17
メルは少々慌てて、殺人係を出た。
相次ぐ非常事態に気を取られたが、殺害事件捜査は続行中だ。エドに頼んだクロスビー弁護士の調査は、予想通り、ほとんど進んでいないが。
今後、ロンの攻略には、保安官事務所のウェスト・ハリウッドとの関係を追及する一項目を入れるべきだ。
ロンの背後には、事件の全貌を知る人物がいるに違いない。ジョージが姿を消したのは、ペイジ博物館事件の犯人たちの逃走経路を調べる途中だ。
全館に緊張したざわめきが響く本署の受付で、メルを待っていたのはジョン・クロスビー弁護士本人だった。
小柄な白人で、すっかり禿げ上がっているが、風采は悪くなかった。てっきり、部下をよこすと思い込んでいただけに、意外だった。
「担当のメル・オズモンド巡査部長です。あなたがわざわざ引き受けられるとは」
驚きを隠せなかったメルに、クロスビー弁護士が挨拶を返そうとした時に、足元が揺れた。十階建ての巨大なビルが大きく震え、周囲から悲鳴にも似た声が上がった。地震だ。
「ああ、驚いた。いや、うちの事務所の弁護士は全員が出払ってまして。難しそうな案件でもないので、この年寄りにも扱えると思いましたから。若い人だそうですが?」
好々爺ぶった口振りだったが、メルが知る限り、被告人弁護士のジョン・クロスビーはそれほど親切な男ではなかった。
クロスビーにかかれば、重罪犯でも減刑や執行猶予は当たり前の腕利きだけに、料金も高く、支払い能力のない依頼人は受けない、との評判だ。よほど潤沢な資金を持った人間が、裏にいるのではないか。
形通りの説明をしながら、メルはクロスビー弁護士と共にロンの待つインタビュー・ルームに向かった。
ついでにコンプトンの話も出たが、老練な弁護士は「九二年を思い出しますなあ」と、事態を深刻に受け止めている様子が全然なかった。
「お待ちかねの弁護士が来たよ」
数時間も待たされて疲れた風のロンが、明るい顔で立ち上がった。
「あなたがクロスビーさん? オレ、もう帰れますかね?」
儀礼的な微笑みを浮かべる二人に、メルはスーツの内ポケットから書類を出した。非常事態に気を取られようとも、仕事はする。
「あ、失礼。実はロン・ニミッツ氏には、拘引令状が下りました。偽証と情報流出による捜査妨害によるものです。弁護士との会見は、まず拘置所で手続きを済ませてからになりますね」
ウェスト・ハリウッドに行く前に、エドに頼んだ案件だ。ウィルは、市警中がひっくり返る中、短時間で書類を作り、判事からサインを貰ってくるのだから、大した男だ。
能力でいえば、十階の上層部への特急券を持っている刑事はウィルだろう。もっとも、エドと組んでいる内は、難しそうだ。
我ながら涼しげな顔で出した書類に、弁護士は少し目を強張らせただけだった。だが、ロンは歯を剥き出した。
「汚ぇぞ! お前なんか、さっさとあの人に殺られちまえ」
「あの人」とは誰かとメルが聞く前に、今度は建物自体が咆哮した。
前よりもよほど大きな地震だった。クロスビー弁護士が悲鳴とともに机にしがみついた。メルも立っていられなくなって、床に膝を突いた。電気が消えた。
ロンが這うような姿勢になって、ドアに向かった。パニック状態で避難したいだけか、それとも、地震のどさくさで逃げるつもりか。
必死でバランスを取り、中腰になってメルはロンの肩を掴んだ。ロンの手は、既にドアノブに掛かっていた。
ふいに電気が戻った。自家発電が動き出したのかもしれない。
「避難するなら、弁護士を先に出せ。君は俺と一緒に避難するんだ」
「うるさい、離せ。オレは、あの人のところに行くんだ。お前ら皆ぶっ殺してやる」
本署ビルが倒壊したら、ぶっ殺すのも、「あの人」に会うのも不可能だと茶々を入れる余裕は、なかった。揺れが益々激しくなった。
「落ち着け!」
大声を出した直後にメルの目から火花が出て、視界が一瞬、暗くなった。
何が起こったのか分からないまま、とりあえず腕に力を入れた。
戻った視界に、投げ出されたノートブック・パソコンが入って状況を理解した。弁護士が持参のパソコンで、メルの頭を後ろから殴ったのだ。必死で、首を弁護士のほうに向けた。
真っ青な顔の老人は、声を上げてメルの腰に飛び付いた。
「ロン、逃げなさい」
正気を疑う弁護士の叫びに、ロンが必死でメルを振り解こうと、もがく。肘が頭に当たって、もう一度、火花が散った。
腹が立った。
目の前のロンと弁護士にも、保安官補佐官共にも、コンプトンで暴れ狂っている連中にもだ。
メルは膝に精一杯の力を入れて、腰を振った。弁護士の小柄な身体が振り回されるのを感じながら、狙いをつけて踵を繰り出した。靴が柔らかい胴体にめり込み、腰に巻き付いた腕が、ようやく離れた。
軽くなった下半身の勢いで、気合いと共に、ロンを床に押し倒した。サブ・ミッションで腕を決める。
「誰かいないか? 被疑者の逃亡未遂だ」
身体半分を廊下にはみ出させて声を上げてから、メルは揺れが収まっている状態に気が付いた。声を聞いた誰かが駆けつけてくる。
靴音が近付くと、ロンはもう抵抗しなかった。応援の警官は、ロンとクロスビー弁護士の身柄確保をして、メルに渋い顔を向けた。
「何だ?」
「早く医務室に行ったほうがいい」
警官の目線で、首筋が血で濡れていた状態に気付いた。Yシャツは、もう駄目だろう。
医務室でとにかく傷口を塞ぐよう頼むと、二針も縫われた。精密検査とか抗生物質がどうとか医務官が口にしたが、そんな悠長な話をしている場合ではない。
傷口の周辺の髪を切られて、後頭部が恐ろしくみっともない状態になった顛末も、非常時と諦めるしかなかった。
治療を簡単に終えてYシャツを替えると、エドに状況を確認した。逃亡未遂のロンには新たな罪状が付き、クロスビー弁護士は公務執行妨害と傷害で、クロスビー自身が弁護士が必要な身分になっていた。
「どうせ、カチ割られるなら、ムダに広い額のほうがアクセントがついて良かったのに」
メルが外している間、拘置所での手続きをしてくれたエドが、満更、冗談でもない顔で批評した。
ロンもクロスビーも、お互いの関係や、ロンを逃がそうとした動機に関しては、一切、口を噤んでいるそうだ。
ロンはともかく、クロスビーは弁護士としての評判やキャリアを棒に振る行為だ。誰もが正気を疑う。クロスビーに裏で依頼した人物は、相当な大物に違いなかった。
メルは拘置所に足を運んだ。拘置所は本署のビルから二ブロックほどの場所だ。短い距離だが、街の空気の変わりぶりを味わうには充分だった。ロサンゼルスが壊れつつある。
予め、ロンをインタビュー・ルームに移してくれるよう連絡はしてあった。
ドアの開閉に一度だけ顔を上げたロンは、メルを見て顔を壁に向けた。表情を出さないようにしているが、頬がわずかに震えていた。腹立たしいのだろう。
薄いグレーのTシャツに見える染みは、揉み合った時についたメルの血だ。
「さっき、君が口にした『あの人』がウェスト・ハリウッド保安官事務所のアンディ・オースティン警部補なら、取引しないか?」
「お前らは、汚い犬だ。すぐにあの人たちはダウンタウンまで来るし、本署なんて一番の標的だ。後で後悔するといいよ」
犬呼ばわりは、ウェスト・ハリウッドでもされた。軽く鎌を掛けたつもりだったが、ロンは肯定もしなかった代わりに、「誰、それ?」といった反応でもなかった。
「もうじき州兵も投入されるって話だから、時間が掛かると思うよ。さっき、あれだけ急いで、オースティン警部補の元へ行きたがってたじゃないか」
「あんたが邪魔するから悪いんだ」
まともにメルに昏い目を向けたロンは、「ッスよ」を連発していた時と別人だ。ジョージの件を惚けたオースティンよりも、演技力は格段に上だろう。
「職務だから。ところで君は、オースティン警部補との連絡方法があるんだろう? 実は、俺のパートナーのラミレス刑事が警部補に捕まっていてね。まだ殺されていないと思いたいんだが。もし連絡が取れるなら、俺の責任で身柄を交換したい」
「本当に?」
訝しげな顔をしつつも、身を乗り出したロンにメルは真顔を作ってみせた。
「こんな嘘は、吐きようがない。君を逃がせば失点はつくが、パートナーが殺されるのはもっと寝ざめが悪い」
唇を引き結んで頷いてみせたものの、メルの独断で人質交換が成立するわけがない。ロンがオースティンと繋がっているか、ジョージの身柄がどうなっているか、確認したいだけだ。
真っ当な捜査方法で遠回りするよりも、使える手段は使うべきだ。
「勝手な理由だなぁ」
鼻で息を吐きながら、ロンの目が、光を取り戻した。口では「助けが来る」と強がっても、現場に駆け付けたくて堪らないはずだ。
メルは証拠物件として預かっているロンの携帯電話を取り出した。無論、登録の番号にオースティンの名前はなかった。
ロンから登録名を聞き出し、メルがかけた。数秒ほど待ったが繋がらなかった。呼び出し音すら鳴らず、伝言も残せなかった。
「さっきの地震の影響だ。大きかったから、回線が混乱しているんだ」
「少し時間を置いて、かけ直せばいい」とメルは、一緒に次の電話を待つような顔を作った。
オースティンたちが偽名のプリペイド携帯を使っているにしても、もう回線は傍受されている可能性はある。
FBIがまだ出動していないとは、考えられなかった。オースティンと話す際には言葉を選ばないと、後で尻に火が着く。
少し消沈した風のロンに、メルは世間話を装って話しかけた。
「オースティン警部補とは、どこで出会ったんだい? あの人、格好いいよね。部下からも慕われているみたいだし。うちの係長とは、大違いだ」
「あの人は、あんたらみたいな犬とは違うよ。あの人に会って、オレの人生は変わったし、沢山の人の希望なんだ」
目を煌めかせたロンの表情を見て、メルは内心でオースティンに拍手を送った。
「そんな風に表現できる相手がいるのはいいな。どんな出会いだった?」
メルが再度水を向けると、ロンは躊躇なく話し出した。
ロンがオースティンに出会ったのは、今の大学に編入する前で、コミュニティー・カレッジに通っていたときだ。ロサンゼルス郡内にある九校のコミュニティー・カレッジの構内は、保安官事務所の管轄だ。
一年半前に、構内で同級生とトラブルを起こして事務所に連れて行かれたロンは、たまたま用事で来ていたオースティンに出会った。
犯歴もなく、学生の身分を考慮して、説諭で済ませるよう担当官に口添えしてくれたのは、ロンにとっては驚きだった。窮地を救い、説諭の後で食事までご馳走してくれたオースティンに、ロンはすっかり心を開いた。
以来、オースティンは、ロンの面倒を見始めた。相談に乗り、助言をし、割の良いアルバイトを紹介したり、金銭的な援助をしてくれた機会すらあった。カリフォルニア州立大学ノースリッジ校への編入も、オースティンのアドバイスで決めた。
だから数か月前、オースティンから協力を頼まれたときには、必要とされた喜びで身体が震えるほどだった。
ロンは頬を紅潮させて、オースティンとの関係を振り返った。
「君のお父さんは、オースティンの指示通りでいいって?」
ロンを操った人物がオースティンだとは、分かった。だが、具体的にロンが何をして、クロスビーとどう繋がるかは、まだ話していない。
メルはロンを再び貝にしないよう、あくまで世間話の体を崩さなかったが、ロンは一瞬口を結んで、眉間に皺を寄せた。
「あのさ、オレ、全然ハンサムじゃないでしょ。デブだしね」
唇を奇妙な形に歪めるロンに、メルは、ある空気を嗅いだ。被疑者が何かを打ち明ける時に出す波長だ。話題を変えたかに見えるロンは、大事な話をしようとしている。
「悪かないと思うけど?」
「これでも小さい頃は、可愛かったのさ。変態野郎どもが、金を払ってもいいと思うくらいにね」
メルは調査内容を思い返した。ロンの母親には、児童虐待の検挙歴があった。まともな食事を与えなかったり、苛々してちょいと八つ当たりといった、ロサンゼルスでは可愛いとされる部類の虐待ではなかったようだ。
残念ながら、息子や娘の身体を使って、生活費はおろか、ドラッグ代まで作る非道な親は時々いる。
「……まあ、母ちゃんも色々やってたけどさ。オレが十四のときに引っ掛かったのが、今の親父なんだよ。母ちゃんの男で、オレを掘ったり、ぶちのめしたりしない奴は、初めてでさ。『学校は行っとけ』とか言うんだ。学校だよ、学校。笑ったね」
ロンの言葉は続いた。メルは合間合間に頷いて、先を促した。
継父、デイブ・エステベスがロンと暮らし始めて、虐待はなくなり、経済的にも多少は安定はした。しかし、母親の素行は改まらず、母のサンドラは、ロンが十七歳の時に亡くなった。
サンドラが亡くなったショックよりも、デイブと離れる不安のほうが大きいほどに、ロンは継父に馴染んでいた。幸い、デイブはロンを可愛がっており、義理の親子二人の生活は、むしろ平穏に続いた。
二人の生活に影が差したのは、ロンがオースティンに出会う、さらに一年前だった。ロンは車の整備士だったが、勤めていた整備工場が倒産した。工場のオーナーがこっそり盗品の部品を扱っていた事実が判明したためだ。
また、一部の整備士が、顧客の情報を窃盗団に流していたことも判明した。デイブ自身はいずれにも関わっていなかったが、容疑は掛けられた。借金をして弁護士を雇い、何とか身の証は立ったものの、仕事はなく借金は嵩んでいった。
「オレ、学校やめて働くって言ったんだ。だけど親父、ホントに馬鹿でさ」
一旦、言葉を止めたロンは、力なく笑った。
「やっぱ、貧乏人って、いざって時に身体を使おうとしちゃうんだ」
デイブが息子の学費と生活費を稼ぎ出すために思い付いたのは、シャーマン・オークスの高級住宅街で、真新しい高級ドイツ車の前に飛び出してみるアクションだった。当たり屋だ。
「高い車に乗る奴らは、金は持ってるけど、示談金よりも弁護士に払いたがるのさ」
幸いなことにデイブは、命に関わるような怪我はしなかった。複雑骨折した足も、ヒビが入った腰も、治療は病院でしっかり受けられた。ただし、治療費以上の賠償は、ごく僅かだった。
弁護士を雇って相手を訴えれば、話は別だったかもしれない。ところが、弁護士を雇う費用がなかった。
「後から、民事訴訟は成功報酬で引き受ける弁護士もいるって知って、情けないのなんのって」
「あはは」と、声を出すロンの口角は上がっているが、目が笑っていなかった。
事件後のロンは、身体が完全に戻らなかったデイブを支え、複数のアルバイトをしながら、コミュニティー・カレッジに通い続けた。
オースティンに出会ったのは、経済的に一番辛い時期だった。デイブの現在の勤め先も、オースティンが紹介してくれた。
「なるほど。それじゃ、警部補のためなら、何でもしちゃうよな」
わざとらしくならない程度に、メルは感心した声を出した。
内心、疑問が次々と湧き上がっていた。
オースティンはどの時点からロンを使うつもりだったのか。ティムと和也の殺害はロンが犯人だったしたとしても、和也たちはペイジ博物館の事件に、どう関わっているのか。
「あの人はね、本当に大きな視野で世界を見ているんだよ。今、コンプトンで起きてる事件を、ただの暴動だと思わないほうがいいよ」
ロンは目を輝かせて顎を上げたが、頬が少し引き攣っている。オースティンを自慢する気分が半分、合流を邪魔したメルが憎いのが半分といったところか。
「思わないよ。現役の保安官補佐官が、山ほど加担してるんだ」
「加担しているモノは、保安官補佐官たちだけじゃないよ」
得意げに頭を振って前髪を脇にやり、ロンは人差し指を立てる。
ふと先日、NAUの佐竹三春がメルを電話で叩き起こした際に告げた、ペイジ博物館での調査が頭に浮かんだ。半ばやけで、聞いてみた。
「LW?」
「わあ、分かってるね。蜂起が始まったのは、LWが目覚めたからだよ。センセイがコミュニケーションに成功したんだ」
思いもよらないリアクションが返ったが、顔に出すほどではなかった。三春は、LWが物音を立てたり、展示品を動かした件を説明したが、メルは話半分に聞いていた。しかし、ペイジ博物館の襲撃者は大真面目だったわけか。
とりあえず平静を装って、質問を重ねた。
「へえ、警部補の他に『センセイ』がいるんだ?」
ふいにロンの目が泳いだ。「センセイ」の話までするつもりは、なかったらしい。
どうやら、ペイジ博物館から強奪されたLWは、最初から暴動のために使われる予定だったようだ。「センセイ」と呼ばれる誰かが、LWを操る役目なわけだ。実際にどれほどの効能があるかは、別の話だが。
黙って少し顔を逸らしたロンに、メルはあくまで無邪気に話しかけた。
「じゃ、ティムと和也は、何で死んだんだい? LWとのコミュニケートに、失敗でもした?」
あえて「死んだ」と表現してみたが、ロンが気付いたかどうかは分からなかった。「へっ」という音が、空気と共にロンの口から洩れた。
「いや、別に、あいつら関係ないし。まあ、目晦ましっていうか。大きなことを成し遂げるときには、犠牲は付きものじゃん?」
硬い椅子の背凭れに背中を押し付け、伸びをしてロンは首を傾げた。「犠牲は付きもの」と、オースティン警部補がロンに説明したか。
「キャシー・コーリックも?」
「キャシーは何でか、知らないよ。協力者だって聞いてたけど、土壇場でトラブルにでもなったんでしょ? とにかくね、この大きな計画で、ロサンゼルスは変わるよ。もう貧乏人が泣いたり、無実の人間がひどい目に遭う社会じゃなくなるんだ」
ロンは、繰り返し自己暗示に掛けるように自分に言い聞かせて来たのに違いなかった。
「ほお」と感心した声を出そうと思ったのに、つい、白けた。
「けど、コンセプトの段階で『犠牲』が織り込まれている社会って、どうなんだい? 和也たちの家族は、君が親父さんを亡くす程度には、悲しんでいたよ」
言ってしまってから、メルは自分の青さに舌打ちしたくなった。案の定、ロンは顔を歪めた。
「オレが決めたんじゃないし、直接やったんでもないよ。いいんだよ、あいつらは金持ちの苦労知らずだったんだ。どうせ社会が変われば、復讐される側なんだから」
両手の平で、二回、三回と机を叩く。メルは内心で鼻白んだ。
「貧乏人」を助ける行為は結構だが、富裕層を抹殺しても良いという理屈は、後の禍根を残す状態に他ならない。
だいいち、和也にしろティムにしろ、私立大学に通って何十万ドルもする車を乗り回している学生たちに比べれば、「金持ち」と呼べるかどうか。何らかの理由で選んだ和也たちを殺しておいて、後から言い訳を付けるのが、オースティンのスタイルか。
今、ここでロン相手に拳を固めても始まらない。メルは肩の力を抜いて、ロンに話しかけた。
「社会がどうなるかは、いずれ分かる。とりあえず、もう一度、電話をしてみるのはどうだい?」
提案にはロンも、愁眉を開いた顔で同意した。
今度は通話中にはならなかったが、呼び出し音が鳴る前に、留守番電話センターに繋がった。ロンに「ラミレス刑事の件で話がしたい」と、メルの番号を伝言させた。




