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俺は氷魔法で世界を手中に収める  作者: 木原ゆう
閑話 ヒロイン達の思惑、あるいは平穏な日常
41/55

01 『シイラ・レイノルム』

 同じ風景。

 同じ仕事。


 テレミウス家にメイドとして仕えるようになってから、早3年の歳月が流れた。

 レイノルム家の令嬢として生まれた私に、自分の生きる道を選択する術はなく。

 半ば強制的にテレミウス家のメイドとして働かされることとなってから、3年だ。


 来る日も来る日も同じ仕事。

 料理にうるさい伯爵夫人、娘を溺愛し外に愛人まで抱えているテレミウス伯爵。

 1人娘のミリアは手が掛からない良い子だが、いずれ私に命令するようになるだろう。

 

 そして、厄介なのはあの『問題児』だ。


 私と時を同じくしてテレミウス家にやってきた1人の青年。

 先の戦争によりアースガルドという大家が崩壊したことは私でも知っていた。

 しかし、その御曹司が『技』も使えぬ無能者だったとは――。


 ――クレル・アースガルド。

 この男が転がり込んできたときは、屋敷に勤めるメイド達は皆一様に嘲笑した。

 本人も気付いていただろう。

 しかし、文句1つ言わずに彼はこの3年間を過ごしていた。


「……ん」


 目を覚ます。

 どうやら昔の夢でも見ていたようだ。

 軽く伸びをした私は手を伸ばし、テーブルに置いてある櫛で髪をとかす。


 クレルが学生らを連れギルド本部に向かってから2日が経った。

 恐らく彼は《巨龍種ドラゴン》を難なく討伐し、武勲を挙げ帰還するだろう。

 そうしたら、彼は一躍英雄となる。

 テレミウス伯爵は、すでに伯爵家主催のパーティの準備を進めていた。

 自慢の『息子』を3年ぶりに公に披露するとあって、伯爵家は慌しくなっていた。


 ベッドから起き、メイド服に着替える。

 そろそろミリアと伯爵夫人が起きてくる時間だ。

 すでに昨夜のうちに朝食の下ごしらえは済んでいるから、あとは軽く火を通すだけだ。

 鏡に向かい身だしなみを整えた私は一つ大きく息を吐き、部屋を後にした。





 朝食の準備に入る。

 まだ2人ともリビングには降りてきていない。

 いつでも熱々の料理を出せるように準備をした私は、いったん手を止め、別の雑務を始めることにした。


 ――クレルは、今後どのように成りあがっていくつもりなのだろう。

 彼は伝説の『魔法ディザ・ベル』という悪魔の力を隠し、今も尚、平然とした顔で日々の生活を送っている。

 その気になれば周囲の人間全てを操ることも可能なのに、彼はそれをしない。

 必要最低限の人間は操っているようだが、恐らく片手で数えられるくらいの人数だろう。


 王立騎士団やギルド本部から『異端』として排除されることを恐れているのだろうか。

 いや、それならば何故、自らギルド本部に出向くような真似をする?


 ここ最近の私は、彼のことばかりを考えている。

 幾度となくこの身を辱めた、憎き悪魔であるあの男のことを――。


「あ、シイラさん。おはようございます」


 ふいに声を掛けられ思考を中断する。

 笑顔で中央階段を降りてきたのはミリアだ。

 まだ寝癖が直っていないところをみると、寝坊でもしたのかもしれない。


「おはようございます、ミリア様。お食事になさいますか?」


「はい。あんまり時間はないんですけど、お腹はばっちり空いてます」


 そう答えたミリアはにこりと笑いテーブルに着いた。

 私は雑務を中止し、手際よく朝食を準備する。


「あーあ。やっぱりお兄ちゃんがいないとつまんないなぁ。シイラさんもそう思いますよね?」


 サラダと焼きたてのパンをテーブルに置いた私に声を掛けてくるミリア。

 一瞬『そんなことは御座いません』と答えるところだったのを、喉元で押し戻す。


「……はい。私もそのように思います」


 それだけ答えた私は温かいスープと極上鶏燕卵を使った卵焼きの調理を始める。

 スープはすでに昨日のうちに煮込んである。

 軽く沸騰させるだけで良いだろう。


「でもさ、本当、お兄ちゃんてすごいよね。急に『技』の力に目覚めて、一躍有名人になっちゃったし。あれだけお兄ちゃんに厳しかったレグザさんなんて、今じゃ目尻が下がりっぱなしだし。この前その姿を見て、ちょっと笑っちゃったよ」


 サラダを口に運びながら、嬉しそうに話すミリア。

 当然、彼女は知らない。

 クレルが『技』の力に目覚めたわけではないことを。

 彼が『悪魔の化身』だということを――。


「……ミリア様は、クレル様のことを、どう思っていらっしゃるのですか」


 あまりにも嬉しそうに話すミリアに感化されたのか。

 自分でも信じられないような質問をミリアに投げかけてしまう。


「どう、って……。大好きに決まっているじゃん。シイラさんと一緒だよ」


「私……ですか?」


 意外な回答に目を丸くしてしまう。


「うん。最近、シイラさんとお兄ちゃんって、いつもヒソヒソ話とかしているでしょう? 他のメイドさん達にはそんなことしないのに」


「それは……」


 なにか言い訳をしようと思ったが、うまく言葉が思いつかない。

 いや、それよりもミリアが気付いていたことにショックを受ける。

 意外に物を見ているのだな、この子は……。


 ――どうする?

 私とクレルの関係を勘ぐられてしまうのは宜しくない。

 後で奴になんと言われるか、想像しただけでも恐ろしい。

 言われるだけならばまだ良いほうだ。

 下手をしたら、また『魔法』を使って私に――。


「あーあ。レイノちゃんもそうだし、戦術科のフィメル先生だってお兄ちゃんのことが好きだっていう噂がクラスでも広がってるし……。ライバルが多すぎだよ……はぁ」


 大きく溜息を吐いたミリアは、今しがた出したスープに口を付けた。

 彼女が大好物の南爪瓜のスープ。

 ミリアはそれにパンの耳を浸して食べるのが習慣だ。


「私はシイラさんみたいに胸も大きくないし……。レイノちゃんみたいに猛烈アタックとか向いてないし……。フィメル先生みたいに可愛くないし…………はぁ」


 何度も溜息を吐いては、食事の手を止めるミリア。

 ……これはかなり深刻なのかもしれない。


「ミリアお嬢様は十分すぎるほどお綺麗ですよ」


 空いた皿を下げながら、最低限の言葉を返す。

 仕えている家の令嬢とメイドの立場の違い――。

 あまり心情的に近付きすぎてはいけない。

 いずれ私はレイノルム家へと戻るのだ。

 そのときはテレミウス家の庇護の下ではなく、対等な立場として接したい――。


「シイラさんは分かっていないです。男のひとって、スタイルが良い女のひととか、ちょっとドジで可愛いひととかが好きなんです。お兄ちゃんは受身タイプだから、やっぱり思い切って抱きついてみちゃうとか――」


「クレル様が――受身タイプ?」


 ミリアの言葉に絶句する。

 奴のいったいどこが受身だというのか。

 今まで散々奴にされてきたことを思い出し、はらわたが煮えくり返りそうになる。


「……あれ? どうしたんですか、シイラさん……。ちょっと、顔が怖い……」


「え? あ……いや……。なんでも御座いません、ミリア様」


「??」


 そう答え、表情を取り繕う。

 クレルの奴……。

 予想はしていたが、奴はミリアの前では猫を被っているのだ。

 良き兄を演じ、義妹の理想像を崩さないようにと――。


 今ここで、奴の『裏の顔』を暴露したい衝動に駆られてしまう。

 自身の欲望に忠実で、女を性欲の処理としか考えていない、あの『無能者』のことを――。


「……」


 しかし、それは私にとって何の利益も齎さない。

 すでに私は奴と『契約』を交わしたのだ。

 奴の女となることで、レイノルム家の将来を約束してくれたクレル。

 どちらにせよ、汚れてしまったこの身は元には戻らない。

 奴の性奴隷だろうが、専属メイドだろうが、何だってやってやる。

 このまま奴が順調に成り上がり、世界の覇者となったそのときは、存分に見返りをいただいてやる。


 綺麗に食事を平らげたミリアは、そのまま部屋へと戻っていった。

 彼女にも注意が必要かもしれない。

 クレルにとって、ミリアは唯一の『弱点』ともいえる。

 奴が不在のときにミリアにもしものことがあったら、何をしでかすか分かったものじゃない。


「……ミリア・テレミウス。早く自分の『女』にしてしまえば良いものを……」



 誰にも聞こえないようにそう呟いた私は、残りの仕事を終わらせるために素早く食器を片付けたのだった――。

















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