038 鉱山内部
冒険者らを凍らせた俺はまず、その場にいる全員の記憶を封印した。
ジルやアーリアには必要ないとも考えたが、一度に全員に対し氷の魔法を詠唱したほうが効率がいい。
あと小一時間ほどすれば、あの氷は溶けるだろう。
ずいぶんと威力を落としたから、あの冒険者達であれば死ぬことはない。
氷像と化した冒険者らをそのままにし、俺達はアービット鉱山へと急ぐ。
「さっきの氷の像は一体何だったのかしら……」
しきりに首を傾げるゼシカ。
「ホントですよねぇ。急に目の前に現れたし、地面まですごい凍ってましたし……むむぅ」
ゼシカの真似をし、腕を組むリリィ。
俺は何も答えずに彼女らの先を進む。
「……ジル」
「……ああ」
その横を歩くジルとアーリアがなにやら察したようにお互いに頷いている。
封じた記憶は、さきほどの冒険者らとの戦闘の記憶だけだ。
俺の正体に気付いている2人ならば、なにが行われた後なのかは容易に想像出来るだろう。
「異常気象というわけではなさそうですし、人工的に作られた氷像にしては生々しかったですし……」
俺の横を歩くフィメルまで首を傾げている。
鈍感な彼女のことだから、きっと答えに行き着くことはないだろう。
俺は氷の微笑を浮かべ、彼女に話しかける。
「きっとこれも巨龍種の異常繁殖の影響なのでしょう。ここから先は何が起こるか予想が出来ません。気を引き締めていかないと」
「は、はい……。そうですよね。私達がしっかりしなくては、生徒らを守りきれないですものね」
拳に力を込め、気合を入れたフィメル。
彼女の力は本物だが、男性に弱いという最大の難点が存在する。
対人戦では足手まといにしかならないので、モンスターとの戦闘だけに特化させたほうが良いだろう。
そこから数刻は問題なく予定通りに進み。
俺達の眼前に悠然とそびえ立つアービット鉱山の入り口が出現した。
すでに何名かの冒険者もここを通ったのだろう。
入り口付近には緊急脱出用の『技』の紋章が刻まれていた。
「これは『転移紋章』ですね。かなり高度な技の一種ですけれど、これを鉱山の入り口に刻んでおけば、もしものときに命を落とさずに済みますから」
屈み込み、紋章に触れながらフィメルが生徒らに説明する。
世界中から集められた冒険者ならば、これぐらいは当然というわけだろう。
「大丈夫なの? 私達は誰も『転移紋章』なんて技、使えないんだけど」
「そのために俺とフィメル先生がいるだろう。これは課外授業だ。お前らの力を見極めるためにここまで連れてきたのだからな」
ゼシカの言葉に返答する俺。
しかし何故か胡散臭そうな眼差しで俺を見るゼシカ。
「先生! まったく自信がありましぇん!」
元気な声で腕をぴんと伸ばし、リリィがそう答えた。
その顔は不安で溢れていて、今にも泣き出しそうだ。
「声と表情があべこべになっているわよ、リリィ」
頭を抱えそう言うアーリア。
「しかし、ここで武勲を上げればシュナイゼル家の名も……」
ぶつぶつと独り言を呟いているジル。
彼女らは彼女らで様々な事情を抱えている。
それらを乗り越え、いずれは立派な俺の側近として十二分に働いてもらおう。
身も心も俺だけに注がれればいい。
このクエストをクリアしたその暁には――。
「? クレル先生? なにか嬉しそうに見えますけど……」
俺の表情を察したのか。
フィメルが俺の顔を見上げるように聞いてきた。
「ええ。彼女らの成長を考えると嬉しくて。それに難関クエストでも、フィメル先生がいてくれますから」
そっと彼女の腰に手を回す。
その拍子にフィメルの全身が大きく揺れた。
「せ、せせせ先生……! わ、私も、その……あの……」
「うわぁ……。また生徒の前でなんかやってるわよ、あの2人……」
冷めた目を俺とフィメルに向けるゼシカ。
他の3人も同じような目で俺達を見ている。
「行きましょう。どうせあの鬼畜教師は手を貸してはくれないわ。私達4人でなんとかするのよ」
生徒らを見回し気合を入れたアーリア。
「そうだな。僕達4人で、巨龍種の一匹くらいは狩ってみせよう。それだけでも十分すぎるほどの名誉と勲章が与えられる」
アーリアに続くジル。
その言葉に首を縦に振った3人。
そして、鉱山の入り口へと足を踏み入れることに。
◇
鉱山内部は異常なほど広い空間で、周りは頑丈な鋼石で敷き詰められていた。
所々に灯りが見える。
元々鉱扶が働いていた場所だ。
半永久的に作動する『技』の技術で作った灯籠かなにかだろう。
これならば暗視薬は必要なさそうだ。
すでに大部分の龍玉石は採掘されているようだ。
あとは巨龍種が出没したという最深部――。
「思ったより静かですね……」
フィメルがそう呟いた。
その声が鉱山内部で反響する。
「まだ他の冒険者も潜ったばかりなんじゃないかしら。これだけ声が響く場所だったら、戦闘があったら丸分かりだろうし」
アーリアの言葉に他の生徒らが首を縦に振る。
確かにあまりにも静かすぎる。
モンスターはおろか、すでに到着しているはずの冒険者の足音さえ聞こえない。
(これでは、まるで……)
俺の脳裏にヴィゼンド洞窟での出来事が浮かぶ。
やけに静かな洞窟。
一匹も出現しないモンスター。
そして眠っている大眠兎を狩ろうとしたその瞬間――。
ゾクリ――。
「ど、どうかされましたか? クレル先生」
「……いえ、何も」
一瞬だけ、首筋に悪寒が走った。
しかしどこにも、あの蜘蛛の化物はいない。
あれは一体、何だったのか。
俺に魔法の力を与えた、見たこともない醜悪な化物――。
いつか、調べなければならない。
魔法の根源、歴史。
今までに出現した魔法使いの数、種類。
同じ時代に2人以上の魔法使いが出現しないとも限らない。
そうなれば、俺にとって最大の脅威ともなり得る。
(あの蜘蛛の化物の正体さえ分かれば……)
奴を倒せば魔法の力を得られるのであれば、それを逆に利用することは可能だろうか。
いつか軍隊を指揮できたとして、出現地帯を把握し討伐することが出来れば――。
ひとりで2つ以上の魔法を習得することは可能か。
不可能であれば氷の魔法で洗脳した別の者に習得させればいい。
しかし『絶対の力』を持つ者を増やしすぎるのは危険だ。
人の信頼など、力を手にしたらすぐにでも瓦解する。
そんなことは今までに嫌というほど味わってきた。
「下に向かう通路があるぞ。他の冒険者もここを通ったようだ」
ジルが何かを発見し、俺達に声を掛ける。
壁際に刻まれた紋章が輝いている。
他の冒険者に対する目印かなにかだろう。
「皆、気を引き締めて。なんだか嫌な予感がするわ」
「ちょ、ちょっとアーリア! 急にそんな怖いこと言わないでよ!」
「ひいぃ! やめてくださいよぅ、アーリアちゃん……!」
アーリアの言葉に怯えるゼシカとリリィ。
彼女の予感は当たることが多い。
きっとこの下に巨龍種がいるのだろう。
――そして俺達は下層へと向かう。




