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LAダウン  作者: 宮本あおば
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 月曜の朝、三春は前夜の停電に驚いた話を何度もして、ルイスを閉口させた。三春は、日系が多いガーデナ市の民宿兼下宿屋に滞在していた。車でグリフィス・パークまで三~四十分の距離だ。

 日本だったら落雷で停電などないし、停電してもすぐに復旧すると、三春は主張した。それなら、一番最近の長時間停電はいつだと尋ねたら、例の震災の後だと答えたので、空気が重くなってしまった。

「でも、昨夜の雷は本当にすごかったね。日本でも見た覚えがないよ。俺、何度も婚約者に電話しちゃった」

 重い空気を拭って、明るく三春が笑った。

 前日の雷は長時間に亘って広範囲で鳴り響いたし、被害も大きかった。土砂降りも長く続いた。停電で暗くなった部屋に稲妻の光だけが射し、三春がいたらあまりにも絵になり過ぎる。

 ジョセフが「三春と雷……」と呟き、スティーブが堪え切れずにぶふっと噴き出したところに電話が鳴った。三春がさっと手を伸ばした。

 いったい発音が悪かろうが、語彙が少なかろうが、三春が物怖じする姿をルイスは見たためしがなかった。昨日の部長刑事への電話にしても、三春が「俺のほうが押しが強い」と主張したので、三春に頼んだ。

 ところが、元気よく「NAUです」と、電話に出た三春の歯切れが急に悪くなった。

「ええと、あの……、いません」

 相手に「いる」と伝えているのも一緒だ。

 案の定、電話の相手は大声を出したらしく、三春が受話器から耳を遠ざけた。微かに洩れた声に、聞き覚えがあった。トングヴァ族、広報代表のロブレス氏だ。

 三春が電話を保留にして「ロブレスさんだよ」と、ルイスを向いた。

 顔が引き攣った気がした。ちらりと視線を流したスティーブは、まるで楽し気に「パーク・レンジャーと打ち合わせがあった」と、席を立った。

 覚悟を決めて、ルイスは受話器を取り上げた。

「居留守を使うとは、いい度胸じゃないか。調査が進んでいないんだろう」

 開口一番に、ロブレス氏は嫌味満載の声を出した。

「いいえ、最近、便秘でトイレが長いだけです。私の腹具合と違って、調査は順調です」

 挑発に乗る生意気な物言いが、ルイスの唇から流れ出た。電話口から珍しくロブレス氏が怯んだ気配が伝わって、ルイスの口を更に軽くした。

 ペイジ博物館のトルーマン博士に会った話から、ネットで発見したノースリッジの学生殺害事件との関連を、ルイスは捲し立てた。おまけに、チュマッシュ族が反応している話まで、勢い付いて喋った。

「どうです? 調査は進んでいますよ。LWは盗まれていましたが、カルト好きな学生の仕業だったようです。ネイティブ・アメリカンのイメージが落ちるとも思えませんが?」

 言外に、調査を止めてもいいか、訊いたつもりだった。しかしロブレス氏は即座に切り返した。

「まだ分からん。カルト好きな連中に好かれる事態が、すでに災難なんだよ。犯人は逮捕されてないし、LW、ラ・ブレア・ウーマンは見つかっていないぞ」

 電話でなければ、いつかのように唾を浴びせる勢いだ。

「分かりました。調査は続けます」

 気持ちの半分は失望したけれど、残り半分は落ち込んでもいなかった。サラと連絡を取る理由は存続する。

 電話を切ろうとしたルイスに、ロブレス氏が慌てたように「ジョセフに代わってくれ」と、告げた。

 受話器をジョセフに渡して、ルイスは一つ伸びをした。三春がまた別の電話に出ていた。今度はスムーズに「はいはい、伝えておきます」と、愛想が良かった。

 しばらくして電話を切ったジョセフが「ルイス」と呼びかけた。

「ロブレス氏からの伝言なんだが、気を付けろってさ」

 茶色のジョセフの瞳は真っ直ぐルイスを見ていたけれど、感情が今ひとつ読めない。ロブレス氏はジョセフに、伝言以上の内容を伝えただろうか。

「はあ? 何に、ですか?」

 ジョセフの日に焼けた顔に、苦笑が浮かんだ。

「ロブレス氏は、とにかく『何かは分からんが、気を付けろ』と言っていたよ」

 思わず「馬鹿らしい」と声に出しかけて、ルイスは自分の口を手で塞いだ。

 何に気を付けるかを教えてくれなければ、忠告の意味がないだろう。ジョセフが宥めるように両手を前にだした。

「まあまあ、最近とみに街が殺伐としてるからだろう。事件が妙に多いから、巻き込まれない注意だよ、きっと」

 穏健なジョセフに向かって「意味ないですよ」と、文句をぶつける真似は止めた。三春が電話を終えて、声を掛けてきた。

「オートリー博物館のグラハム博士だったよ。元自然歴史博物館の技術員と連絡がついたってさ。詳しい情報は、メールで送るって」

 調査を続けなければならない以上、悪い話ではなかった。ジョセフがルイスの肩を叩いた。

「ルイスの場合は、発言に気を付けて、頑張れ」

 三春と、もう一人のスタッフ、トムが笑う中に、スティーブが足音高く戻って来た。

「いや、昨夜の落雷の被害は大変だよう。西のバルボア・パークじゃ、樫の木に落ちて、周りまで焦げていたそうだあ」

 大きく首を振って手を広げるスティーブに、ジョセフが合いの手を入れた。

「市内じゃ下水が溢れた地区もあったから、グリフィス・パーク内も、地滑りを注意したほうが良さそうですね」

「レクリエーション・公園局の管轄じゃないが、サウス・セントラルの避雷針のない古いビルにも落ちて、死人が出たそうだよう」

「落雷で死者なんて、ロサンゼルスじゃ何十年ぶりでしょう」

 スティーブとジョセフのやり取りを聞いて、三春が「天候にも注意しないといけないかな」と、冗談めかした。冗談とは分かっても、三春が自然現象の話をすると、ルイスは耳が立つ気がした。

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