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その10 夢から覚める夢

 今日こそは鼻を明かすと意気込むサキと、サキに荷物を押し付けられた俺の温度差は凄まじいものがあった。

 サキに振り回されることを考えると体力を残しておく必要があるだろう。先ほどチェックアウトを済ませたことにより発生した荷物は、山に向かう前に駅のコインロッカーに預けることにした。

 山の入り口に立つと、地元民なのか初老の奥様が杖を手に山道に挑もうとしている。

 昨日とは違い登山客のような人もちらほらいる。

 時たまこちらを見られているような気もしなくもないが、気のせいと受け取っておこう。


 山道はおおむね良好とでも言おうか、昨日と違い目的地をあてずっぽうに探すわけでもないので気楽に向かうことができた。

 会館に着くと昨日の男性が入り口で立っていた。

 俺たちを待っていたというわけではなく、集会のときは必ずここにいるのだろう。会館に入る人たちに律儀に礼をしている。

 彼は俺たちに気づくと笑いかけて挨拶をしてくれた。


「ようこそ。まさか本当に来るとは思いませんでした。場所は……他の方についていけばわかると思いますが、まっすぐ突き当たり。一番奥の部屋になります」

 説明を受けると会館の中へ足を踏み入れた。

 昨日の応接間とは違い、さらに奥にある20畳ほどの広めの部屋らしい。

 ついてみると部屋の半分ほどが人で埋められ、それぞれ親しい人との会話に花を咲かせている。ある種の井戸端会議場に見えなくも無いところだが、部屋中の人々の体の向いている方向にある教卓が普通ではない雰囲気を醸し出している。

 これから、サキが楽しみにしていた説法が始まる。

 しかし俺は既に帰りたい気持ちでいっぱいだ。

 『人生楽あるべき。楽なきところに幸せなし』

 もしそうならば、俺の楽は今どこにあるのだろうか。


   *  *  *


「とんだ期待はずれだわ」

 二時間の説法を終えて下山するとサキは開口一番に言った。

 続けて「大切な時間を無駄にした」とも。

 どんな電波な話が出てくるのかわくわくしていたのだろう。しかし現実はそう甘くなく、参加した集会は昨日男性から聞いた内容と同じことを詳しく説かれるだけのものだった。


 それからはもう箱根の宗教についてはどうでもいいのか、気力なく残りの時間は遊び倒そうと提案してきた。

 それはもう万々歳の意見なので出発前に願いを込めて見ていたうまいものマップを記憶の底から掘り起こす。こんなことなら観光マップを貰っておけばよかった。サキは以降全てこちらの行動に合わせるらしく、俺達は即座に電車に乗るとうろ覚えながらも必死に覚えた駅に移動を始めた。


 帰りの新幹線の発車時間が二十時だとすると、家に着く頃には夜も更けてることだろう。まだ終電には時間がある便だろうから満席でもなんとかなる。……といっても自由席以外に興味はないのだが。帰宅の目処をたてると携帯のアラームを十九時半にセットして、無理だと諦めていた観光へと行動を移した。

 巷で噂の硫黄にまかれる黒玉子や温泉を使ったあんまんや蒸しパン。銘菓とあってどれも舌鼓をうつ。これだけでもここに来るまでにかかった苦労が報われるというものだ。さっきまで乗り気でなかったサキでさえ、太る太ると文句を言いながら楽しそうに自分の食べたい物を選んでいる。


 自分のしたいことのいくつができただろうか。無情にもポケットに突っ込んであった携帯電話が大きな音で予定の時間を知らせる。もうそんな時間かとアラームを切ると、最寄りの駅から小田原へと足を向けるのだった。

 切符を購入し、晩飯の弁当を買い込んで丁度停車中の列車に飛び乗った。数分後、扉を閉めて動き出した列車は徐々に箱根から離れてゆく。

 次はもっとゆっくりと、きちんとした観光をしに来るからな。そう心に誓い、俺たちの目的不明の箱根の旅は終わったのだった。



 余談だが、翌日また奇怪な妄想話に巻き込まれたのは言うまでもない。

 きっとこれからも物語が平和に終わることは無いだろう。

結構前の作品をざっくり公開してみたんですが携帯電話という名称が経年を実感させてくれます。スマホ、スマホっていつだ。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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