035 墓荒し
次の日の午後。
俺とフィメル、4人の生徒らはギルド本部に設置された『巨龍種討伐合同本部』の会場へと足を運んだ。
総勢90名もの猛者が集う中、ギルド本部長の説明が始まる。
アービット鉱山に出没したのは5体の巨龍種。
個々の強さは全モンスターの中でも最強クラスだ。
巨龍種の中にも様々な姿形があるが、そのどれもが屈強な一本角を生やしている。
それを討伐の証とし、本部に持ち帰る、という流れだった。
会場の隅にはグラッドもいた。
その脇にはフードで顔を隠した奴らが3人。
きっとこの街で雇った用心棒かなにかだろう。
グラッドのことはデウスも知っているはずだ。
ならばクエストに飛び入り参加できたとしてもなんら不思議はない。
30分ほどの説明を終え、会場を後にする猛者達。
その中でやはり異彩を放っているのは王立騎士団長のガイアスだろう。
背にもつ漆黒の大鎌があまりにも威圧的だ。
「……やあ、君か。昨日はすまなかった。あの後、本部長の気分が優れないご様子だったのだが、なにかあったのかね」
俺の視線に気付いたガイアスは声を掛けてくる。
一瞬警戒したが、俺の秘密に気付いたわけではなさそうだ。
「いいえ、なにも。本部長もお年ですからね。かつての伝説の重戦士も『寄る年波には勝てない』ということなのではないでしょうか」
「はは、言うね、君も。その余裕は我ら王立騎士団も見習わなければな。いや、少し気になったから声を掛けてみたのだ。お互いにベストを尽くそう。……死ぬんじゃないぞ、青年」
そう言ったガイアスは大きな手を俺の前に差し出した。
俺はそれに応え、右腕を出す。
お互いに握手を交わした瞬間、ガイアスが眉を潜める。
「随分と冷たい手だな。今年はまだ、そこまで冷え込む日は少ないと思ったが」
「はい。よく言われます。でも、手が冷たい人間は心が温かいともいいます」
そう言い笑顔で手を離す。
俺の言葉に笑ったガイアスは、フィメル達に目配せをし、その場を去っていった。
「……なにが『手が冷たい人間は心が温かい』だ」
「何か言ったか、アーリア」
「いいえ」
俺の言葉にアーリアは即答する。
が、顔はそっぽを向いたままだ。
反抗心が強いのは構わないが、今この場で【性的快感】の魔法を発動してやろうか。
恥をかくのはお前自身なのだがな。
「なんだかドキドキしてきましたねぇ……! ゼシカちゃん! お菓子の準備は万端ですよぅ!」
「いや……別に私、お菓子を用意してくれとか頼んでないし……。というか遠足じゃないんだから……」
はしゃぐリリィに対し溜息を吐いたゼシカ。
「ジル。男は俺とお前の2人だけだからな。こいつらに何かあったら、俺達が盾となるんだぞ」
「……白々しいことを。いつか見ていろよ……」
俺の言葉に毒を吐いたジル。
奴の言葉に皆は首を傾げるばかりだ。
俺は笑いを噛み殺し、フィメルに向き直る。
俺の表情から察したのか。
フィメルは先回りし、こう答えた。
「生徒らの武器の手入れは大丈夫です。もちろん、クレル先生の分も」
脇に抱えていたケースから、手入れしたばかりの武器を取り出したフィメル。
リリィの双刃剣。
ゼシカの短拳剣。
ジルの黒曜剣。
アーリアの銀絶鎖
そして、俺の曲刀。
それらを一人一人に手渡していく。
「そういえばフィメル先生って武器は持たないんですか?」
フィメル以外、全員に行き渡った武器を見回し、ゼシカが質問する。
確かに彼女が武器を構えた姿を見たことがない。
「ふふ、そんなことはないですよ。私は策略師ですからね。武器も目立たないものにしているのですよ」
そう答えたフィメルはそっとスカートの裾を捲った。
そこにはガーターベルトのようなもので固定された暗器が――。
「ちょ、ちょっとフィメル先生! こんなところでそんなにスカートを捲り上げたら……!」
「あ……」
ゼシカに指摘され、慌ててスカートを戻したフィメル。
そして顔を真っ赤にさせ周囲を見回している。
当然、会場に残っていた戦士達の視線はフィメルに注がれている。
「大人! フィメル先生格好いい! パンツも黒!」
「ちょっとリリィちゃん!! あわわ……!」
俺に助けを求めるように手を握ったフィメル。
しかし、俺にどうしろと。
「……行きましょう、ジル。付き合っていられないわ」
「そうだな」
頭を抱えたアーリアとジルは先に会場を出ていってしまった。
徐々に俺達の周りに人だかりが出来はじめた。
溜息を吐いた俺は、今しがた受け取った曲刀を抜き、上空に構える。
「《閃光》」
曲刀から強烈な光が上空に向かい一直線に昇る。
光に反射した氷の結晶は、会場にいる人だかりの目を一瞬だけ眩ませた。
その隙に俺はフィメルとゼシカ、リリィの背中を押し、逃げるように会場から抜け出した。
「眩しい! 目がチカチカしますぅ!」
「ちょっとクレル先生! お尻を触らないでよ!」
「ありがとうございますクレル先生……! うう……。パンティ……見られちゃいました……」
騒然としている会場を抜け、アーリアとジルに追いついた俺達は、その足で要塞都市を出発することにした。
目的のアービット鉱山は、ここから約半日ほど歩いた場所にある、要塞都市から最も近い鉱山だ。
《竜玉石》が大量に採掘されるその鉱山には、当然巨龍種が住み着いている。
だからこそ、ここバトランドは『要塞都市』などという異名を持つほど強固な外壁で覆われているのだが――。
「でも、5匹の巨龍種かぁ。今まで、そんなに一度に出現したことなんてないんでしょう?」
門を潜り抜けたあたりでゼシカが俺に質問してくる。
彼女の言うとおり、採掘事業が始まってから数十年、巨龍種が同時出現したという報告はない。
それが、一気に5体――。
鉱山に何かが起きていると考えるほうが自然だろう。
「ないな。突然、鉱山の最深部から湧き出してきたそうだ。そのときにいた鉱夫も警備兵も、全員奴らに喰われたそうだがな」
「ひいぃ!」
俺の説明に悲鳴をあげたリリィ。
「……人は生きるために『技』を磨き、他を退いてきた。巨龍種のいる鉱山だって、元々は彼らの土地だったわけでしょう? 今でも私達は彼らの墓を荒らしているのだもの。当然の報いだわ」
冷めた言葉でそう呟いたアーリア。
その言葉にゼシカが興味津々な様子で食いつく。
「墓? アービット鉱山って巨龍種のお墓なの?」
「……貴女ねぇ、今までなにを勉強してきたのよ。《竜玉石》は天寿を全うした巨龍種の遺体が結晶化して出来た原石でしょう」
「う……。そ……そうだった、かな? ははは……」
鋭い視線を向けたアーリアにたじろぐゼシカ。
恐らく今までも歴史の授業は居眠りでもしていたのだろう。
俺の授業のときでも寝ているくらいだからな。
いつも強制的に起こしてはいるが。
「しかし『技』の普及のお陰で、僕らは今、こうやって生きている。……あの悪魔の災厄が『技』の起源だとは考えたくもないけどね」
そう呟いたジルは俺に視線を向けた。
悪魔の災厄――。
それが『魔法使い』を指していることは、この世界の人間だったら誰もが知ることだ。
『技』と『魔法』。
この2つの鬩ぎ合いが、今のこの世界を創ったとは皮肉な話だ。
『魔法』は廃れ、伝説と化し。
『技』は普及し、世界になくてはならないものとなった。
俺はいずれ、この秩序を崩壊させる。
『魔法』がこの世界を支配し、『技』が禁忌となる世界を目指すのだ。
――たとえそれが、この世の全てを壊すことになったとしても。
第三章 世界を壊す悪魔 fin




