3歳と27歳 5
今私たちは家で晩ごはんを食べている。
私はノアの隣。本当に嫌だったのに、ノアが暴れたため、隣に。
「ゆき、つぎあれ食べたい!」
「お姉ちゃん、ノアがからあげ食べたいって」
「ゆき、あれおいしそう!」
「お姉ちゃん、アボカドサラダとってあげて」
「ゆき、おかわり!」
「お姉ちゃん、ノ「もういや!」
あ、キレた。
私の対応も大人げないと思うが、甘やかしてばっかりでもダメだと思うんだよ、私は。
ガチャンガチャーンパリン
ガチャーンパリンパリン
嘘でしょ。
ノアが目の前にあった皿を全部床に落とした、怪獣が尻尾で町をなぎ倒すみたいに。
「あっつ」
ノアの近くに置いていたあったかいスープが私の太ももに降ってきた。
「雪さん大丈夫ですか?」
「こら、ノア、雪に何するの!」
「私は大丈夫だよ。私このままお風呂入って部屋に行くね」
スープは熱かったが、火傷を負うほどではなかった。でも、ノアと離れるにはいい機会だと思ったので、利用させてもらう。
ちょーラッキー!
なんとなくノアのほうを見た私はすぐに後悔した。
さっきと同じ目で私を見ていた、冷たい瞳で。
「じゃ、私はお先に」
お姉ちゃんがノアを叱り、旦那さんと両親は皿を片付けていた。
「太もも、冷やしておくんだよー」
「わかってるって、お母さん」
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お風呂を上がった私はそのまま部屋に直行。
あいにくだが、私はそんなにできた人間じゃない。
翻訳でもやるかー!
私の仕事は外国語の本を翻訳することだ。
しかもフリーランスなので、ほぼ家で生活している。
まだやらなくても間に合うのだか、やってやろうではないか。
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あれから2時間か……
いいとこまでいったし、今日はもう寝ようかな。
コンコン
「はーい、どうぞ」
この家でノックするのは
「ごめんね、こんな時間に」
お姉ちゃんくらいだ。
「ううん」
「ノアのこと、ごめんね」
「ううん、私も悪かったって」
「ノアがね、謝りたいって」
「えっ!
いいよいいよ全然。そんなよくあることだし。
今日はもう寝なよ」
そう言っている間に2人は部屋に入ってきた。
「ゆきごめんなさい」
まじでめんどくせー。
「いいって、火傷もしてないし。
早くお母さんたちと眠りなさい」
「ありがとう、雪」
「ううん。おやすみ」
「おやすみ」
これでゆっくり眠れる。
「ノアゆきといっしょに寝たい!」
「もう、今日はお母さんたちと寝るわよ」
「いーやーだー。もうゆきにあやまったもん」
「いいから、行くわよ!」
そーそー、お姉ちゃんその調子で引っ張っていけー!
「いいんじゃないか?ノアもいつも俺たちと一緒じゃ飽きるだろ。それに1週間しかないんだし……雪さんが良ければ寝させてやれよ」
なんでこの人はいつもこういうタイミングでくるかな?
そう言われて断れる日本人は絶対いない。かくいう私も日本人。
「はあ。いいですよ、別に」
「ごめんね、雪」
「いいって別に」
全然良くないけどね!
「やったー!ゆきといっしょに寝れるー」
「それじゃあおやすみなさい」
「おやすみ、パパママ」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい、ノアをよろしくね」
「うん」
ベッドに入った私たち。
さっきの部屋であったことが頭に残っているから、全く安心感できない。
ノアが寝た後とんずらしようと思ったが、ノアに壁側にされた。クソ。
「ゆきさっきのなに?」
「何が?」
ノアがこっちを見ている気がするが、知らないふりして壁のほうを向く。
「そんなにノアがきらい?」
まさかこんな質問がくるとは思わなかった。
どう答えるのが正解なのか?
「ねえ、こたえてよ!」
泣きそうな声がしたのでノアのほうへ体を向けたのだが、すぐに後悔した。
そこには今にも泣きそうなノアがいた。
今までとは違う姿に戸惑った私は思わず言ってしまったのだ。
「そんなことないよ」
「ほんとう?」
「本当だよ」
「じゃあ、ノアのことだいすきってこと?
りょうおもいだね!」
「うん、そう……うん?」
「りょうおもいなら、チューしないと!パパとママはりょうおもいだから、いっつもチューしてるんだよ」
「ちょっと待ってち……」
チューっ
えっちょ、待って待って。
なんか唇にヌルヌルしたのがタッチしてるんだけど?!
「ゆき!くちあけて!」
いや、これって衛生上でもアウトだし、法律上でもアウトだから!
口を閉めてヘッドバン並みに顔を横に振ると……
「ふーん、じゃあしらない!」
ガブっ
「痛い!あんた何して…」
唇を全力で噛まれた私。なんか鉄の味するんですけど。
全力で睨もうとしてノアの顔を見ると、先ほどの泣きそうな顔ではなく、冷めた視線があった。
「うっ……うーん」
急に口に突撃してきたノアは私の口の中に舌をいれてきた。
流石にこれはダメだ!
慌ててノアの両脇に手をいれて持ち上げた。
「今のはなかったことにするから、寝てちょうだい!」
「なら、今のことママにいう!」
「何を言うのよ?」
「ゆきにチューされたっていう!」
「はあ?あんた自分が何言ってんのかわかって」
力を入れていなかった私の手から飛び出したノアは真っ直ぐドアに向かった。
ヤバい、犯罪者になる!
止めないと!
高速で脳ミソを回転させてその結論に至った私はドアの寸前でノアを抱き止めた。
「ノア、待って。お姉ちゃんたちには言わないで、ね?」
「いや!もうノアはおこったの!」
また私が謝るってこと?
このとき私の頭の中で犯罪者と謝罪が天秤にかけられ謝罪が勝った。
「ごめんね、ノア」
「なにがごめんなの?」
うっざ!小学校の先生かよ。
えっーと、なんだ。何がダメだったんだ?
「えっと、ノアとのチューなしにしようとしたこと?」
「……」
「ノアの気持ちを無視したこと?」
「……」
嘘?これぐらいしか私の非はないでしょ?!
「チューして」
「え?」
「ノアにチューしたらゆるしたげる」
チュッ
「これでいい?」
「うん!ゆきすきー!」
なんだろ、この子といると確実に何かがすり減っていく。
「はやくいっしょにねよ?」
「うん、そうだね」
それからノアはぐっすりと私に抱きついたまま眠りにおちた。
私はろくに眠れなかった。
いつまでこれが続くのだろうか?
私はこの時すでにこれが終わらないことが心の隅っこでわかっていた。