つらら座
始まりなんて夢を見るようなもので
自己とは無関係の虚空のようなところで
無意識に展開される景観とその情景に
色彩や輪郭といった表象を与え続けているうちに目前に現われている
その発現の意図を詮索しようとしても
認識したときには跡形もなく
たとえば しない相
誰も立ち 手に牙を
入ったこ 剥いてい
とのない る鍾乳石
洞穴の奥 を想うよ
底で来も うに途方
のないことだ
僕の首には氷柱がいて
氷柱の周りに僕がいた
説明はそれだけで十分だと思ったが
軽率な要約にかまけた頭には
到底理解できないようで
「もう一度お願いします
もう一度お願いします
もう一度――
もう一――
も――」
と分裂症のように
言葉を増殖させ続けていた
それを聞くあなたは
指先に付いた
血と水の混合液の乾いた瘡蓋のようなもの
をしばらく見つめている
四季の始点をどこに置くかでそのひとの人柄が分かると言った
春は晴れやか
夏は懐っこい
秋は飽きっぽい
冬はと訊くと
冬は寂しがりだと口にして
今は何月と訊ね返してきたので
分からないと答えた
分からないは分からず屋だと僕が笑ったあと
氷柱が首を打ち抜く流れ星の軌道が見えた
フローリングに反射した夜空の星にわずかに重なり合うようにして血しぶきは飛び散る
この一滴一滴に
幾世代にも及ぶ系統の果てがあるのなら
四季の始まりで占った根拠のない性格診断ではなく
これをなぞって
引き結んだ細い線こそが
僕なのだ
あなたが氷柱を掴んで引き抜こうとすると僕はいたいィいたいと言いたそうにぜえぜえ声を霞ませたので手を離し僕が痙攣しながら椅子から転げ落ちて呼吸とも喘ぎともつかない息を繰り返して倒れた僕の右耳の下から首を斜めに貫く氷柱の突き出した鋭利な尖端が左の鎖骨周辺を引っかいて傷をつけ首から流れ出た血液が氷柱のその半透明の円錐を撫でるように滑り落ち引っかき傷のできた鎖骨の窪みに些細な血溜まりになり氷柱から融け出した冷水もそこに流れて血と水は混じり合い湖面に群がる残照のように揺らぎ僕が痛みに耐えきれず身を捩ると歪な波紋を描き堤を越えて洋服の下へと垂れていき点描のように肌に残る血の筋をあなたは指で拭い取り僕はありがとうも言えないでぜえぜえと苦しそうに息をこぼして床には僕から漏れ出した血液と氷柱から融け出した水がひろがりどこから血でどこから水なのか見分けがつかなかったがこのまま氷柱が融けてゆく僕に従って大きな穴が空いた首のそこから流れ出る多くの血で僕は死んで融けて氷柱はなくなってしまうのだった
あなたは僕と氷柱を入れる冷蔵庫を買わなければと思う
横たわった僕を抱き起こして
もとの椅子に座らせる
氷柱に触れる
別れを惜しむようにして手のひらに吸い付くそれがまだ融けきらないことを確認してから家を出る
外には季節外れの何かが降っている
その何かに何を当てはめるかでその人が分かるなんて子供じみたことを信じはしないが、それで事態が好転するのならあなたはそこに感傷の透き通った雨粒や呆れるほど頑なな雪片、あるいはそれらよりも大きな稲妻の目が眩むような雷光といった仕様もない言葉の数々を当て込んで一秒でも長く僕でいてほしいと思う。そして僕の体温と同一した氷柱がその温度を変じることなく冷徹とはほど遠い熱情の円錐形で僕の首を貫いてさえいればよかった
駆け寄って来て「どんなものを冷やしたいですか? あるいは凍らせたいですか?」と訊いてくる
あなたは僕を、と言いかけて
不用意に発言して
それはいつも
誤りを生んでしまうのだから
止め「氷柱を」と返答する
「それならこちらがよろしいかと」
そう言って示された小型の冷蔵庫
棺桶に入れられたと取り違えて
僕はあなたを恨みはしないだろうか
の値段はとてもあなたの手におえる額ではなかった
「もう少し安くはなりませ「無理です」
考慮する素振りも見せない即断にそれ以後の交渉の無意味さ、諦める、諦めない、その選択にすらもう意味を感じることがない
家に帰れば僕ぼくは氷柱つららはもう融けていなくなっているだろうか 目をつむった部屋にはまだぼくがいて どこから仕入れてきたのかも分からない話を笑顔で口にし あなたはそれをどんな顔で聞くべきか分からないまま窓から見える星をすべて直線で結ぶ
それにいくら名前を付けようとも
語らなければ人々は知ることがなく
知らなければ
それは星座には成り得ないことの虚しさも忘れて
垂直に陥っていく線条の定まることのない座標に錯乱したと吐き重なる虚飾を穿つ頑なに凍結した円錐がその饒舌を割るとき、冷血それは無数の停止、その連結だった
幾千層にも連なり合う氷晶の鋼鉄
願えば簡単に連れて行ってくれる
北緯92度の氷河をうねる
流線のような素描
シロナガスクジラ
雪上のホッキョクグマの親子
母 は
死 に
子 は
母 の
足 跡
を た
ど り
子 を
産 み
母 と
な り
死 ぬ
網膜に映るオーロラのカーテンが
その瞳をさえぎる
海溝に落下するベイトボールを
細胞質に浸して伸長する
ぼくは氷柱、つららは僕の
日々の辛苦を笑顔で並べ立て
つらそうに吐く息をもう止めてしまうのか
無思慮に研いで刺し続けることで繋ぎ止めた
かぼそい結晶体に映る消長
消える
消えない
いる
いない
いらない
しらない
わからない
転写されていく剥製の賑わう夜空で
出血の伴わない浅傷を
繋ぎ合って物語る
痣すら立たない自傷で満たした
内障への反駁には反吐が出る
その標本を
いつまでも眺めて離れないから
背立する対色を糾って
氷柱は僕を刺し
潜熱、面影が星散する
言葉をなくして
吐く息でかたる
春 夏 秋 冬
か を で の
ぜ な か ゆ
の く れ き
ほ せ る ば
と み は を
ぼ は の も
り も ふ と
が う り め
さ い つ て
め な も た
る く る れ
ま て
え く
に るみずのしずくがこご小え声で囁いても予め標された形象でなければ誰にも語られないのだろうか、平明に徹した存在のみで星系を物語ろうとする軽薄さ、切り取れなかった不明のその非在にこそきっとあるものが あ っ て そ れ は かんたんに 簡単に とけ融けてしまうから、あなたはしず静かに閉とじた目で、その星せいざ座をずっと み て
い
た