039 神の力と経験の差
巨龍種の巣窟となったアービット鉱山の最下層。
しかし、その場所で俺達が目撃したのは予想外の光景だった。
「……何よ……これ……」
手に持った短拳剣を地面に落とし、ゼシカが膝から崩れる。
「ねえ、鬼畜教師……! これは、まさか……!」
アーリアが事態に気付き、俺を振り返り叫ぶ。
「クレル先生!」
「あわわ……」
「一体どうなっているんだ……?」
フィメルもリリィもジルも混乱している。
しかし、俺にだってこの事態は予測できなかった。
『くくく……くははは! これだ……! 俺が求めていたものは、この力だ……!!』
鉱山の最下層を巣としていた巨龍種が五匹とも炎に焼かれ断末魔の叫びを上げていた。
それだけではない。
何十という冒険者の遺体が所狭しと転がっている。
「……まさか、こんなことになるとはな」
炎に包まれている男――。
俺を追い、要塞都市バトランドまでやってきた、グラッド・ゼリュスの姿が――。
『……くくく、そうか。分かるぞ。あの無能野郎が得たのはこの力――魔法というわけか。くく……。そうだよなぁ……俺があんな奴に負けるわけねぇもんなぁ……! ははははは!』
グラッドが叫ぶと周囲に業火が舞った。
それにより冒険者の遺体が消し炭と化し、あとに残ったのは彼らの焼け焦げた装備品だけとなった。
「ひ、ひいぃ! 化け物……!!」
『……あぁ?』
「ち、ちょっとリリィ! 気付かれちゃったじゃないのよ! この馬鹿ー!」
リリィの悲鳴を聞き、グラッドがゆっくりとこちらを振り返った。
――もう疑いようもない。
奴は得たのだ。
炎の魔法の力を――。
「……フィメル先生。生徒達をこの場から避難させてください」
「……え? あ、はい! ……でも、クレル先生は……」
「俺は奴と話があります。そして、きっと奴が用があるのは俺でしょうから」
それだけ答え、俺は生徒らの傍らをすり抜けグラッドの元へと歩む。
「し、正気なのクレル先生!? あんなの、勝てるわけないじゃない……!」
「……ゼシカ、行こう。これは、あの男にしか対処できない案件だ。僕達は足手まといになる」
「え? どういうことよ……ジル」
ジルがゼシカとリリィを強制的に立たせ、一瞬だけ俺と目を合わせた。
その目は何を語ろうとしてたのか。
奴をどうにかしたら、後でじっくりと聞かせてもらおうか。
「ふん……。格好付けたいのか、勝算があるのか。それとも予想通りの出来事なのかは知らないけど……。ほら、逃げるわよフィメル先生。ジルの言う通り、私達じゃ足手まといになるだけだわ」
「え、ええ……。でも……」
「貴女、あの男の彼女なんでしょう? だったら信じるしかないじゃない。どんなにクズでも女ったらしでも、貴女はあの男を愛したんだから」
「ア、アーリアちゃん……?」
「行くぞ! もたもたするな!」
ジルの号令で皆が上階へと上がっていった。
これで最下層には俺と、炎に包まれたグラッドしかいない。
俺はゆっくりとした足取りで奴の傍まで向かった。
◇
「やあ、グラッド。まさかたった一人で巨龍種を全滅させるとは驚きだよ。さすがはレグザお墨付きの冒険者様だ」
俺の声が周囲の岩壁に反響し、響き渡る。
これから始まるのは想像を絶する死闘か、それとも永遠に決着のつかない神と神との暇つぶしか。
『……クレル。お前も大蜘蛛から魔法を得たんだな? この力で、無能なお前は神を目指すと。だが、どうして力を隠す? 俺はお前と同じ道は辿らない』
無防備のまま近づいてくる俺を警戒するグラッド。
恐らく奴はまだ、魔法の力の使い方を十分に理解していない。
大蜘蛛と出会ったのも、つい先ほどのことなのだろう。
「魔法はあまりにも強大過ぎる力だ。それを世間に示したら、世界中のギルドから命を狙われることになる」
俺はきっと、時間稼ぎがしたいだけなのだろう。
俺と奴が本気で戦うことになれば、こんな鉱山など一瞬で消し飛んでしまう。
『命を狙われる……? くくく……くははは! お前は何を言っている? この力は神の力だぞ? 神を止められるものなど、この世に存在するわけがない!』
頭を押さえ、猟奇的な表情で笑うグラッド。
……こいつは、力を手にしたばかりの俺と同じだ。
しかし、俺とグラッドでは決定的な意識の差がある。
生まれたときから『技』を使えず、苦しんできた俺と――。
生まれたときから『技』の才に恵まれ、のうのうと生きてきたこいつと――。
「グラッド。提案がある。俺と世界を二分しないか」
『……あぁ?』
「世界に神が一人だけだという決まりはない。俺とお前。氷の神と炎の神。互いが互いを尊重し、互いが互いを牽制し合う。無駄な争いを無くし、この世界に本当の平和を齎すんだ」
スラスラと、まるで決められた台詞のように口を動かす。
これが俺の本心でないことは、俺が一番よく理解している。
「今はまだ、力を得たばかりで気付かないかもしれないが、落ち着いて考えてみるんだグラッド。世界ギルド連合や王立騎士団を敵に回して何になる? 魔法使いだということが知られれば、問答無用で最高ランクの重罪人扱いだ。俺達はもう、死ぬことなどない。永遠に生きる定めであるならば、『人間』として世界に君臨したほうが幸福でいられると思わないか?」
『……』
グラッドの表情が揺らぐ。
俺は構わず先を続ける。
「お前は俺を恨んでいるよな。俺もお前を恨んでいた。周りからちやほやされ、誰よりも『技』の才能に恵まれ、次期ギルド長と噂されていたお前を。今のお前だったら、俺の気持が分かるだろう? だが、俺はもうお前を許した。何故なら、そんなことが些細に思えるくらいの力を得たからだ」
偽りの情報の中に、少しだけ本当の情報を加える。
自身の感情をコントロールし、相手の出方を見極める。
『……くくく……それで、俺がお前を許すとでも?』
「そんなことは思っていない。だから今、ここで、お前の好きにすればいいさ。だが、俺は死ぬこともなければ痛みを感じることもない。炎で氷は焼けない。ならばそこに意味があると思うか?」
『お前の大事な者の命を奪うという選択肢もある』
「命を奪われても復活させればいいだけの話だ。俺が今まで、この力の検証にどれだけの時間を費やしたと思っている?」
この言葉でグラッドの表情が一層変化した。
やはり奴は力を手にしたばかりの初心者だ。
同じ神の力とはいえ、この差はあまりにも大きい。
俺は右手を伸ばす。
グラッドと固く手を握り合うために。
『……信じると思うか? この俺が。お前のことなど』
「思わないな。だが、どうやっても無意味なのはお前も予想がつくだろう。俺達は神だ。神なら神として物事を考えたほうがいい」
『……』
数秒の静寂――。
グラッドが俺の手を取る確率は――。
『……ふん。まあ、騙されたところで、俺はすでに神なのだから、どうにでもなるか』
口元に笑みを浮かべ、ついに俺の手を取ったグラッド。
そうか。俺を信じるのか、グラッド。
――だからお前は甘いのだ。
「《時間逆行》」
グラッドの腕が瞬時に凍りつく。
そしてそのまま亜空間に奴を連れ去る。
『ちっ、やはり罠か』
凍った腕を炎で溶かし、俺から距離を取ろうとするグラッド。
――もう、全てが無意味だというのに。
『魔法で亜空間を作り出せるということは、魔法で亜空間から脱することも出来るはず』
自身の脳内にあるいわば『魔法の説明書』に問いかけるグラッド。
質問した内容に正確かつ迅速に回答してくれる『説明書』だが、逆を返せば質問した内容以外はなにも答えてくれない。
『……? 力が……発動しない?』
ようやく事の次第に気付き始めたグラッド。
奴の全身を覆っている炎が急速に力を失っていく。
『く、クレル……!! 貴様……これは……!!』
「……神は二人といらない。世界を手中に収めるのは、俺一人で十分だ」
――時間が、逆行する。
亜空間に閉じ込めた、グラッドの中の『時間』が――。
『俺の……! 俺の魔法があああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁ…………!!!!』
グラッドの全身から最後の炎が噴き出し――。
――そして気を失った奴の傍らに、一冊の書物が出現したのだった。




