その2 はじまりの始業式
校長の挨拶が終わり担任の挨拶や宿題の回収も終わり、始業式はつつがなく終了した。
と、油断していたのが間違いだったのだろう。役員会で学校に来ていたお袋とサキが……遭遇した。
その瞬間にサキの表情がとても明るいものに変わったのは長年付き合った俺くらいしかわかるまい。
「おばさま~~。お久しぶりです」
俺が掴む間もなくお袋の元へ駆けて行ったサキは、始業式の間中ずっと考えていたであろう台詞をお袋に向けて放った。
「今度私達の所属している部で箱根に行くんですけど、俺の分も金を出せって言ってくるんですよー」
「お袋!」
サキがセールストークを始める直前にターゲットに向けて叫んだ……はずだった。
そいつの言葉に惑わされないでくれ。と言うには遅く、お袋の俺に向ける目はとても冷たいものに変わっていた。
こちらを見る目が変われば、丸め込むのは容易い。自分の言葉に耳を傾けさせればいいのだから。
「おばさまを同じ女と思っての意見だけれど」と前置きした上で旅費を半々という意見に持ち込み、徐々に逆に女の分の金は男が払うものだとか、任せてくれとどーんと胸を叩くのが本当の男だろうから教育してくれだとか。不条理にも程がある。
お袋はすっかり騙されると箱根までの旅費を出すことを約束した。勿論家計に余裕はなく、サキに流れた金は俺から徴収するに決まっている。
「俺は今金が無いっていうのはお袋も知ってるだろ。なんでそんな悩まずに承諾するんだよ」
金の恨みは恐ろしい。
気付けば天下のカカァ様に向かって異見をしているではないか。
「あんなハコよりサキちゃんのために使った方がお金も幸せでしょ」
流石のカカァ様によると俺の金は俺のために使わせてはくれないらしい。その上どこか不機嫌である。
この二人を敵に回した俺には、当分の間安息が訪れそうにない。
言うまでも無いが、帰宅路のサキの顔といったらもう、満面の笑みである。
箱根に行けてバンザイというものもあるだろうが、自分の作戦が成功して嬉しいという感情の方が億倍強いに違いない。
昔はこんな娘じゃなかったと考えると、また涙が一筋伝っていく。悲しみの最中、涙に気付いたサキは朝と同じ身振り手振りをした。〝理解できない〟。