side 05 裏切られた心
アスダール練炭店の前まで辿り着き、息を切らす。
まずはテトに事情を話し、それから皆に事の次第を話そう。
私の身に起きてしまったことを。
主教様を、殺してしまったことを――。
「あれ、ライカじゃん。そんな血相変えてどうしたんだ?」
店の扉が開き、中から現れた金髪の少年。
私はその顔を見た途端、彼の胸に飛び込んでしまう。
「うわっと……! 珍しく積極的だなライカ……って、どうして泣いてるの?」
私の頭を優しく撫でながらテトが顔を覗き込んで来る。
大丈夫。
彼ならきっと私の話を聞いてくれて、私の味方になってくれる。
私の事をお嫁さんにしてくれると彼は常々言っていた。
彼の父であるべゼウスさんだって、私の事を気に入ってくれている。
全てを、打ち明けよう。
もう1人で抱え切れない。
「……あのね、テト……。話が、あるの――」
◇
べゼウスおじさんは買い物に出掛けているみたいだった。
まだ早朝ということもあり、店内には誰もいない。
私はホットココアをご馳走になりながら、テトに全てを打ち明けた。
「……はは、いつからライカはそんな冗談を言う子になったんだ? そんな話、信じられるわけが無いだろう。君が主教様を殺した? そんな馬鹿な……」
鼻で笑いながらココアを啜るテト。
しかし私の真剣な表情を見て、少しだけ顔が強張っている。
「……本当なの、テト……。私……取り返しのつかない事を……」
昨晩の惨劇を思い出し頭を抱え蹲る。
燃えて行く主教の手――。
大好きだった、主教の手――。
「君の言う、その……ディザ・ベル? 本当に君が謎のおじいさんからその力を得たと言うのならば、僕の前で見せておくれよ」
ココアの入ったカップを置き、テトが隣の席に座る。
そしてそっと私の肩に腕を掛ける。
いつもの私ならば直ぐにでもその腕をどかすのだが、今日は大人しいままだ。
テトの生唾をゴクリと飲む音が聞こえる。
「……力を……『焔の魔法』の力を、見せればいいのね……?」
彼の顔が私の顔に接近して来る。
私は人差し指を立て、室内にある灯籠を指差す。
そして軽く念じる。
すると、灯籠に灯りが燈る。
「……え?」
突然のことに驚き、私から顔を離すテト。
今度は指を軽く鳴らす。
すると灯籠の火は消えた。
「……」
「これで、分かってくれた? テト……」
彼の腕をどけた私はソファから立ち上がる。
彼を連れて、今度はべゼウスさんにも事情を聞いてもらおう。
テトとべゼウスさんが居てくれれば皆に話すときにも心強いから。
「……はは、それはどんなマジックなんだい? 僕にも教えておくれよ」
未だに現状を理解していないテトは半笑いでそう答える。
「テト……。信じて。これはマジックなんかじゃないの。禁断の魔法の力なの……」
悲痛な表情で彼に語り掛ける。
するとテトの表情が徐々に青ざめて行く。
「そんな馬鹿な……。冗談も大概にしないと、僕だって怒るよライカ。主教様を殺したって言うのも、僕をからかっているだけなんだろう? 大方ミレイさんと話を合わせて僕を驚かせようと――」
「どうして分かってくれないの!」
私の叫びと同時に、室内にある全ての灯籠に灯が燈る。
そのうちの2つほどが強烈な炎により燃え上がり消失してしまった。
いけない。
感情を爆発させてしまっては、また主教様のときみたいに――。
「……化物……」
「え?」
テトが何かを呟いき、私は耳を疑ってしまう。
今、なんて――。
「ひいいいいいぃぃ! 化物!!」
「きゃっ!」
テトは私を突き飛ばし、叫びながら店から飛び出して行った。
そのまま放心状態になる私。
化物――。
私は――。
私は、もう、人間では無い――?
◇
どれくらいそうしていただろう。
信じていたテトに裏切られ、私は放心状態のまま床に蹲っていた。
しばらくすると店の外に複数の人の気配があることに気付き、立ち上がる。
窓から顔を出すと、そこには青ざめたテトとガッドおじさん、ミレイ、べゼウスさん。
それ以外にも街のほとんどの住人が店を取り囲んでいた。
「ライカ! そこにいるのか!」
皆を代表してガッドおじさんが大声を上げる。
凄く険しい表情をして、まだ早朝だというのに手には松明を持っている。
ガッドおじさんだけでは無い。
皆、一様に松明を掲げている。
「お前が主教様を殺したというのは本当か! お前があの禁断の『魔法』の力を宿したというのは本当か!」
いつものガッドおじさんではない。
あんなに怖い声を上げるおじさんを、私は今までに一度たりとも見たことは無い。
街の住人も皆、険しい表情をしている。
私は恐怖で震えている。
皆、私をどうしようというの?
怖い。
皆が、怖い――。
「答えなさいライカ! 皆お前のことを心配しているんだ! いるなら出てきなさい!」
何も答えない私にイラついた声を張り上げるガッドおじさん。
出て行ったら、私はどうなるの?
どうして皆、そんなに怖い顔をして松明を持っているの?
テトは皆に何を言いふらしたの?
信じていたのに。
私の味方になってくれるって、信じていたのに――。
「……仕方が無い。皆、松明に火を」
ガッドおじさんの号令により、皆一斉に松明に火を灯す。
店をぐるりと取り囲んだ幻想的な灯の光。
まさか――。
「嗚呼、神様……。憐れなライカに、せめてもの情けを……」
ミレイが十字を切り祈りを始める。
それと同時に皆が祈りを始める。
どうして?
どうして私は――。
「…………火を放て!」
ガッドおじさんの号令と共に皆が松明を放り投げる。
一瞬のうちに店に火の手が回る。
その間も祈りを捧げている住人達。
窓硝子が割れ、あっという間に店内にも火が回る。
商品である木炭や練炭に瞬く間に火が回り、私の全身は炎に焼かれて行く。
誰にも分かってもらえない。
皆の事を信じていたのに。
打ち明ければ、分かってもらえると信じていたのに。
どうして、私はこんな力を手にしてしまったのだろう。
あの黒いフードのおじいさんは、私に何をさせたいのだろう。
店全体が業火に包まれて行く。
燃えやすい商材ばかりが並んでいるのだ。
あっという間に全焼してしまうだろう。
もう、この街にはいられない。
私はこれからずっと独りぼっちなのだろうか。
燃え盛る炎の中で、私は涙を流し蹲る。
このまま死ぬことが出来れば、どんなに幸せなのだろう。
全身が炎に包まれようとも、一切熱さを感じない。
もう私は、死ぬことさえ許されない。
流した涙が炎と変わる。
私は化物だ。
炎に焼かれても、決して死ぬことの無い――。
――正真正銘の、化物なのだ。




