に届けた方がいいと思いますよ」

ちょっと未智さん、何そんな冷静に答えてるの!


すぐ横にいる俺のこと忘れたんじゃないでしょうね。(その前に、その人誰?)



「交番ね。この町交番なんてあったっけ」


失礼な。


「あるでしょう。駅の向かい側に」

「あ~あれね。じゃ、ちょっと行ってくる」



階段を降りようとするその人を俺は呼び止めた。


「ちょっと、待ってください」

「何?」

「あの、拾ったという財布を見せてもらえませんか。もしかすると僕のかもしれないので」

「また失くしたんだ…」

「はい」


どうして「また」だって知ってるんだろう。


「…これ。まあ見るからに女物だよな。念のため聞くけど、君の名前は?」

「東野空です」

「残念。この財布の持ち主は、北里泉さん。あ、ウチの会員証あるから会ったことあるかもね」

「ちょっと、水元さん!勝手に中見ちゃまずいでしょ」


そうですよ。何この人。

って言うより、未智さん、今この人のこと「水元さん」って言った??


俺は、他人の財布から会員証を引っ張り出して眺めている目の前の人物があの「宇宙人」だということにやっと気が付いた。



「交番に届ける前にさ、こっちで連絡取れないかな」


宇宙人は得意げにレジ端末のキーをたたき始める。


「あの、そんなことして大丈夫なんですか」

「相変わらず真面目だね~そういうとこ。…まあ、あんまり良いことじゃないけど、もしかして現在いま(←真似するな)何か貸出中かも知れないし。だとしたら近いうちにここへ返しに来るってことだし…」



何が「相変わらず真面目だね~」だ。立ち聞き宇宙人。

(俺を真面目っていう人、珍しいけど)


「ほら、今日が返却日だ。へぇー、矢野顕子とフリッパーズギターか。いい趣味だなあ。…ってことで待ってれば来るよ、その内」



そこで未智さんがまたもや冷静に口を挟む。

「でもね、本人にしてみればお財布失くしてショックを受けている時、CD返しに来る余裕あるのかなーって思いませんか」


その通り。俺なら絶対来ない。



しかし、それ以上に冷静なのは宇宙人だった↓

「でも、今日来なかったら延滞金発生するんだよ。どうやって払うわけ?財布失くしてるのに」


そして更に冷静だった俺↓

「財布ならここにあるんだから払えるじゃないですか」


もっと冷静な未智さん↓

「本人はここにあるって知らないでしょ」


負けずに冷静なボク↓

「だったら、こっちから連絡してあげればいいじゃないですか。端末に連絡先登録されてるし」


…あ。



「そんなことして大丈夫なんですか。東野君」

さっきのセリフをそのまま返された。


「冷静さ」を争っているうちに、まんまとひっかかってしまった。



「東野君、また自分が言ったこと忘れたんだね」


だから何でいちいち「また」だって分かるの?

あ、そうだ。この人宇宙人だったんだ。すっかり忘れてた。

老人並みなのは物忘れの方。いや、ご老人に失礼だ。これはもう、老人以上。



「やっぱり交番に行って来ようかな」

「その方がいいですよ」


「あ、東野君、これ交番まで届けて来てくれるかい」


何で俺が!


「水元さん、それはキケンじゃない?」

「あ、そっか。失くし物の名人に頼んじゃまずいか」

「他人の失くしものまで失くしませんけど…!」



あんまりムッとしたので、その間CDを返しに来た女子高生にも愛想のない応対をしてしまった。

無造作に後ろに置いたCDは、矢野顕子とフリッパーズギター。返却ケースに入っていた伝票を手にした未智さんが、突然俺の背中を叩く。



「ちょっと、空君!今の子、つかまえて」

「どうしたの。万引き?」


返しに来たんだからそれはないか。




「延滞金もらい忘れたんじゃないの」

宇宙人店長、その話はもう終わりました。


「違う。今の子が、北里泉!」

「北里…って誰だっけ、それ」

「いいから、はやく追っかけて!」



俺は、階段を降りていく女子高生の方へ必死に走った。


「あの…ちょっと戻ってもらえますか」

「え…?」


真っ白い、気の弱そうな顔が更に怯えながらこっちを見た。


「すみません、急に。えーと、店の者が呼び戻すように言うので…」


そこに追い付いてきた未智さんが、俺のしどろもどろな説明を遮るように

「北里泉さんよね。これ、あなたのじゃない?」

と、さっきの財布を差し出した。


「あ、そうです。私のです!」


北里泉の顔が、パーっと明るくなった。




「こちらで預かって下さってたんですね」

「ええ、まあ。ちょうどウチの店長が拾って…」

「私、駅の近くで落としたような気がして、今日交番に行こうかと思ったんですけど」


俺と未智さんは宇宙人の方を一斉に見た。



「でも、今日ここの返却日だし、今日中に返さないと延滞金だし。お財布見つからない限りはその延滞金も払えなくなっちゃうと思って…」


今度は宇宙人がこっちをみてニヤっと笑った。


「失くしたのは一昨日なんですけど、さっき返したCDを借りたのも一昨日で。何で気付かなかったんだろう…」



ショックから解放されてよほど嬉しいのか、北里泉はしゃべり続けた。

「先に交番に行かなくてよかったです。もっと早く気付いてここに来れば良かった…」


言うまでもなく、宇宙人は「勝った」という顔で視線を送ってきた。


「二日もお財布なくて大変じゃなかった?電車通学でしょ?」

未智さんと北里泉は以前からの知り合いみたいにいつまでも話している。

「はい。ただ定期券は残っていたので。お昼はお弁当だし」

「あら~真面目なのね」


未智さん、そう言いながらボクの顔見るのやめてもらえませんか。



「私、あなたの高校の先輩なの。懐かしいな、その制服。私も昔はこんなかわいかったのかな」

「大昔でしょ」

「ひどーい!水元さん」



どうでもいいけど、ずいぶん和んでますね。楽しそうですね。

ボクの財布はどこにあるんだろう。交番かな。



「そう言えば、駅からだったら交番の方が近いですよね」


ボクも久しぶりに発言してみました。


「はい」

どうして俺が話しかけると無口になるんだ、こいつは。


「あ、そうか。どうして先にこっちへ来たの?」


未智さんが代わりに質問してくれた。北里泉は再び笑顔になって


「駅前の信号が赤だったんです。立ち止まっていたら不安な気持ちになって、フレンドシップだったら道路渡らなくても行ける、と思ったら自然と足が向いてました」

と答えた。



それを聞いた宇宙人が、何も言わずに大きく頷いていたけれど、地球人の俺には意味が分かりませんでした。



帰りがけ、北里泉は何度もありがとうを言いながら

「でもホントによかった。私、お財布とか失くしたことなかったからすごく焦りました」

とダメ押しをして下さいました。


「何度失くしても、ショックはショックらしいよ」

「え、そうなんですか」

「そう」


だから、そこでボクの方見ないで下さい。未智さん、ホント感じ悪いです。



仕事に戻るのを理由にしてフロアに出た。


その途中で、手すりと吹き抜け越しに大きなガラスを見るのは、もはや癖になっている。


外はいつの間にか雨が降っていた。

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