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お品書き②「あたたかなしずく」

お次はお口直しに暖かな家族愛をお届けします。


さあ冷めないうちにお召し上がりください。

 1


「お前!! 今何時だと思ってる!? 約束が守れないなら家から出て行け!!」

「ッチ。うっせえな」

 午後一〇時。俺は自宅の玄関で、オヤジと喧嘩をした。俺の家は厳しくて門限は八時と、一端の高校生にとっては何か物足りない時間帯だった。

 俺が今日二時間も門限を破ったのにはちゃんと理由があった。しかし、変な反発心が邪魔をして、俺はそれを黙っていた。


 ―――翌朝、俺はお袋が作り置きしてくれていた朝食を食べ、朝早く家を出る。朝から野球部で特訓があるのだ。

 素振りからランニングと、いつも通りのメニューをこなしていく。

 そうして、午前の練習は終わった。

「なあ、お前“あのこと”オヤジさんに言ったのか?」

「いや言ってない。最近俺が門限破るからオヤジとはちょっとムシャクシャしちゃってな」

「え、お前なんで遅くなるのかも言ってないのか」

「まあな」


 2


「アナタ、今日はどこにも出かけないんですか?」

「ああ。たまの休みくらい家でゆっくりしていたいからな」

「それなら勇太の練習、見に行きませんか?」

「…、別にいい」

「もう、そんなに新聞ばかり読んでないで、ほら行きますよ」

「むぅ…」


 3


「勇太、行ったぞ!!」

「オーライオーライ」

 バスッと、ボールが革製のミットを打つ音がグラウンドに響いた。

「アウト!!」

「クソー!」

 バッターは帽子を地面に叩きつけて地団駄を踏むが、俺はそんな光景には目をやらず、仲間たちの元へと駆け寄った。

「ナイスキャッチ、勇太」

「おう」

 俺達のチームは、無失点でスリーアウトを採る。次に、俺達が攻撃になった。

 ツーアウト満塁。甲子園本番であればハラハラするような場面だが、これは練習なのでそこまで気を張らずに挑む。

 そして、攻撃交代をして間もあかずに俺にバットが回ってきた。

 その時だった。すれ違いざまに、友達が声をかけてくる。

「気合入れろよ? お前、オヤジさん見に来てるからな」

「え?」

 俺の目が、場外へ向く。そこには、手を振って俺の視線を確認するお袋と、ムスっとした表情で仁王立ちするオヤジの姿が見えた。

 俺はその瞬間、急速に胸の鼓動が高鳴るのを感じた。それは、好きな子と目が合った時のソレとは訳が違う。

『プレッシャー』だ。こんなところで、もしアウトでも取ろうものなら本気で家を追い出されかねない、と何故かその時の俺は思ってしまった。

 俺はバッターボックスに入る。足が異様に重く感じた。汗が頬を伝い、地面に落ちて行くのが分かる。それが冷や汗なのか、暑さによるものなのかは分からなかった。

 一投目。

 ブンッ!! と重い風切り音が聞こえた。俺はバットを思い切り振る。

 カッ

 当たった感触はあった。しかし、俺が打ったボールは、思わぬ方向へ弾かれる。

 ファウルだった。

 俺は思わずピッチャーを睨みつけた。しかしピッチャーは、いつも通り肩の調子を確かめるように回しているだけ。そう、これは練習なのだ。こんな事に、しかも私情で腹を立てる俺の方がどうかしていた。

 二投目。

 嫌な汗が更に量を増すのが分かる。

 ブゥンッ!! と再び投げられる剛速球。俺は出来るだけボールを引きつけて、正確に狙いを定めようとしながらバットを振る。

 ヒュンッ!!

 それは、俺のバットが何にも当たらず、むなしく振られる音。

 ストライクだった。

 王手がかけられる。

 もう駄目だ。俺は思った。体の力が抜けるのが分かった。全体的に脱力し、ピッチャーの次の球がくるのを待った。

 三投目。

 俺は無意識に、二投目と同じくボールを引きつけてからバットを振る。


 カキィィィイイン!!


 清々しい音が鳴り響く。俺は、それが自分の振ったバットにボールが当たった音だと自覚するのに、数秒は掛かった。

「走れぇぇぇえええ!!」

 その声で、俺は我に帰る。すぐさまバットを放り捨て、一塁、二塁、三塁と回る。そこでやっと気づいた。俺が打ったのはホームランだったのだ。別に、全力疾走する必要はなかった。

 ここで改めて自分の情けなさを実感する。

「くそ…、全部オヤジのせいだ…」


 ―――そんなこんなで、午後の練習も終わる。黄昏のオレンジ色がいい感じに空を彩って、俺は少し顔を赤らめながら夕暮れのグラウンドに立っていた。

「何でオヤジ達がここにいんだよ!」

「別に来たくて来たワケではない。コイツが勝手に」

「フフ。まあアナタったら照れちゃって。勇太がホームランを取った時は両手でガッツポーズかましてたクセに」

「オマっ! なぜそれを言う!?」

「ったく…」

 ガサゴソと、俺は半ば呆れながらベンチの側に置かれた自分のエナメルバッグの中を漁る。

「ほらよ」

「なんだ、この紙は?」

「…甲、子園っ!?」

 オヤジはその紙を読もうともせずに俺に詳細を求めるように睨みつけ、母親はその紙の見出しにデカデカと書かれたゴシック体の文字を声に出して絶句する。

「そ。甲子園。俺ら、出場することになったんだ。帰りが遅かったのも、練習とか作戦とか色々話し合ってたからだよ」

「なんで言ってくれなかったのよ!! しかも甲子園ならそれの出場をかけた予選があったんじゃないの!?」

「あったよ先月。言うのも面倒臭かったし黙ってたけど」

「じゃあなんで出場決まったの言ってくれなかったのよ」

「ああそれはほら、オヤジ今日誕生日だろ?」

「そういえばそうね…」

「だから今日知らせたくってさ。甲子園に出るのは俺とオヤジとの子供の頃からの約束だったからな」

「…、アナタ?」

「オヤジ?」

 オヤジはまるで、眩い日差しを遮るように右手の甲を目に押し当てていた。

 俺はその時初めて見た。片手で両目を覆うようにするオヤジの手の隙間から、溢れんばかりの涙が、こぼれ落ちるのを。


 完

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