12
パノラマ・シティーの自宅にいたロンは、ティムの情報をインターネットに流した事実を、あっさりと認めた。
ロンがしでかした行為は、単なる噂話だけではなかった。
最初は「噂」の書き込みだけだったのが、後になると、書き込みにリンクが張られていた。移動先は動画共有サイトだ。
「ペイジ博物館強盗殺人事件と学生惨殺事件の真相!」と題された動画は、ペイジ博物館の外側とカリフォルニア州立大学ノースリッジ校のキャンパス内の映像に、ロンがナレーションを付けた作品だった。
撮影は携帯電話か、動画の撮れるデジカメがせいぜいで、ロンのナレーションも、素人丸出しで聞き苦しかった。ロンの専攻はコンピューター科学だったはずだが、動画の質は別物だろうか。
内容のほうは「真相」と題で謳いながら、ナレーションは「二つの事件は関連があるらしい」と繰り返すだけで、具体的な関係には触れていなかった。ロンもどう語って良いか分からなかったのだろう。
とはいえ、締め括りの「次のレポートをお楽しみに」の一言が、この上なく不穏だ。
最初にロンのリンクを見つけて動画を見たのは、エドだった。
「ふざけたガキだ。俺がいっぺん逆さにして振ってやる」
殺人係の中で一番熱血で、やたら気が短いエドは、訴えられて被告席に立った経験がある。
幸い、違法捜査の判決にはならずに、事なきを得た。というか、事なきを得てしまったので、短気さに益々磨きを掛けていた。
「いやぁ、マジで、こんなに反応があるとは思わなかったっスよ」
釣り目気味の目をくるくると動かして、ロンは悪びれなかった。
逆さにして振るほどではないにしろ、メルは今日、最初から露骨に顔を顰めてロンと向き合った。
ロンのアパートは、周囲の建物の中でも古いほうだった。父親と二人暮らしと聞いたが、男二人の住まいにしては掃除が行き届いている。
和也の家と違って、明らかに趣味が分かるポスターやフィギュアは置いていないが、一般的な父親は、居間に貼るのを許可しないだろう。今、父親は外出中だ。
「話題になってる事件だから、小遣い稼げるかなーとか。そしたら、けっこう再生回数が行って、オレもびっくりしてるんスよ」
ペットの動画の話でもしているようなロンに、もはや愛想笑いをしなくていいのは、楽だ。殺された和也は友達だっただろうと、嫌味を言う気もしなかった。
「君の名前は目撃証言者として書類に載るから、動画やコメントの活動は、控えてくれ。コメントや動画を取り下げないと、捜査妨害で起訴するよ」
「いや、それは困るッス。けどオレ、思い出した話があって、刑事さんに電話しようとは思ってたんスよ」
半端な長さの前髪を神経質に掻き上げながら、ロンが唾を飛ばした。
「ティムが、LWを和也の家に持って来たときの言葉を思い出したんスよ。ペイジ博物館の強盗は、ティム一人の考えじゃなかったんスよ」
「金銭関係ではない共犯者がいたのかい?」
ロンは先日、軽く「金で雇ったんじゃ」と推測を述べた。ところが、今になって思い出した訳か。
時折、ロンのように「なぜ、そんな大事な話を忘れていた」と、詰め寄りたくなる証人がいる。
しかし本人たちに悪気はない。人間の脳の仕組みが、警察に都合よくできていないだけだ。
メルの確認に、ロンは鼻から大げさに息を吐いて首を振った。肯定か否定かよく分からなかった。
「何で忘れてたんだ、って話ッス。実は、いたんスよ、黒幕が」
鼻を膨らましたままで、ロンが説明した。LWを入手した際に、パワーが手に入ると興奮したティムは「LWも仲間の元に戻れて嬉しいはずだ」と、続けたそうだ。
「そんで、何とかってインディアンの名前を言ったんスよ。ああ、思い出せない」
ロンが頭を掻き毟った。
「ネイティブ・アメリカンの個人か団体が、ティムに依頼してLWを強奪させたのかい?」
「もしかしたら、一緒にペイジにも行ったかもしれないッス。『派手なことやっちゃったけど、LWを帰してあげられる』みたいなことも、言ってたッス」
ロンが記憶の糸を辿るのを横目に、メルは湧き上がった違和感を探った。
ネイティブ・アメリカンがそれほど暴力的な真似をするとは思えない点が一つ、露見した際のリスクを考えられないほど無計画と思えない点が一つだ。
しかし、正式な団体ではなく、ネイティブ・アメリカンの血を引く何人かが、カルト的に固まって暴走したなら、納得できなくもなかった。
「インディアンの名前、なんか、カジノっぽい名前だった気がするッス」
カリフォルニア州内には、アメリカ政府に認められたネイティブ・アメリカンたちが営むカジノがあちこちにあった。メルは思いつく限りのカジノの名前を挙げた。
「……タチ、イーグル・マウンテン、チュマッシュ、モロンゴ、ペチャンガ、ケチャン……」
チュマッシュと発音した時にメルは、ロンの反応を見た。LWはチュマッシュだった定説があるらしいし、ロンも知っていたかもしれない。チュマッシュ説が先入観になっていると厄介だが、実際にチュマッシュ族の跳ね返りの可能性もゼロではなかった。
「チュマッシュかなぁ?」
メルの考えを読んだように、ロンが声を上げた。
「確かかい?」
「全然、確かじゃないッスよ。思い出したら、電話するッス。でも、インディアンの黒幕がいるのは、マジッスよ」
頷きながら、ロンは腰を上げた。メルとロンは玄関脇の狭苦しいダイニング・スペースに、テーブルを挟んで座っていた。
「すんません。オヤジの病院が終わる時間なんで、迎えに行かないと」
「そういえば事件の夜も、お父さんの具合が悪くて、君は和也の家に遅れて行ったんだよね。まだ治っていないんだな。どこが悪いんだい?」
何となく話の流れでした質問に、ロンは珍しく伏し目がちになって静かに答えた。
「足が悪い障害者なんスけど、まあ、色々と」
二日前、和也への借金の話をした際も、父親の具合が良くない話が出ていた。ロンなりに父親を大事にしているのか、頭が上がらない理由でもあるのか。ロンの事情を考えながら、メルも立ち上がった。
ダイニング・スペースの右奥には、リビング・ルームらしい空間がある。これが、ロンのベッド・ルームを兼ねてもいるようだった。古いデスクにパソコンが置かれて、カウチには枕と毛布が置いてあった。テレビは見当たらなかった。
「きっとLWは、インディアンのところに帰ったんスよ」
声に振り向くと、ロンの顔から二分前の殊勝な表情は消え去っていた。
唇の片側が上がっているのが悪戯好きの子供のようだが、二十歳を過ぎた「悪戯っ子」に好感を抱くのは、ほんの一部の女性だけだ。
「一昨日、君はLWが怒っていると表現したよ?」
「矛盾は全然しないでしょ。帰りたいのに、和也の家に引き留めておかれたから、怒って和也とティムを殺して、インディアンのところに行ったんス」
「しかしLWにそんな力があるなら、もっと早く自力で博物館から逃げ出していそうなもんだがな」
何故、LWが存在するような話を蒸し返しているのか分からなかった。今朝の司法解剖での所見を思い出したせいかもしれない。しかし、ロンは口を尖らせた。
「きっと何か、LWを動けなくする仕掛けがあったんッスよ。つか、調べるのは、警察の仕事じゃないッスか? 和也が気の毒ッス」
言葉の後半には、ずいぶんと毒が含まれていた。メルは頬の筋肉が上がるのが分かった。自然な笑顔が出たはずだ。エドだったらストレートに「この野郎」と、声を荒げていたかもしれないが。
「全くだ。和也の家族が日本から来るんだが、何か伝えることは、ある? 亡くなる前の和也の様子を、家族は聞きたいかもしれないよ」
「いや、会いたくないッス。借金の話とか、出たら困るし」
迷う素振りすら見せないロンに、メルは皮肉な気分で、さらに尋ねた。
「和也は友達だったんだろ?」
「もちろんッスよ。オレら『×××』の銃士隊仲間みたいなもんだって、いつも言ってたんス」
芝居がかってロンが左胸を拳で叩く姿を見て、メルは和也の遺族のためにロンには会わないほうが良いと思った。
今日、ロサンゼルスに到着する和也の遺族への対応は、エドと相棒のウィルに頼んである。ジョージはティムの家族への聴取に行っていた。
ロンと別れ、メルは車に戻った。
路上に駐めてあった車の中は、凄まじい温度になっていた。パノラマ・シティーがあるサンフェルナンド・バレーは、夏は暑く、冬は寒い地域だ。
エンジンを掛けて空調を入れてから、ジョージの携帯を鳴らした。時計は三時を回ったばかりだ。呼び出し音の後に留守番電話センターに繋がった。
和也の家族に会っているはずのエドにかけると、ややあって出た。
「総領事館の領事も来て、世話を焼いてる。ウィルがいるから、俺の出番はねぇよ」
小声で話すエドの背後で英語と日本語が入り混じった声がしていた。エドの相棒のウィルは、殺人係で一番おっとりして物腰が柔らかいし、中国系なので、日本人が多い場にいて違和感がないだろう。
一先ず本署に戻ると、メルはエドに告げた。「十階」が動いてくれて、解剖の報告書と血液検査の結果が早めに来る可能性も、なくはなかった。
車を高速一七○号線方面に向けた。強い日差しにサングラスを掛けながら、メルは今朝の司法解剖を思い返した。
死因は首の頸動脈断裂等による失血死で、遺体収容時の予想から外れた所見ではなかったが、問題は凶器だった。遺体発見時、周囲に凶器と見られる刃物等はなく、今朝の解剖で凶器はおそらく刃物ではないと断定されていた。
「刃物だとしたらよほど鈍っているか、刃を潰してあったはずだ」
ベテランの検視官ですら、眉を顰めた。犯人は被害者の首に凶器を当てて力任せに押し込み、力で横に裂いていた。
「似たような傷口を見たことがある。前の凶器はボールペンだった」
マスク越しのはっきりしない声を聞いて、メルは検視官の挙げた事件を思い出した。といっても本署で扱った事件ではなかった。
バーで口論になった相手を、偶々手元にあったボールペンで殺した事件だ。ボールペンがまるでナイフのように首に刺さり、筋肉を切った話は、メルも聞いていた。加害者はジムのトレーナーをしていた筋骨逞しい男で、被害者は、ほぼ即死だった。
ナイフのようにといっても、ボールペンはボールペンだ。被害者の傷口がひどい状態だったのは、言うまでもなかった。
しかし、ノースリッジの事件は、一瞬が全てを決める衝動殺人ではなかった。台所には大小の包丁もあったし、被害者に抵抗した跡は見られなかった。
使いやすい刃物も時間も充分にある状況で、犯人が実際の凶器を選んだ理由は何だ。
凶器の割り出しも兼ねて、傷口の検査を頼んであるが、研究ラボも司法解剖そこのけに混み合っている。
署に戻ると、メルの祈りが届いたらしく、血液検査の結果が来ていた。
もちろん二十六項目に渡る総検査ではなく、十二の基本チェックだけだが、充分だ。急いでチェック項目に目を走らせた。
ジムと和也の血液から検出されたのは、アルコールとマリファナだけで、外の違法薬物や睡眠薬の類はなかった。
ジョージから電話が入ったのは、四時過ぎだ。
メルに口を開く間も与えずに「とにかく話を聞けるだけ聞いて行きますから」と、早口で切った。ティムの母親に息子の訃報を知らせたのはジョージだから、母親も感情を隠さずに様々な話をしているのかもしれない。
エドとウィルも戻らず、メルは一人でロンの証言で挙がったネイティブ・アメリカンのリサーチを始めた。ついでに気に懸かった件のチェックで、州や連邦のデータベースにアクセスした。
係長が小部屋から出てウロウロしていた。メルがあえて知らんふりをしていると「エドはどうした?」と、尋ねてきた。
「被害者、岩田和也の遺族の対応で出ています」
「余裕があって結構だな」
厚い唇を皮肉な形に曲げて、係長が薄く笑った。どこがどう余裕に見えるか不明だったが、捜査指揮権を課長に持って行かれた嫌味だろう。
五時を過ぎて、オフィス内のテレビを見ていたレイモンドが声を上げた。
「これ、エドの事件だろう。何だか、面倒臭い話になってるぞ」
腰を上げて画面を覗くと、アフリカ系の男たちがプラカードを掲げている姿が映っていた。何かの抗議行動には違いなかった。一人が挙げたプラカードには「安全な家を!」と書かれていた。
「どこだ、これは? 連中は何が気に入らないだって?」
「コンプトンだ。事件の犯人が保釈された件で、抗議行動だとさ」
レイモンドの説明に思わず「はあ?」と、調子外れの声が零れた。ホームレスを射撃した白人画家、クルーズが今日、保釈金を払って拘置所から出た件は、メルも知っていた。
拘置所から出たとはいえ、裁判で有罪と決まれば、今度は州刑務所行きだ。保釈金制度はクルーズだけの特別措置でもない。メルは抗議行動の意味が分からなかった。
首を傾げるメルに、一回り以上も年上のレイモンドは、肩を竦めた。
「ホームレスの人権問題なんて言ってるけど、何でもいいのさ。文句をつける相手がいれば、ね。今回は俺たち市警が標的じゃなくて、めでたいよ」
引退間近のレイモンドは弱々しく微笑んだ。ただでさえ小さい身長が、もっと小さく見えた。
画面の中では、レポーターにマイクを向けられた中年の男が、「家がないくらいで、撃ち殺されて堪るか」と息巻いている。事件が妙な方向に転がり出した。
「なんで、コンプトンで抗議行動?」
射撃事件が起きた場所は、コンプトンから十一マイル(約十七・六キロ)は離れている。メルの質問は独り言に近い声だったが、レイモンドは律儀に返事をくれた。
「九十二年の暴動だって、発端になったロドニー・キングの暴行は全然違う場所だったぜ」
非常識な時間に鳴り響いた電話には、驚かなかった。だが、番号を見てメルは首を捻った。
見覚えはあったが、思い出せなかった。怪訝に思いながら出ると、聞き覚えのある独特の訛りが「おはようございます」と告げた。
「朝早く、すみません。レクリエーション・公園局NAUの佐竹三春です」
恐縮したような低い声にメルは、「ああ、そうだったか」と、頭を一振りした。サイドテーブルの時計は、午前四時前を示していた。
「こんな時間に電話をよこすからには、相当に面白い話だろうね」
少々、恨みがましい声が出た。だが、三春が気にしたかどうかは、分からない。
「亡くなった岩田和也さんの件です。刑事さんに、和也さんがアニメ好きだったと教えたのは、誰ですか? 和也さんは、アニメ好きではなかったそうですよ。アニメ・ファンと呼ばれるのを、むしろ嫌がっていたそうです」
LWの行方に関する話だろうと予想しただけに、メルは一瞬、三春の話が重要だと思えなかった。
「どこから、そんな話を? しかし私は、実際に和也の家で、アニメーションのポスターやフィギュアを見たよ」
「それですよ。和也さんは、ある一作品だけが好きだったんです。『銀河騎士団』です。複数のシリーズに違う作画担当者がいるせいで、知らない者には違う作品に見えるんです。私は日本にいる和也さんの友達から、『銀河騎士団』の話を聞きました」
次第に、三春の話がメルにも呑み込めた。どうでも良い話ではない。
「和也のケースは、要するに『スター・ウォーズ』ファンが、映画ファンとは限らないという話だね。じゃあ、和也は、銃士隊が出て来る『×××』は好きでも何でもない?」
昼間、ロンが出した名前を憶えていたのは、我ながら上出来だ。
「は? 『×××』とやらは、知りません。ですが、とにかく和也さんは、『銀河騎士団』以外のアニメは見向きもしませんでした。ネットの噂で和也さんは、アニメ全般がとても好きだった話になっているし、刑事さんも先日、そう言ってましたよね? 全部、ガセです」
淡々と低い声で三春は告げた。
「君の情報こそ、ガセでない証拠は? 友達ってのは、どれほど親しい友達なんだ? どうやって連絡を取った?」
きっと三春の情報は正しいだろうとは感じたが、詳細を聞かずに信じられるほどでもない。メルの質問に、三春は淡々を通り越して、ぼそぼそと説明を加えた。
インターネットでどれほど和也は無関係だったと噂されていても、和也もティムと共に殺害された以上、NAUは和也の趣味や興味の対象に関心を持った。
三春が、家族や友人、職場の同僚まで動員して、日本の和也の友人との接触を図り、SNSを通して、和也の友人たちから情報を貰ったそうだ。
「日本てのは小さい国だとは聞いているけど、よく連絡が取れたもんだ」
和也の地元の警察ならばいざ知らず、A市の三春の家族や友達は、どれだけの時間を費やしたのだろうか。教える側も、インターネットで接触してきた相手に対して警戒しなかったのだろうか。
「上司は、職務とは関係ない、ってプリプリ怒っていましたが、手伝ってはくれました。それに、私の婚約者は、そりゃ献身的で気が利くんです」
太かった声が、後半は半オクターブ上がった。
露骨に自慢げな声を出した三春に、「婚約者? アジアでよくある親が強引に決めたってヤツ?」と、茶々が喉まで出かかったが、メルは堪えた。
「ああそう、良かったね」とだけ洩らしたメルに、三春は声を戻して説明を続けた。
和也が『銀河騎士団』だけを好きな事実は、高校時代の友人間では周知で、和也の兄も知っていた。ただし、和也の兄は、今回は渡米しておらず、現在ロサンゼルスに来ている両親がアニメ全般と『銀河騎士団』だけの違いを分かるかは、不明らしい。
「アニメ・ファンと呼ばれると、露骨に嫌な顔をしたそうです。少し親しい人なら知っていて当然だと、和也さんの友人がメッセージに書いていました」
いやにきちんと線引きをした。言い換えれば、メルに和也がアニメ好きだと告げた人物は、実は和也と親しくはなかった、との指摘だ。
「なるほど。認識を改めよう。もし必要だったら、和也の友人とは君を通して連絡を取れる?」
「大丈夫です。もう一つ、NAUのスティーブ・アイラーズからの報告があります」
本来、三春の手綱を取る役の男は、自ら電話をかけずに、今ごろ熟睡中だろう。しかし文句を言える状況ではなかった。
三春によると、先だってペイジ博物館の内部事情を調べたNAUは、同じ系列の自然歴史博物館の関係者と接触を始めたそうだ。
「以前の技術員や学芸員は退職して、亡くなっている人も多いんですが、存命な方から話を聞く予定です」
生真面目な声で三春は情報提供を結び、メルは今後も情報はありがたく受け取る旨を伝えて電話を切った。
メルは携帯をサイドテーブルに戻して、横になった。
闇の中で目を見開き、ロンについて考えた。ロンが嘘を吐く理由は何だ。虚言は昨日、メルが調べた内容と関係があるのか。いずれにせよ今日、またロンを捕まえなくてはならない。
ペイジ博物館の事件と学生殺害事件は、本当に関連しているのか。ティムと、現場で殺害されたキャシー・コーリックの間で、Eメールのやり取りがあったのは事実だ。
しかし、ティムとキャシーの間柄は、ロンの証言以外の判断材料がなかった。キャシーがレシーダにいた件も、裏付けが取れていない。
メルは、ティムの遺族から話を聞いたジョージの報告を思い返した。
「ティムの母親は訃報を聞いて真っ先に、同性愛関係の縺れだと思ったそうです」
ジョージは童顔に複雑な表情を浮かべて説明した。
ティムは高校時代に年齢を偽って、同性愛者が集うので有名なサンフランシスコのカストロ地区に出入りした経験もあるそうだ。もっとも、母親はティム自身から、カミングアウトはされていなかった。
ジョージの報告を聞いたときには、エドとウィルも殺人係に戻ってきていた。
「ティムが同性愛者だったなら、ウェスト・ハリウッドで逃げ切れた理由になるぜ」
勢いよく口を開いたエドの背後で、ウィルも頷いていた。
ペイジ博物館を襲った連中が、ウェスト・ハリウッドを通ったのは、ほぼ間違いなかった。
ウェスト・ハリウッドは毎年、大々的なゲイ・プライド・フェスティバルが行われるほど、ゲイ人口が多い。当然、ゲイが集う店もあった。
「しかし、ティムがキャシーと付き合っていた話と辻褄が合いません」
懐疑的な口調のジョージに、エドが左右に指を振った。
「キャシーを利用したに決まってるぜ。だって、ティムは強盗の後、LWが手に入れて喜んでいたんだろ? 付き合っていた女を殺して、喜ぶだけ、ってのはないぜ」
得意げなエドの説を、メルはさらに混ぜ返した。
「喜んでいた話も、ロンの証言だけだがな」
「まあ、そうだな。どの説を辿っても、確証に欠けるよ。で、どうする?」
訊いてくれたのは、エドなりの尊重だ。メルは考えながら指示を出した。
強盗事件はもう一度、ウェスト・ハリウッドの保安官事務所ステーションに確認と協力を仰ぐ必要があった。ティムがウェスト・ハリウッドに出入りした足跡も、調べなくてはならない。
打ち合わせの内容を思い返し、今後の指針を考えながら、メルはベッドの中で毛布を引き上げた。
ロンの証言は、一から取り直しだ。全くの振り出しに戻ったわけではないが、効率よく前進してもいない。もっとも、無駄なく解決まで一直線なのは、テレビか映画だけの話だ。
やれやれと寝返りを打ったときに、ベッドが揺れた。地震だ。
サイドテーブルの電気スタンドが音を立てる。揺れ自体はすぐにおさまったし、大きな地震ではなかった。
メルは、さっき話した三春を思った。三春は今の何倍も大きい地震を体験したわけだ。ロサンゼルスの人間にとっては、一九九四年のノースリッジ地震が最悪の震災だったが、日本を襲った地震は遥かに大きかった。
ノースリッジ地震の当時、メルはなり立てほやほやの警官だった。マグニチュード六・七の地震が襲った街を、今より百倍ヒロイックに駆け回った。
当時の自分を半分は嗤い、半分は懐かしく思いやって、メルは眠りに戻ろうとした。遠くでポリスカーのサイレンが聞こえた。