第6話 アメジストドール
「ねえ玲」
「何?」
「こっちにきて」
シグは、そう言いながら、読んでいた本を閉じ、棚の方へ向かった。
彼女は、棚にある大量の人形の中から、一つの人形をおもむろに手にとった。
きらびやかなドレスを来ている少女の人形だ。
胸元に、キラリと光る、紫色の大きなストーンがたくさん散りばめられている。
「それ、何?」
「『アメジストドール』……私はそう呼んでいるわ」
「『アメジストドール』?」
なぜそういう名前なのだろうか。
思考を巡らせていると、その答えはシグの口から出た。
「このドレスについているキラキラは、アメジストらしいの」
「ぜ、全部っ!?」
キラキラはかなり大きいものから小さいものまで、たくさんある。
そして、それらは全て、綺麗に澄んだ紫色をしている
これだけの数あれば、かなり高い値がつくだろう。
「そう。ここにきたその女の子が、そう言っていたの。なんだか不思議な女の子だったな……人を惹きつけるような魅力を感じた」
「それってアメジストのパワーなんじゃない?」
「アメジストのパワー?」
「そう。アメジストのパワーは霊的なのもあるから、もしかしたらそれがシグに届いたのかもしれないね」
「ま、私はすぐに人形にしたけどね。でも、人形にしてからも、なんか不思議な力を感じたから、大切に置いておいたの」
シグは大切に置いた、というが他の人形と一緒に置いてあって、大切に置いた、というような感じはしなかった。
ということは、シグは全ての人形を大切に扱っているのだろう。
シグや僕が作る人形は、人の命も体もそのまま人形にしている。
それも理由の一つなのかもしれない。
やはり、僕にはまだ、わからないことだらけだ。
シグが人形遣いになったのは、誰か人形遣いがシグを人形にしようとしたときに、失敗したのが原因。
それは知っているが、そもそもなぜ人形遣いが誕生したのだろうか。
そういう、根本的なところが知りたい。
そんなことを考えていると、扉が開けられた。
扉を開けたその男の人は、僕のことを見ると、大きく目を見開いた。
「玲!?」
「お兄ちゃん!?」
ほぼ同時に言っていた。
いや、しかし僕は、人形遣いになった時に、記憶がなくなっているんだ。
ならば、覚えていないはずだ。
だけど、お兄ちゃんのことは忘れていない。
彼の名前は、紅崎 蒼。
魔術の才能を持って生まれた、まさに天才。
僕と同じように、「スティルマジック」を使う。
なんとなく記憶が少しずつ蘇ってきた。
兄は、とても頭が良くて、親に褒められてばっかりだった。
お兄ちゃんがいなければ、僕はもっといい人間になれたのに。
今の僕は、シグのところで人を殺してばっかりだ。
魔術師としての使命?
何も果たせていないじゃないか。
そんなことを考えていると、なんだか目の前の人物が鬱陶しく思えた。
「天才はいいよな……」
思わず呟いていた。
「え、なんて言ったの? 玲」
「お前みたいな天才は苦労しないからいいよな! 僕みたいな弱い魔術師は何の役にも
立てないんだ!」
「玲さん……」
視界の隅に、戸惑うカエデと、椅子に座ってこちらを眺めるシグが映った。
しかし、僕の気持ちは収まらなかった。
「お前みたいな天才がいたから、僕はこんな最悪の人生を送ることになったんだ! お前みたいなやつ死んでしまえばいいんだ……!」
僕は、棚に置いてあったシグ愛用の鋏を手にとった。
なんだか分からないが、僕はとても苦しかった。
「お前みたいなやつ……!」
「玲さん……!」
鋏を持った側の手を取ったのは、カエデだった。
「玲さん……! お兄さんを殺してどうするんですか!? ……お兄さんを殺して、玲さんはそれで満足するんですか!? 生きてきた人生は逆戻りすることができないんですよ!」
カエデが僕の手から、鋏を取り上げた。
なんということをしようとしたのだろう。
こんな様子じゃ魔術師の使命どころじゃないだろ。
気がついたときには、もう、お兄ちゃんは、姿を消していた。
棚の上から、「アメジストドール」も消え失せていた。
continue to next loop......