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その1 幼馴染ってつらいんです

 夏休み明けの朝、一月半ぶりの学校の机を懐かしみながら先生がやってくるまでをのんびり過ごしていると、あまりにも唐突に麗らかな朝の時間は壊された。

 奇声を発しながら近づいてくる〝それ〟は、教室の後方のドアを勢いよく開くと廊下から教室の一点に向かって叫んだ。


「ねえねえ、五組の大沢君と八組の柳さん、箱根にいってきたんですって!」


 慌しく部屋に駆け込んできた少女、サキに向けて俺はため息をついた。

 奴の言い方が〝二人で箱根に行きたい″に聞こえたのか、前の席を陣取る友人に茶化される。サキと関わるようになってかれこれ十一年、今となってはいつものことだ。……いや、これがいつものことというのは充分おかしなことだろう。

 サキは俺の幼馴染だ。外見が多少いいからといって男子にモテるくせにおかしなことに興味津々なのは最近流行った物語の主人公を思わせる。

 先ほど言ったように付き合いは十一年と長いが、愛だ恋だということには全く関係なく常にトラブルメイカーと被害者の間柄だ。

 今現在だってサキが俺に向かって妄想全開のマシンガントークを発している。自分の置かれている状況を考えると、願ってもいないのに頬を暖かい水が伝ってくる。

「どうしたのよ、泣いたりして」

 いきなり涙を流した俺にぎょっとした様子で問いかけてくる。

 その様子はなんとも「気持ち悪い」を前面に表したものだ。

「いや、今までのお前に振り回された日々を考えると何故だか涙が……な」

 俺がそう言うと〝理解できない″を身振り手振りで訴えてくる。誰のせいだと思っているのか。


「それより、大沢君に柳沢さん、近所の奥様の話によると他にも三組もの家族が夏休み最後の週に箱根に行ってることがわかったのよ! これって凄い発見だと思わない?」

 理解できないだけならまだわかるが、続く言葉が俺に一切関心を払ってないというのがなんとも泣ける話である。しかもよくわからん話で。

 それならばと、こちらも理解できないという意味を込めて身振り手振りをしてやる。

 一家の夏休み最後の思い出作りに何の問題があるというのだろうか。

 だがそれを口に出すと電波ゆんゆんの喋りを放たれるので無視を決め込むことにする。

 ……はずだったのだが、心の声が聞こえたのか自分が語りたいだけなのか、奴は話の続きをし始めた。


「ここから箱根って結構な距離よね。なのにこんな狭い地域でこの人数同じ場所に向かう。普通ありえる? ありえないわよね。ということは箱根に何かあるってことなのよ。そこまで理解はできるわよね。それで私が思うにその何かっていうのは多分宗教かセミナーみたいなものだと思うのよ。それを誤魔化す為に旅行って言ってるに違いないわ。教主も丁度旅行なんてアリバイを作れる場所に会合所を建てるなんて考えるわね。でも私は気付いちゃったわけよ。当事者の二人は誤魔化してるけどそうに違いないわ。今週末にでも行かない?」


 よくこんな長台詞を言えるものだ。事前にどこかで練習でもしていたのだろうか。

 俺などナレーションでもこの長さが限界だというのに。演劇部に入れば主演を狙えるのではじゃないだろうか。

 二人でいる時なんかは構ってオーラは無視で切り抜けるのだが、クラス内で話しかけられると無視すればするほど友人に茶化され続ける。これをなんと言うのだろうか……そうだ、悪循環と言うやつだ。

 しょうがないのでしぶしぶ受け答えをするが、その度に俺の中の何かが砕けて人間を超える何かに近づいていっている気がしてならない。

「……で、その旅費は誰が出すんだ?」

 まさか俺とは言わないよな、と続けようとしたところにスッパリとサキは言い切った。

「アンタに決まってるじゃない」

 ああ、そうだよな。とため息をつく度に友人が俺を見て企むような笑い顔をしているのが目に入る。どうせ俺は尻に敷かれてますよ。

 しかも小声で二人きりの箱根が羨ましいとちょっかいを出す始末だ。一度この思いを味わわせてやりたい。


 偉そうに仁王立ちをするサキに向かい、自分の金の無さを切に訴えた。

「というか、行きたくも無い旅行に使う金は無い!」

 言い切るとサキは不機嫌に膨れたツラをして最後の切り札を取り出すことになる。

 そう、幼馴染の欠点である……あいつにとっては利点である……最終兵器だ。

「いーもん。おばさまに頼んじゃうもん」

 いつもなら自分の面子もあり、ここで折れてしまう俺だが今回は違う。

 箱根ともなると新幹線で片道一万円はザラ。つい最近パソコンを新調した身としては痛すぎる出費だ。かといって夜行バスなどと言おうものならなんと喚こうかわかったものではない。

 そもそも先立つものもないし、親に言っても二人の旅行なんて許可するとは思えない。安堵感は比べられないくらいに大きい。

 しかしこれまでを思うと対策をしないわけにもいかない。どんな文句をつけられるかわかったものではないからだ。とりあえず当分はお袋と遭遇しないように気を張っていかないと。

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