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紫陽花は月夜に歩く

作者: 東椰子実


6月は雨が降る。


しっとりと艶やかに


さめざめと。


「雨季を愛する人は心が憂き人」


浮き足立つ私も


恐らくはその類のものなのだろう。




紫陽花が沢山咲く


京都の寺を歩いた。


月夜の紫陽花たちは


可憐に咲き誇り


無音の中で静かに動いていた。


彼らがいつまでそんな姿で要られるのか


ふと、素朴な疑問を感じた。


美しい色彩を身に纏わせながらも


いい匂いを放つわけでもなく、


優雅に咲くわけでもない。


そもそも花は控えめで


じっとよく見つめないと分からない。


「素晴らしいな」


と感想を頂けるのは


いつでも決まって、装飾花たちなのだ。


暗がりの中で紫陽花たちは


ライトに照らされ、いきいきと躍る。


左右に咲き誇る


紫陽花を見渡しながら歩いていくと、


一房の花がやけに目についた。


その紫陽花は赤よりも緋く、


紅よりも鮮明な色だった。


『緋色の貴婦人』


そう密かに名付け


隣の房に移動すると、


今度は美しいブルーの色彩が


目に入った。


おや?


また急に色が変わるのだな。


何気無しに足下にライトを当ててみると


そこには幾多の『緋色の貴婦人』たちが


返り咲いていた。


まるで、ダンスフロアに集まった


したたかな女達のように。


私はぎょっとして


俄かに後退り、


花を散らさぬよう


慎重に再び歩みを進めた。



寺の門をくぐり抜け


駅へと続く一本道を戻る途中


お地蔵様の横で


ひっそりと一房の紫陽花が咲いていた。


その色に私は歩みを止めた。


あの『緋色の貴婦人』が


小さな装飾を纏わせながら


月を見上げていた。


思わず辺りを見渡すが、


他に人の気配はなく


しんと鎮まり返っている。


まるで此処まで付いてきたようだ。


奇怪な考えを振り払い、


彼女をじっと見つめて、気がついた。


その隣に寄り添うようにして青味の強い


小さな紫陽花が咲いていた。








われが名は花盗人と立てば立て


ただ一枝は折りて帰らん



「確か『和泉式部集』だったかな。


藤原公任の歌だよ。」


そう相手が言った。


「私のことを花泥棒というのなら


言えばいい。どういわれようが、


私はこの一枝だけは


折って持ち帰ります。


随分と神経の図太い人だったんだね」


そこでくすりと相手が笑う。




では、ここで質問をしよう。


花泥棒は本当に罪にならないんだろうか?


それとも罪になるのだろうか。




「勿論、罪になるでしょう。


だって人の物なんだから」


その応えには満足気に頷いた。




『緋色の貴婦人』に恋をした


紫陽花泥棒もそれを連れ帰る途中で


恐らくは気がついたのだろうね。


他所様の物、況してや寺から盗むなど


神も仏も怒りにくれる。


「だから、お地蔵様に許しをこうたのかな」


隣から小さな微笑が聞こえた。


「どうだろう。もしかしたら、


別の理由なのかもしれない。


事実は小説よりも奇なりというから。」


ただ、それが事の真相なら


地蔵様から許しは得たんじゃないかな。


赤色から青色に変わった


ー危険信号は回避された 前に進めー


のだから。



その言葉に思わず私は声を上げた。


「知らないの?紫陽花ってのは


土壌によって色が変わるんだよ。


青ならば、酸性の割合が多いんだって。


紫陽花は挿し木でも育つことができる。


誰かさんは『緋色の貴婦人』を


お地蔵様の横に捨てた。


それがあそこの土地にたまたま根付き


後から、その土壌を吸った花が


色を変えただけなんじゃないの?」


相手は驚いて目を瞬くと、


ひとつ大きな欠伸をした。







「無粋だな」






















紫陽花寺への帰り道の出来事です。

エッセイとフィクションの間の子の話。

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