033 炎の魔法使い
ギザベラに促され扉の先へと進むと、広い部屋に2人の大男の姿が見えた。
1人は街の入り口で見かけた王立騎士団の男。
背にはアーシェに加工させた大鎌を背負っている。
そして椅子に座る大男。
奴がこのギルド本部の本部長――デウス・オーザーランドか。
「本部長。支部から《巨龍種》討伐の応援部隊がいらっしゃいました」
まずはギザベラが俺達を紹介する。
眉を潜め、まるで品定めでもするかのように一人一人に視線を向けるデウス。
「……応援部隊ということは、レグザの使者なのだろう? 何故、女子供ばかりなのだ?」
「さあ? 私にも分かりかねます。くっくっく……」
デウスの言葉に特徴的な含み笑いで返したギザベラ。
その様子に余計に不機嫌な表情になったデウス。
溜息を吐いた俺は説明をしようと一歩前へと歩み出たが――。
「お言葉ですが、本部長どの。『強さ』に女や子供は関係ないのではないでしょうか」
一部始終を黙って聞いていた白銀の騎士が間に割って入ってきた。
「これはこれは、ガイアス騎士団長ともあろうお方が、女の色香に騙されようとは……。どの子が好みなのですか? くっくっく……」
「……俺は下品な話は好かんのだがな。ギザベラ諜報部長」
横で笑うギザベラに睨みを利かせる男。
やはり王立騎士団の団長だったか。
アーシェの紋章師としての腕は、もはや世界に通用するレベルということなのだろう。
「もういい。お前らは下がれ。……貴様が代表者か、若いの」
不機嫌を隠そうともせず、俺に鋭い視線を向けたデウス。
意図を汲んだ俺は後ろを振り返り、フィメルに声をかける。
「フィメル先生は生徒を連れて、先に宿に戻っていてください。本部長と話が済んだら、俺も戻りますから」
「……分かりました」
真剣な面持ちでそう答えたフィメルは、4人の生徒と共に部屋を後にした。
それに続きギザベラとガイアスも部屋を後にする。
広い部屋に残されたのは俺と、このデウスだけだ。
そして、しばらくは無言の時間が流れる。
「……レグザはな。俺の元で10年も働いた斧破士だ。奴に支部を任せたのは、今でも間違いではなかったと確信している」
沈黙を破り、ぽつりぽつりと話し始めたデウス。
俺は黙って言葉の続きを待つ。
「妹のアーシェも、兄貴想いのいい子でな。俺は女子供は好かんが、あの子は才能に満ち溢れている。レグザが家業の紋章店を継がせたのも、絶対の信頼を寄せてのことだ」
そこまで言ったデウスは立ち上がり、俺を見下ろす。
首2つ分は俺よりも背が高い。
現役時代は泣く子も黙る冒険者だったのだろう。
『重戦士デウス・オーザーランド』といえば、知らぬ者など誰もいないのだから。
「……貴様は、何だ?」
急に周囲の空気が変わった気がした。
――やはり、そうか。
そんな気はしていた。
「……くく……くくくく……」
声を殺し、俺は笑う。
アーシェですら、俺のもつ曲刀を持った瞬間、俺の正体に気付いたのだ。
今、目の前にいるのはかつての伝説の重戦士であり、ギルド本部長――。
「……悪魔か」
殺気を抑えようともせず、デウスは大剣に手を掛けた。
ここでやり合うつもりなのだろうか?
だから生徒や部下らを退室させた?
「くく……。本部長どのは、気付いていらっしゃるのですよね? 俺が『魔法使い』だということを。だとしたら、この時点で敗北は決定していると思うのですが」
俺は余裕の笑みを浮かべる。
そして、沈黙――。
デウスは何も答えず、ただ俺を睨むばかり。
「……100年だ」
ふう、と息を吐き、剣を収めたデウス。
そしてそのまま椅子に腰を降ろした。
俺は氷の笑みを浮かべたまま、机に腰をかける。
そしてデウスの話の続きに耳を傾けた。
「100年前に突如現れた『魔法使い』――。炎に身を包んだ悪魔は、世界の5分の1を消失させた。それ以前にも時代の節目には必ず起こる『災厄』――。……貴様らの目的は、一体何なのだ?」
デウスが言っているのは100年前に出現した『炎の魔法使い』のことだろう。
当時の王立騎士団はほぼ壊滅。
そのときに立ち上がったのがこの『ギルド』だと聞いている。
「目的? そんなものは決まっている。この世界を手中に収めること――。それ以外に、何があるというのだ」
足を組み、馬鹿にしたような口調でそう答える。
眉を吊り上げたデウスだったが、反抗の意思は感じられない。
もう覚悟が決まっているとは、さすがはギルド本部長だな。
歴然とした『力の差』を理解しているのだろう。
「……そうか。それで本部にまで出向いてきて、俺を殺しにきたというわけか。殺るのであれば、さっさとしてくれ。もう、十分に生きた。思い残すことは何もない」
目を瞑り、大きく息を吐いたデウス。
奴の言うとおり、抵抗するのであれば殺すつもりではあった。
しかし、俺の目的は別のところにある。
俺は人差し指を立て、デウスの額に当てた。
氷の結晶が眼窩から体内に侵入し、脳へと到達する。
そして俺はそっと人差し指を離した。
「……? 何をしている? 殺すのではないのか?」
死を覚悟していたデウスは、閉じていた目をゆっくりと開けた。
俺の行動の意味が理解できないらしい。
「殺すさ。だが、まだ先の話だ。今、お前の脳に『氷の結晶』を送り込んだ。俺の正体を他者にばらそうとしたり、俺に逆らおうとしたらすぐにでもあの世にいけるぞ」
机から降りた俺は、デウスに背を向ける。
そしてそのまま部屋を出ようと扉まで向かう。
「……何を企んでいる? お前は、一体……?」
扉に手をかける直前に足を止め、振り返る。
そして俺は奴に一言、こう言った。
「俺は今までの『魔法使い』とは違う。力を隠し、成り上がる。俺の力で、世界を手に入れてみせる。――それだけだ」
奴の返答を聞くまでもなく、俺は部屋を後にした。




