その5 逆に言うと俺たちもペアなんだが?
ハイキングコースを歩いてゆくと途中熟年夫婦とすれ違うことが何度かあり、軽く挨拶をした後は先刻の人々が見えなくなる度に、彼らは教徒だの信者だのと想像したことをぶつけてくる。
「こんにちは~」
「あ、こんにちは」
何組目の夫婦だろうか。彼らもまた数歩歩くと信者や教徒にされるのだろう。ここは信者のバーゲンセールだとでも言うのか。
「きっとさっきの二人もでしょうね。こんなに信者をつくっているなんて……思ったよりも大きな宗教かもしれないわ。もしかすると電波か何かで洗脳をしているのかもしれないわね。対策するものを何も持ってきてないわ……。でも大丈夫、洗脳できるもんならやってみなさいってのよ。私は簡単に洗脳されるほどやわじゃないわ」
そりゃ、お前は別の電波をすでに受信しているし。洗脳しづらいだろうな。と心の中でツッコミを入れた。
確かに観光地というのはリピーターもつくし、洗脳はされるだろう。いい意味で。だがそれをここまで曲げられるのはサキの才能なのだろうか。俺ならそんな才能絶対にいらない。
聞く人が聞いたら激怒しそうな背景音こと妄想語りに脱力感を覚えつつ登り続けると、体力と精神力の尽きる寸前に休憩所に辿り着いた。看板によると三割ほど登った位置になるだろうか。
看板には箱根の名水ポイントの位置が書かれていたり頂上まであと何キロと書かれていたり。間違っても〝秘密結社まであと○キロ〟なんてことは書かれてないし、見間違える文もない。
「さ、キリキリいくわよ! 私の計算によると目的地は山の七合くらいのところにあるはずよ。まだまだこんなところで止まってなんかいられないんだから!」
こんな車も来れないような場所に住む人間がいるだろうか。
高度が上がると同時に無駄にテンションの上がってゆくサキと俺との温度差は今や酷いものだ。元々インドアな俺にとって山登りは体力的にとてもきついものがある。自発的オリエンテーションということにすれば山登りだって少しは楽しめるだろうか。
跳ねるように登っていくサキから見れば、俺はさぞ滑稽なものだろう。
俺のことは見捨てて先に行ってくれればいいのにとも思うが、それではここ以降に遭遇する人たちに常に難癖をつけかねない。保護者として、ちゃんとついていかなければ。
しぶしぶ歩いているも徐々に脇腹が痛くなってゆく。日々の運動が足りないからだと馬鹿にされるが、その通りだからどうしようもない。
道の傍らに刺されている杭を見てみるといつの間にやら五合目を越えたらしい。サキの言う目的地までもうすぐだ。
だがサキの希望とは反対にすれ違う人は休憩所以来全然見ていない。やはり人々は名水を汲みに来ているのだろう。水を汲むにはいい山だが、それ以外は特に何も無い平凡な山だということが見受けられる。
これでサキによる一般人の信者決め付けトークはなくなったものの、今度は俯いてブツブツと考え事をし始めた。
少々気になって耳を傾けてみると教徒用の脇道がどこかにあったのだろうだのなんとかして今のうちに見つけないと明日のミサには間に合わないだろうだの。まだ諦めていないご様子だ。
考え事しながら歩くのは危ないぞと言ってみるが「それくらいわかってるわよ。私を何だと思ってるの」と、人の心配を受け取らない。なにやら人がいなくなったことで、自分の勘が外れたのかと焦っているところもあるように感じられる。
しかし何と言おうと無い物を唐突に出すなんて手品師や魔法使いでもなければできないことなので俺にはなんともできない。帰りの新幹線に乗るまで好きにさせておくしかないのだ。
幸運なのはこっちに当たろうとしないことだろうか。
時間が進むとどうなるかはわからないが、学校に比べれば応対の悪循環がない分楽だろう。
このままクールダウンして観光に移ってくれたら嬉しいことこの上ないのだが、そうはいかないのがコイツだ。奇怪な行動に走らないように慎重にしなければ。慎重に、慎重に……。
気付くと俺は逆さになって寝転んでいた。
今までのことが夢で、目を覚ましたんだな。
そう願うものの見える風景は家の中のものではなく、それ以前に屋内のものではない。どう見ても山の中。きっとこれも夢で、もう一度目を覚ませば自分の部屋の中でベットから落ちてしまっているに違いない。起きろ。起きるんだ俺。
「何落ちてるのよ。大丈夫?」
足の向こうから聞きなれた声が聞こえる。できれば夢の中でくらい聞かずにいたいものだ。
声の主はぶつくさと言いながら俺のほうに降りてくると、起こしてくれるわけでもなく思いつく言葉を全て使って馬鹿にしてくる。
夢の中でも元気だなと寝直しに目を閉じると阻止するように横っ腹を蹴り上げてくる。
「ちょっと。このまま遭難死でもしたいの? さっさと起きなさいよ」
蹴られ続けるのもなんなので起き上がると、元いた道から五メートルほど落下していたということに気付いた。なんとか登れなくはなさそうだ。
木の枝を掴み自分の体を持ち上げつつ登ろうとすると背後から引っ張られバランスを崩してずっこける。
「なにす……」
何するんだと言おうとサキの方を見てみると、サキはこれ以上ないくらいいい笑顔……俺にとっては嫌な笑顔……で何かを指差している。