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その4 始まらないロマンス

「小田原よ。起きなさい」


 ぺちぺちと叩かれて顔を上げてみれば、覗き込むサキの顔が見える。

「起きろって言ってるのよ」

 鈍い音を響かせて、またしても眠りに落ちそうだった俺の頭を思い切り叩いた。

 おかげで目は冴えたけれども他に方法はなかったのだろうか。

 訊ねてみても「仏の顔も三度」と言うばかりで、その三回のうち一回目は気まぐれに起こした安眠妨害を言っているのだろう。もう突っ込む気力もない。


 家を出たときより確実に大きくなっている荷物を担ぐと、出口まで移動してから俺の鞄の中に押し込められたサキの荷物を本人に押し返す。

 ケチだとかなんとかブーブー言われはするが、お袋から押し付けられた物を含むとこちらの荷物の方が多いことを訴えると、文句を言いながらも自分の物は自分で持ってくれた。

 男らしくないとお思いの方もいらっしゃると思うが、お袋から押し付けられた物は絶対に俺が使わないものばかりなので本当にお荷物なのであることを言っておこう。

 小田原で新幹線を降りた俺たちは電車を乗り換えて〝サキ曰く一番怪しい〟小涌谷へと足を降ろした。

 何が怪しいのか事前に聞きはしたが、ホテルが多いのは信者の寝床を確保する為だとかそういう飛んだ話になってしまい収集がつかなそうだったから途中からは聞いていない。

 いざ踏み込んでみると地元と変わらない駅前の発展振りに目を疑う。

 振り回されるのは承知の上だが、温泉休暇と考えれば悪くは無いかもしれない。……実費ということを忘れれば。


「すみませんおじさん、この辺でにぎわってる宗教とかって知りませんか?」


 人がいい気に浸っていると元凶は通りすがりのタクシーのおじさんに向かってコッ恥ずかしいことを訊ねている。

 タクシーの運転手さんは頭が春な女子に変なことを尋ねられて困っているようだ。旅の恥は掻き捨てというが、コイツは恥は捨てれないほど大きすぎる。

 即座にサキとタクシーのおじさんの間に割って入る。

「すみません変なこと聞いて。気にしないでください」

 タクシーの運転手さんに一礼すると半分引きずるような姿でサキをタクシーから離していく。

 その際もガミガミと相変わらず手のかかる子供のようなことを申してくれる。


「さっきの運転手は信者なのよ。そうよ、きっとそう。だってあんなにひた隠しにするっておかしいじゃない。信者の募集をしてないのかしら。でも山に登れば見つかるはずよね。今日は荷物を宿に預けて山に登りましょう」

 そりゃあ無いものを出せと言われても困る。ひた隠しじゃなくて困惑だったんだろうよ。

 しかし言っても聞かないのがコイツであるからして、言っていることを聞き流しながら早々に宿に向かうしかなかった。

 うまかもんの町よ、今回はお前のおいしいところを味わうことはできそうにない。

 サキが下手に地元の人間に関わることの無いように競歩気分で駆けると、思っていたよりはるかに早く、目指していた宿につく。

 そこは意外にも新しめな建物だった。

「あら。意外にいいじゃない。アンタが選んだにしてはまあまあね」

 追い付いてきたサキが言う。誉めてるんだか貶してるんだか。多分宿を誉めて俺を貶しているのだろう。


 フロントでチェックインの手続きを済ませると、サキがフロントの人間に話し掛ける間を作らないように部屋へと特攻する。

 扉を開くと部屋の中もなかなかいい雰囲気で好印象だ。

 俺より一足遅れて部屋を見たサキは即座に顔を歪ませた。

「ちょっと何? アンタと相部屋なの?」

 俺だってわざわざ面倒な相手と一緒に寝たくなんてない。もちろん下心もあるわけがない。

 素直に金がないのだ。

「金がないんだ、しょうがないだろ。文句あるなら自分で別に部屋を取ったらどうだ?」

 素直な気持ちを述べると奴のマシンガントークは引き金を戻した。一体どこまで人の金で動く気だ。

 部屋に対する会話を強制終了させ数秒、突如、思い出したかのように話を切り出した。

「そうそう、ラウンジにいたおばさんによると怪しいのはこの先の丸山らしいわ」

 いつの間に情報収集を終えたのか。次の行き先が決まっていた。本当に俺に自由はないらしい。


 荷物を置いて外に出るとさんさんとした太陽が俺を照らす。

 まだ夏も終わりきっていない青い空の下、爽快な風が吹き抜けているというのに観光のひとつもせずに、存在するかどうかもわからない悪の秘密結社に向かおうとする。

 健康的な男女がこんな休日を過ごしていいものか。いや、よくない。

 近隣の住人だって山登りなど、清水を汲むか、温泉につかるか、ハイキングのためだけにするものだろう。なのにそのどれでもなく彷徨う人間がいるだろうか。いや、いない。

 遠ざかってゆく宿を尻目に、おいしそうな名物に後ろ髪引かれながら俺達は怪しい山へと足を向けるのだった。

 あぁ……俺の休日……。

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