3歳と27歳 2
姉夫婦は1週間日本に滞在するらしく、実家、まあ私と両親が住む家に泊まるらしい。
「部屋も余ってたからちょうど良かったわ」
「この家も賑やかになるなあ」
私はというと……
「ゆきとじゅーっといっしょにいたい」
空港から家に来るまでずっとノアに付きまとわれていた。姉の子どもにこんなことを思うのはひどいと思うが、それでもそう感じずにはいられなかった。
「こら、雪に迷惑でしょ。こっち来なさい」
ナイス、お姉ちゃん!
早くあっち行け。
「や!いーや!
ノアはゆきといっしょがいいの!」
いや、私が嫌だから。
ズボンにすがりつかれた。ちょ、パンツみえるから、やめて。
「ノーア、ズボン引っ張らないで」
「ごめんね、雪」
「いや…かわいいから大丈夫だよ…」
「ほーら、ゆきもいってるもん!」
姉はどうやらこの子に強くでれないらしい。
「すみません、雪さん」
「いいのよ全然。この子結婚する気ないからこれで意識してみないと、わからないのよ」
「お母さん、私のことに口出さないでちょうだい」
母は私に結婚願望がないことに焦っているらしいが、私は気にしていなかった。
私には悪友がいるし。
「ゆき、けっこんしゅるの?」
大きなビー玉のような瞳はひどく冷たそうだった。
3歳の子どもがする目じゃなかった。
「私は結婚しないよ」
しゃがんで、その子の口を見ながら言った。
周りからは目を見ているようにみえるかな。
「じゃあ、ノアとけっこんしゅるー!!!」
「「えっ」」
私と姉の声が重なった。
「ゆきは、や?」
「……えっとね」
「……ノア、こっち来なさい」
咄嗟に反応できなかったのは私だけではなかった。
姉の旦那さんと両親は会話に夢中だったようで安心した。
姉は私に引っ付いていた子を無理矢理抱き上げた。
「ぃやー、いーやーだー」
"ウワーン""ウワーン""ェワーン"
「ノアちゃん、どうしたの?
雪が何かしたかい?」
"ウアーン""ヒック""ヒク"
「何もしてないよ」
ゾワっ
抱き上げられてなお私のことを見ていた。
「雪さんのこと本当に好きなんですね」
「ヒッ」
「驚かせましたね、すみません」
「い、いえ」
この男はなぜここまで他人事なのか。普通ならもっと、こう、何かするんじゃないのか。
「私にとっての妻は、ノアにとって貴方みたいだ」
「…何をおっしゃっているのか、よく分かりませんね」
「いずれ分かりますよ、それでは先にお邪魔します」
そう言って彼は家の中に入っていった。
この家に入ったら私はまた……
「ゆき、はやくはいって」
「あまりに遅いので、ノアと一緒に迎えにきちゃいました」
玄関の戸を開けた2人は、死刑執行に立ち会う死神のように美しかった。