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LAダウン  作者: 宮本あおば
20/28

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 独立軍の本部に行く道行きに、三春とルイスも同行させてもらえると期待した読みは、甘かった。

スティーブとメル・オズモンド刑事はルイスたちが乗ってきたトラックを使って、二人で行くと主張した。

「災害時の対応は馴れてますよ」と売り込んだ三春を、オズモンド刑事は、あっさり却下した。

「でも、人を撃ったことはないだろ」

 三春のやり取りの脇で、アジア系の刑事が自分の防弾ベストとヘルメットを外して、スティーブに装着していた。ルイスと目が合うと、スティーブはおどけた表情で目をぐるぐる回してみせた。

 何か言わなくては、と思った。けれど、別れの言葉を探すのは不吉な気がして、ルイスはただ困惑した顔を作った。三春はずっと黙っていた。

 バリケードの一部をどけてトラックが通れるようになると、スティーブたちは、しごくあっさり、サンペドロ・ストリートを南に向けて遠ざかった。

 ハンドルはスティーブが握っていた。オズモンド刑事は万一に備えて、アサルト・ライフルを抱えて助手席だ。

「大丈夫かな」

 頭上からの呟きに、ルイスは三春の顔を見上げた。さっき、スティーブがアンディ・オースティンを知っていると洩らした告白には、驚いたなんてものじゃなかった。しかし、同時に少し納得もした。

 昨日の午後、ネットに接続してニュースを確認した後から、スティーブは微妙に挙動不審だった。

 昨夜は動物園での撤収を片付けた後、やはり気になってルイスたちは、エレン・ガーランド宅を再訪し、マルティネス氏の作業を手伝った。幸い、コスタメサは停電もしておらず、嵐の影響もなかった。

 ハミルトン博士の二冊目のノートを発見したのは、深夜零時を回ってからだ。博士は、かなりの悪筆で、マルティネス氏と令嬢のエレンが悪戦苦闘して解読した。誰かに読ませる記録のつもりで書いた様子ではなかったために、本人以外には意味をなさない記述が大分あった。

 今にして考えれば、とルイスはスティーブの様子を思い返した。何か異常に焦っていたようだ。アンディ・オースティンとLWについて考えていたに違いなかった。

 防衛ラインに来る時にも、最初はスティーブが運転していて道路脇の水溜りに突っ込んだ。

「スティーブ、俺の話は蒲生課長に聞いていたくせに、水っぽいな」

「どういう意味?」

「日本の言い回し。他人行儀だってこと」

「ふうん。スティーブは、いつオースティンと知り合いだったんだろうね?」

 バリケードの手前に立ってぼそぼそと、そんな会話を交わした。

 ルイスたちは、まるで親とはぐれた戦争孤児のようだ。何しろ、トラックはスティーブが乗って行ってしまった。

 防衛ラインからグリフィス・パークのレンジャー・ステーションに徒歩で戻るのは距離からしても、地形からしても、難行だ。

「前みたいに、ファーマーズ・マーケットで時間潰しってわけには、いかないな」

 笑ったつもりだろうが、三春は子供ならちびってもおかしくないほど凶悪な顔をした。スティーブは挙動不審だったが、三春は三春で、顔色が悪い。悲しい記憶が戻ってしまったのだから、無理もないけれど。

「困ったな」と、ルイスが誰にともなく呟いたときに、声が掛かった。

「車を持って行かれちゃったね。ここにある車は貸せないけど、お使いに行ってくれたら便宜は図れるかもしれないよ」

 さっき、スティーブにベストを装着していたアジア系の刑事だった。三春といいアジア系の刑事といい、背が高い。チビのアジア人とは、もはや昔話の存在かもしれない。アジア系の刑事は子供相手の口調で話しかけてきたが、馬鹿にしている風ではなかった。

「本署に行って、私の分の防弾ベストとヘルメットを都合するよう伝えてくれないかな? ベストを殺人係のマーティン・ヘンダーソンという刑事と一緒に持って来てくれ」

 頼まれてルイスは今いる場所と、ダウンタウンの距離を考えた。

レンジャー・ステーションや自宅に向かうよりも遥かに近い。すっかり忘れていたけれど、ダウンタウンにはレクリエーション・公園局の本部があった。

 もっとも、局の性質上から、本部はごく小さく、あちこちに散らばるオフィスに器具や車両は配備されている。おまけに、この早朝だ。

 市警の本署はレクリエーション・公園局よりもかなり手前にある。防衛ラインからなら、おそらく二マイル(約三・二キロ)くらいだ。

「構いませんよ」

 ルイスが返事をすると、三春が黙ってルイスの顔を見た。まだ土地鑑がないのだから、不安なのに違いなかった。

 二マイルだと伝えようとして、指を二本立てると、向こうも指を立てて「ピース?」と首を傾げた。コミュニケーションは完璧とは言い難い。

「ヘイ、ウィル。いいのかよ、勝手なことをして」

 不愉快そうな声は、初老の白人が出した。

 確かに平時なら、部外者に伝言を頼む策は、あり得ないだろう。アジア系の刑事が口を開く前に、きつい声が飛んだ。

「いいんだよ。一応、市の職員なんだし、証拠品や武器の運搬でもないんだし。第一な、レイモンド。市がなくなったり、戦闘で死んじまったりしたら、あんたの大事な恩給は、なくなるんだぜ?」

 見た所は年回りもオズモンド刑事と同じに見える白人が、皮肉っぽく叩きつけた。鼻筋が細く、目が水色に近い青なので、冷酷な感じがした。

「なんて物言いだ」と、ぶつぶつ愚痴る相手に、更に付け加えた。

「心配すんな、ジイさん。事が終わった時に目立つのは、無断で敵と取り引きして持ち場を離れたメルだよ。上から怒られる役は、あいつが一手に引き受けてくれるさ。生きてりゃね」

 声に明確に現れた苛立ちは、オズモンド刑事を心配しているとルイスは好意的に解釈した。

 早々に警察本署へ向かうべく、アジア系の刑事に確認すると、まず殺人係のマーティン・ヘンダーソンに会うようにと、指示をくれた。

「それと、防弾ベストとヘルメットを受け取るときには、君たちの分も貰うといいよ。市内をうろつく予定があるなら、絶対だ。多分、蜂起軍のゲリラ部隊はもう、ラインの内側にいると思うから、気を付けてね」

 最後には沁みるような笑顔にウィンクまで付けてくれたが、ゲリラ軍にどう気を付ければいいのかは、さっぱり分からなかった。

 人影の絶えたサンペドロ・ストリートを、ルイスと三春は足早に進んだ。

 本署に着くまでに二回も地震があり、道路が割れたり陥没している部分を越えた。数日前に起こった地割れも、まだ完全に修復はされていない。

 車での移動は、よほど気を付けないと、却って動けなくなる可能性もあった。

 殺人係のマーティン・ヘンダーソン刑事は三春を見て、まず「へぇ、日本人」とお約束のリアクションをくれた。

 ルイスたちが行くことは、アジア系の刑事が知らせたらしく、驚いた様子はなかった。

 けれど、「えええ、やっぱり、行かなきゃダメかな」と、どうにも警官らしくない言葉を洩らす。

「もう少し時間があれば、オースティンの調査を、もっと進められるのに」

 本来、ヘンダーソン刑事に装備を持って防衛ラインまで来るよう伝えるだけなら、使いを出すまでもない話だ。アジア系の刑事は、ヘンダーソン刑事が抵抗するのを見越して、わざわざメッセンジャーを仕立てたのかもしれなかった。

「オースティンの調査」という言葉には、興味が掻き立てられたけれど、とりあえずルイスは説得を試みた。

「でも、レクリエーション・公園局の私たちだって、外に出てるんですよ。あなたを連れて行かなかったら、車も装備も貸してもらえません。それじゃレンジャー・ステーションまで帰れない」

 極力、相手の同情を買うように喋ったつもりだった。ところが、刑事はまだ「軍の仕事だよ、それは」などと、不平を洩らしていた。

 三春が隣で深呼吸をするのが分かった。発する空気が変わった。怒鳴り付けるつもりか。

「非常時ですよ、非常時」

 地の底から響くような低い声を出して、手近なオフィス椅子を掴む。気合いを入れた様子もなかったのに、背凭れと腰掛を繋ぐ二本のパイプが、溶けたチョコレートのように曲がった。

 ヘンダーソン刑事の瞳が驚愕で見開かれた。

「分かった。一緒に行こう」

 銃の扱いにも凶悪犯の対応にも馴れている刑事をこうも圧倒できたのは、三春が出した空気の禍々しさだろう。A市の職員になる前には、ギャングのメンバーだったと告白されても、もう驚かない。

 アジア系の刑事の助言に沿って、ルイスたちの分も、防弾ベストとヘルメットが欲しいと頼むと、ヘンダーソン刑事は警備中隊に掛け合ってくれた。防衛ラインまでは白と黒のポリスカーで行くそうだ。

 ジープのような車のほうがいい、と勧めたが、特殊車両系は、もう出払っているそうだ。「サスペンションは普通の車と違うから」と、ヘンダーソン刑事は、ルイスよりも自分を慰めるように言い訳した。

「この車、防衛ラインまで行ったら、貸してもらえるのかな?」

 さっきとはまるで変った無邪気な雰囲気で、三春がひそひそと聞いた。

 レイモンド刑事が嫌がりそうだと思いつつ、ルイスは肩を竦めた。「お使い」をしたのに足が貰えなくては、振り出しに戻ってしまう。

 後部座席からルイスはヘンダーソン刑事に話しかけてみた。分厚い防弾プラスチックの仕切りはあるが、声は通る構造になっていた。

「オースティンに関して、何が分かったんですか?」

 大した期待もせずに聞いてみたが、ヘンダーソン刑事は一瞬むっと顔を後ろに向けて、「合流したら話すから、一緒に聞けばいい」と、ぶっきら棒に答えた。蚊帳の外に置くつもりは一応ないらしい。

「あ、その先に地割れがありますよ」

 ファースト・ストリートからサンペドロ・ストリートに曲がろうとしたヘンダーソン刑事に三春が声を掛け、ブレーキが掛かったときだ。車のフロントガラスの左上にビシッと音がして、振動が走った。

「畜生、ゲリラ部隊が入って来てやがる」

 さすがにヘンダーソン刑事は慌てた様子もなく、アクセルを踏み込み、車は曲がらずにファースト・ストリートを直進した。

 次の交差点のセントラル・アベニューで曲がるかと思いきや、直進し、次のアラメダ・ストリートに映画さながらのドリフトを掛けて右折した。

 縦横の道をスピードを出して小刻みに曲がる運転技術は大したものだが、道路の状態が悪い今は、ひたすら大きな陥没に突っ込まないよう祈るしかなかった。

 小さな地割れを減速せずに通り抜けたときの後部座席の揺れは、かなり大きかった。隣で三春が、一瞬ふわっと浮いた。それでも車自体に支障がない理由は、ヘンダーソン刑事が言った通り、サスペンションが普通の車と違うからだろう。

 やっと防衛ラインに着いたときには、行きとは別の意味で消耗していた。

「この車を借りたら、ソッコー、狙撃されるよね」

 車からよろよろと降り立ちながら、三春が小声で囁く。ルイスは「同感」と短く返した。

 ゲリラだらけ――とまではいかないまでも、目立つ白と黒のポリスカーは、格好の標的だ。

 道は悪く、三春とルイスには、ヘンダーソン刑事ほどの運転技術はない。

「ご苦労さん」と差し出したヘルメットと防弾ベストに、アジア系の刑事は白い歯を見せてくれた。

 同時にルイスは、バリケードの向こうから破裂音や炸裂音が響いている状況に気が付いた。

 スティーブは、オースティンと会えただろうか。

 もしも説得に成功したのなら、まだ戦闘が続くわけがなかった。スティーブの嘘っぽい口調と笑顔が浮かんで、動悸がした。

 心配な相手は、スティーブだけではなかった。居留地に着いたら知らせるように頼んだサラから、電話がない。努めて考えないようにしているけれども、時折ちらっと胸に浮かんで、酸素が薄くなった感覚を味わわせた。

「マーティン、何が分かったんだ?」

 急に降ってきた高圧的な口調は、さっきレイモンド刑事を牽制した白人の刑事だった。

「表面的な話はね。メルは、どこだ?」

 マーティンと呼ばれたヘンダーソン刑事が涼しい顔で、質問を返した。

「敵の大将と、踊りに行ったよ。NAUからダンス・パーティーのお誘いがあってな。係長はどうした? あのデブも、恩給の心配か?」

「知るか。ビルに電気が戻ってからは、どっかに行っちまった。上部と相談してるんだろ、どうやって自分らだけは助かるか」

「ふん、ありそうだな。ともかく、お前が調べた内容を聞こうじゃないか」

 きつい言葉のやり取りの後で、ヘンダーソン刑事が肩を竦めて前置きした。

「一般のインターネットも含めて、データ化されてない部分の裏は取れていないから、大した話じゃない」

「一晩かけて、それかよ」とか「外で聞き込みができないんだからそんなもんだろ」と、十五人ほどいる刑事たちが口々に発言する中で、ヘンダーソン刑事がタブレットを取り出した。

 記録を見ながら、ヘンダーソン刑事の説明が始まった。

 アンディ・オースティンはロサンゼルス市内、北部のバレー・ビレッジで生まれ育った。父親を早くに亡くして、高校卒業後はコミュニティー・カレッジに進んでから、州立大学へ編入した。

 法科で弁護士を志したが、司法試験を受ける前に大学を退学していた。二年ほどダウンタウンの弁護士事務所で事務の仕事をした後で、保安官事務所の採用試験を受け、アカデミーに入った。

 結婚は保安官補佐官になって三年後で、相手はコミュニティー・カレッジの時の同級生。さらに三年後には、娘が生まれた。

「何も変わった経歴はないな」

 白人の刑事が鼻を鳴らした。 

「オースティンが声明で触れた、家族を亡くした事件は、五年前だ」

 ヘンダーソン刑事が片眉を上げ、一呼吸を置いてから、説明を再開した。

 五年前の事件は、グレンデール市のショッピング・モールで起きた銃の乱射事件だった。

 大型ショッピング・モールのフード・コートで、犯人がショットガンを乱射し、十数人の犠牲者を出した。

 犯人は事件の二週間前に、モールの警備員を解雇された、アフリカ系の男だった。駆け付けたグレンデール市警と撃ち合いの末に射殺されたが、大量の覚醒剤(メタンフェタミン)を摂取していた。

 事件の時に、運悪くフード・コートに居合わせた人物が、オースティンの妻と娘だった。

「それで?」

 誰かが極めて平坦な声で聞き、ルイスは訳もなく、どきりとした。

 残念ながら今のアメリカで、映画館やショッピング・モールの乱射事件は時々起きてしまう。ニュースを見聞きすれば心が痛むし、銃規制は必要だろうとも思う。

 だが、テレビやネットでヘッドラインを見たときに感じる思いは、まず「また?」だ。

今、「それで?」と、尋ねた刑事には、「珍しくもない話」といった響きがあった。

 ヘンダーソン刑事は、表情も変えずに説明を続けて行く。

 乱射事件の犯人がショッピング・モールから解雇された理由は、客からのクレームだったようだ。

ショッピング・モールの広場で、ローティーンの子供たちが勝手に音楽を掛けて踊っていた行為を、犯人が注意した。すると、子供たちは親の元へ行って「嫌がらせに遭った」と主張した。

 子供の言葉を真に受けた親たちが、モールに怒鳴り込んだ。

「そういう親は、最近やたら多いよな」

 誰かがしみじみとした一言を洩らして、数人が同意した。ヘンダーソン刑事も軽く頷いて、説明に戻った。

 ある少年は警備員の息が酒臭かったと証言し、別の少女は警備員に臀部を掴まれたと訴えた。記録には、モール側は充分な調査を行った上で警備員を解雇した、とあった。

 だが、どんな調査をし、誰が調査を正確だと認めたかは、一切の記載がない。

モールの対処は「解雇」であって「懲戒免職」ではなく、警備員の経歴には表面上は傷がつかない形だった。しかし一方で、警備員は不当な免職だとモールを訴えられなかった。

 弁護士にでも相談すれば、打開策は見つかったかもしれない。ところが、代わりに警備員は、薬物と武器の調達に走った。

 ヘンダーソン刑事の説明では、モール側の調査はなかった方向に傾いているとルイスは感じた。

「他に、オースティンの妻の死に関して、若干の不明な点がある」

 人差し指を立てて、ヘンダーソン刑事がタブレットに目を落とした。

 オースティンの妻は、近くにいたヒスパニックの母子連れを庇って撃たれたが、倒れた場所には別の誰かもいて、オースティンの妻に命を救われたようだった。

 赤ん坊を抱いてゴミ箱の陰に押し込まれて助かった母親は、自分以外に若い女性も一緒だったと証言していた。しかし、当該の若い女性の証言記録がなかった。

 また「若い女性」の件に関して、グレンデール警察の記録はなく、FBIの記録ではプロテクトが掛けられて、ヘンダーソン刑事はアクセスできなかったそうだ。

「大体は、そんなところだ。乱射事件自体を見つけるのは、難しいことじゃない。もうメディアは嗅ぎつけているだろう」

 タブレットを閉じたヘンダーソン刑事を見ながら、ルイスはオースティンを考えた。どんな背景があろうと、どれほどありふれた類の事件だろうと、愛する人を奪われるのは、世界の終わりだろう。

 隣で話を聞いている三春は、独立を思い付く代わりに、心を少しばかり壊したし。

「FBIのプロテクトが、気になるな。まあ、女房と娘を亡くせば『こんな人生やってられるか』と思うのには充分な動機だろうけどよ」

 青い目の刑事が纏めると、ヘンダーソン刑事が「もうちょっと時間をくれれば、FBIのプロテクトだって破れるかも」と上目遣いになった。

「FBIは一旦、棚上げして、俺はさっきペイジ博物館の元首席学芸員のノートが何とか言っていた話も、気になるんだ」

 すっかり場を仕切っている青い目のエド・スコット刑事が、くるりとルイスに顔を向けた。三春は、自分の責任ではない顔をしている。正規の職員は、ルイスだ。やむを得ない。

 とりあえずマルティネスの話を伝え、昨夜、元首席学芸員のハミルトン博士のノートを見つけた経緯を説明した。

「読解に時間が掛かったんですが、何とか分かりました。ついでに、博士は他人に読解されては困る後ろ暗さもあったと判明しました」

 刑事たちはそれぞれに、理解したような、どうでもいいような顔で聞いていた。

「そうだ。オズモンド刑事が教えてくれた『センセイ』の話、マルティネスさんに聞けば、いいんじゃないのか?」

 急に三春が、明るくルイスの話を遮った。

「三春、もうスティーブは『センセイ』に会ってる可能性が高いよ。今すぐ調べなくてもいいんじゃないか?」

 諌めるつもりだったけれど、逆に三春は呆れた顔でルイスを見返した。

「戦闘が止んでない。交渉が決裂した可能性だってある。打てる手は、打つべきだよ。ねえ、そうでしょう?」

 最後はスコット刑事に向けて尋ねていた。

 渋い顔をしたスコット刑事が頷くと、三春は携帯を取り出して「アンテナが立ってない」と、一々声に出していた。

 アジア系のウィル・リウ刑事が、「電波は入ったり、入らなかったりだから、少し待つといい」と、親切に付き合った。

「おい、それで、ハミルトン博士は何をやらかしてたんだ?」

 先を促したのはレイモンド刑事だ。興味がないような印象を受けていたが、ルイスの間違いだった。

「ハミルトン博士は、LWが自然歴史博物館にいるときから、様々な実験をしていました。ペイジ博物館の落成の際にLWの一部――大腿骨なんですが――が盗まれた話は、ご存知ですか?」

 首を傾げたり横に振る刑事たちに、ルイスはLW移送の際に大腿骨が盗難に遭った事件を説明した。

 もっとも、本当は違っていた事実を昨夜、正確には今朝になって発見した。マルティネス氏も大いに驚いていた。

 表向き犯人は判明していない事件の犯人は、実は博士だった。大腿骨を使って実験している内に破損してしまい、移送の時に盗まれたと見せかけた。

 元々、本物のLWの身体は展示される機会もなく、何より、責任者であるハミルトン博士自身が大事にしなかったため、犯人追及は、ほとんど行われなかった。

 ハミルトン博士はLWの一部を破損してまで実験を繰り返して、特定の物質を使えば天然アスファルトよりも有効にLWの力を抑えられる事実を発見していた。

「特定の物質とは、ですね……」

 ルイスが説明しかけた時だ。ずしんと腹に響く音がして、南東の方角に煙の柱が立った。カリフォルニアでは時々ある、山火事の煙柱に似ていた。

 続いて、激しい炸裂音や喚声らしい声が聞こえた。

「州兵の防御ラインが破られたかもな。おい、君らは早く避難しろ」

 もはや、ルイスの話どころではない。刑事たちは皆、武器を手にして、バリケードの近くへ移動していた。

 スコット刑事が声を掛けてはくれたが、どこへ避難しろというのか。どこが安全かは分からないし、足もない。仮に、ポリスカーを貸してもらっても、狙撃を浴びる恐れがあった。

 ルイスが三春と顔を見合わせたときに、大音響とともに地面が大きく揺れた。

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