side 04 受け入れられない現実
あれ?
ここは、どこだろう……。
なんだか身体がふわふわする。
そうか。
これは夢の中なんだ。
凄く怖い夢を見ちゃった。
早く目を覚まして今日の仕事の準備をしなくちゃ。
ガッドおじさんはお土産を買ってきてくれるかな。
そしたらそれをテトに見せびらかしてやろう――。
「ん……」
目を覚ます。
ああ、私ったらお店の床で寝ちゃってたんだ。
でもどうしてこんな所で寝ちゃったんだっけ……。
確か昨日はお客さんが全然来なくて。
それでせっかく作ったアップルパイを主教様に届けようと――。
「……あれ? はは、何だ。まだ夢の中にいるのかな……」
ポロリポロリと私の意思とは関係なく涙が溢れ出して来る。
いや、これは夢なんかじゃない。
私の肩に感じた温もり。
大好きな主教の手。
燃えていく主教の――。
徐々に記憶が戻って行く。
そして再び私はその場で泣き崩れてしまう。
あの黒いローブの老人から手渡された書物。
あれは『禁断の魔道書』と呼ばれるものだと私に注がれた知識が答える。
焔を操る力――。
あまりにも大き過ぎる、悪魔の様な『魔法』の力――。
「帰ったぞライカ。お前、お店の鍵が開いていたぞ。どうして開けっ放しに――」
お店の扉の前からガッドおじさんの声が聞こえて来る。
そして私の状態を見て驚いたように声を上げた。
「どうしたんだライカ! 何かあったのか!」
手に持った荷物を放り出し私に駆け寄って来るガッドおじさん。
そして蹲る私の背中にそっと手を置いた。
私は条件反射で身体をビクッと揺らしてしまう。
「どうしてそんなに泣き腫らしているんだ? 誰かに何かされたのか? 黙っていては分からないぞ」
ガッドおじさんの優しさが伝わり余計に涙が零れて来る。
しかしどうやら『焔の魔法』の力の暴走は無いみたいだ。
私の頭の中にある『知識』が私に語り掛けて来る。
この力で私がやるべきことを――。
私は涙を拭き、立ち上がる。
そして昨日起こったことをガッドおじさんに打ち明けようと決心する。
「……あのね、ガッドおじさん。昨日、わたしお店を抜け出して――」
「おはよう御座いますぅ。あの、主教様をお見かけしませんでしたかぁ?」
玄関口から声がして私とガッドおじさんは同時に振り返る。
そこにはうちの店に良く買い物に来てくれるシスターの姿が。
「ああ、ミレイさんか。いや、主教様はここには来ていないが……」
「本当ですかぁ? おっかしいなぁ……。一体どこに行っちゃったのでしょう」
小首を傾げたままミレイはそのまま店内に入って来る。
もうお店が開いていると勘違いしているのだろう。
ガッドおじさんは私を置き、ミレイに声を掛けに近寄って行く。
私も涙を拭き立ち上がる。
ミレイがいるという事は主教様の事を話すチャンスだ。
私に起きたことと主教に起きたことをしっかりと説明しなくてはいけない。
「――という訳なんだ。だから今日の開店はお昼からにしようと思ってな」
「あら、御免なさい私ったら。ついつい開いてるものだと思っちゃって……あら?」
店内で足元に何かを発見し拾い上げるミレイ。
それは羽飾りの付いた特徴的な形のペンだった。
あれは――。
「それは主教様の愛用のペン……」
「ええ、そうですわね。ライカ? 昨日、ここに主教様が来ませんでしたか?」
2人が同時に私を振り向く。
一瞬、私は躊躇ってしまう。
話しても良いものなのだろうか。
私に悪魔の様な力が備わったことを。
その力が暴走して、主教を……主教を――。
「どうしたライカ。主教様は昨日、店に来たのか? どうなんだ?」
ガッドおじさんが私の表情に気付き、一歩前に歩み寄る。
私は何も答えずに首を振ったまま、一歩後ずさる。
「どうして何も答えない。まさか……主教様に何かされたのか?」
「まさか! そんな訳ないですよね、ライカ?」
ミレイも私の様子を心配し近寄って来る。
違う。
違うの。
私が何かをされたんじゃないの。
私が主教様を――。
「……嫌……」
首を振ったまま、私は再び涙を流す。
言えない。
どうしても、言えない。
言わなくちゃいけないのに。
私が犯してしまったことを、正直に言わないといけないのに。
ガッドおじさんが手を伸ばす。
ミレイが手を伸ばす。
それらがあの主教の手と重なって見える。
怖い。
2人の手が、怖い。
私はガッドおじさんも、ミレイも、殺してしまうかもしれない。
この力のせいで――。
呪われた『焔の魔法』のせいで――。
「嫌ああああああああ!」
「ライカ!」
「ライカちゃん!」
2人の間を潜り抜けるように店外へと走り去る私。
背後では私の名を呼ぶ声が聞こえて来る。
どうしよう。
私はこれからどうしたら良いんだろう。
「……テト……」
ふいにテトの顔が脳裏に浮かんだ。
彼なら私の話を聞いてくれるだろうか。
そして私の事を受け止めてくれるだろうか。
「テト……テト……助けて……テト……」
中央通りを一直線に駆け抜ける。
街は早朝だというのに収穫祭から戻って来た人々で賑わっていた。
涙を流しながら走り去る私に皆、声を掛けてくれる。
しかし私は何も答えず、ただただ無心に走り続ける。
テトに逢いたい――。
今の私に考えられることは、それしか無かった。




