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俺は氷魔法で世界を手中に収める  作者: 木原ゆう
第一章 覚醒してゆく才能
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009 時間の逆行

 どれくらい時間が経ったのだろう。

 もう日が傾きかけている。


 俺の目の前には憔悴しきったグラッドとギルドの同僚達が、地面に膝を突き、肩で息をしている。

 グラッドの劣勢に途中から参戦してきたギルドのメンバー達。

 多数に無勢。

 こいつらはデュエルのルールを守ることすら出来ないクズ達だ。


「一体どうなっていやがる……! 何故俺達の攻撃が効かないんだ……!」


 同僚の1人が悔しそうにそう叫ぶ。

 

 多人数に対する『魔法ディザ・ベル』の検証はまだだったため、俺にとっては好都合な戦いだった。

 問題は奴らの攻撃を受けた際に、どう対処するかだった。

 傷を負った身体が氷の結晶に覆われ、急速に蘇生をしてしまっては化物扱いをされてしまう。

 決して知られてはならない俺の秘密――。

 いかに効率良く立ち回り、ダメージを最小限に食い止めるかが最大の課題だった。


 俺は自身の脳に氷の結晶を幾重にも張り巡らせた。

 云わば即席の『神経回路』だ。

 これにより反応速度を飛躍的に高め、奴らの攻撃を紙一重でかわし続けた。


 しかし相手はこのギルドのメンバー達だ。

 各々が得意とする戦闘用の『技』を当然の如く身につけている。

 一番厄介だったのが、弓撃士アーチャーであるレック。

 奴が後方から放つ神速の矢を、全てかわし切ることは非常に困難だ。


 だから俺はすぐにレックに狙いを定めた。

 奴らの攻撃を掻い潜り、一瞬の隙を突き『氷の魔法アイス・ディザ・ベル』を発動した。

 レックの脳に入り込んだ氷の結晶は俺の命令を伝達する。

 『わざと攻撃を外すように』、と――。


「ぐっ……! こんな屈辱は初めてだ……! くそが……!」


 ふらふらになりながら立ち上がるグラッド。

 もう『技』の力はとっくに底を突いているのだろう。

 ロングソードに刻まれた紋章の光が消えかかっている。

 精神力と体力が極限まで消耗された証拠だ。


「まだやるのか? 俺は構わないが」


 曲刀シミターを前に突き出しそう言い放つ。

 その瞬間、グラッドと同僚達の表情が凍り付いた。

 良いぞ、その表情かおだ。

 圧倒的な力の差を見せ付けられた者の表情――。

 俺の心の中に優越感が湧きあがる。

 

 満足した俺は曲刀シミターを鞘に収め、奴らに背を向けた。

 お遊びはこれぐらいにしておこう。

 それなりに能力の検証も出来たし、収穫はあった。

 奴らも今後、俺に対する態度を改めるだろう。

 もしも変わらなかったら、そのときは――。


 俺はもう一度曲刀シミターを抜き、天に翳す。

 輝きを増した紋章から凄まじい光が発し、空に向かい一直線に閃光が舞った。

 雲を切り裂き、天へと向かう光。

 あまりの光景に声を失い、戦意を喪失したグラッド達。


 俺は振り返り、グラッドに向かいこう言い放った。


「約束どうり、報告書は1人で片付けるんだぞ。グラッド」





 ギルドに戻り手際よく仕事を片付けていく。

 恐らくこういった雑用をするのは今日で最後だろう。

 今後はグラッド達にやらせればいい。

 俺の実力が世間に広まれば、次々とギルドの依頼が舞い込んでくるはずだ。

 それらを確実にこなしていき、徐々に信頼を得ていく。

 そしてゆくゆくはギルドを背負って立つ男になる――。


 しばらくしたらレグザにはギルド長を引退してもらおう。

 奴が長年培ってきた本部とのパイプも全て俺が引き継ぐ。

 そうして成り上がった俺は、『魔法ディザ・ベル』の力だけではなく、権力も手中に収めてやる――。


(そういえばレグザはまだ来ていないな……。きりがいいし、奴の家に寄ってみるか……)


 レグザにはまだ『魔法ディザ・ベル』を掛けたままだ。

 もしかしたら何か副作用でもおきたのかも知れない。

 ブッカやミリアの時は、魔法を解いた瞬間に『気絶』という副作用が起きた。

 最小限に威力を留めたはずだが、もしもということもある。


 俺は手元の書類を片付け、ギルドを出発した。





 中央通りを抜け、テレミウス家の屋敷を素通りする。

 そのまま街の東門近くまで進み、手前の緩やかな坂を北に上っていく。

 レグザの実家は先祖代々続く『紋章店』を経営している。

 家を継ぐことをよしとしなかったレグザは妹に経営を任せ、自身は武の道を極めるために旅に出たのだという。

 そうして武勲を挙げ、今ではこの街でギルドを創設しギルド長として就任している。

 酒に酔っ払ったレグザがいつも上機嫌で話してくる自慢話だ。


 ブラスタル紋章店を覗くと、レグザの妹のアーシェが筆を片手に仕事をしているのが見えた。

 紋章師エンブレイマーである彼女は遠くの街から注文がくるほどの腕前だ。

 俺は店の裏手に回り、レグザの住んでいる離れへと向かう。


 玄関をノックし返事を待つが何も応答がない。

 一旦、店に戻ってアーシェに声を掛けようかとも思ったが、俺は思い直し『魔法ディザ・ベル』を発動する。

 鍵型の小さな氷柱つららを具現化した俺は扉の錠に差し込み、回す。

 カチャリと音を立て、難なく扉が開いた。


「レグザ……? いないのか……?」


 家にあがり薄暗い室内を見回す。

 俺の足音以外に物音は一切しない。

 だが、気配を感じる。

 俺は寝室の扉を開いた。


 そこに、レグザがいた。

 ベッドの上で目を瞑り、横たわっている。


「まさか……」


 俺は手を伸ばしレグザの首筋に当てた。

 ――驚くほど冷たい。

 いや、冷たいという表現は間違っている。

 これは凍っている・・・・・のだ。

 レグザは凍結してしまっている――。

 当然、脈はない。

 俺は手を離し、思案する。


 どう考えてもこれは『氷の魔法アイス・ディザ・ベル』の副作用だ。

 あれだけ弱めた魔法でも、一晩中掛け続けてしまえば死に至るということか。

 もしそうならば、シイラも明日には凍結して死んでしまうことになる。

 なるべく俺の周りで死人は出したくない。

 万が一死者を出してしまっても、街の住人全員の記憶を消せば済むかもしれないが、それは非常に面倒だ。


 ――何か策はないか?

 『魔法ディザ・ベル』の力で死者を蘇らせることは可能か――?

 俺の脳内にある『説明書』は可能だと答える。


「……確かヴィゼンド洞窟で大眠兎スリーピィラピッドを狩ったとき……」


 そうだ。

 あの時、大眠兎は空中で・・・凍ったのだ・・・・・

 ということは『氷の魔法アイス・ディザ・ベル』は時間に・・・干渉出来る・・・・・ということ。

 つまり――。


 俺は右手をレグザの遺体に翳す。

 脳内の『説明書』を読み解き、力を解放していく。

 俺の掌から放たれた氷の微粒子がレグザの身体全体を覆っていく。

 時間を・・・遡る・・――。

 魔法の副作用が生じ、凍結してしまう直前まで――。


 徐々にレグザの肌の色が赤み掛かっていく。

 そしてうっすらと目を開け、俺に視線を向けた。


「……成功か」


 俺はそのままレグザに掛かっていた『魔法ディザ・ベル』を解除する。

 大きく伸びをしたレグザは首を鳴らし怪訝な表情で俺を見る。


「ああ? 何でクレルが俺の部屋にいるんだ? ……というか、なんでこんなに身体がダリぃんだ?」 


「風邪でも引いたんじゃないか? 声を掛けても返事がなかったから勝手に上がらせてもらったんだ。もう皆は戻ってきているぞ」


「あー、それで呼びにきたのか。だが、おかしいな……。昨日、お前と会ってからの記憶が無いんだが……」


「ブランデーを飲んでいたからな。飲み過ぎて記憶がおかしくなっているんじゃないか?」


「……そうか。まあ、きっとそうなんだろうな」


 しきりに首を傾げるレグザ。

 この様子ならば再び魔法を掛けて命令をする必要も無いだろう。

 

 俺はそのまま軽く雑談し、部屋を後にした。


(後はシイラの方か……。あいつのことだ。命令を解除したらすぐにでも俺に歯向かってくるだろう。さて、どうしたものか……)


 辱めを受けた屈辱を、彼女はどう報復しようとするのだろう。

 まさかミリアに手を出すことはないだろうが、相手はあのレイノルム家の令嬢だ。

 今までに何度も衰退の危機を迎え、その度に持ち直してきた伝統ある家柄。

 当然、テレミウス家に擦り寄ってきたのにも理由わけがあるはず――。


 彼女の記憶を消すか。

 それとも、俺の玩具おもちゃとしてこれからも傍らに置いておくか――。



 緩やかな坂を下りながら、屋敷に着くまで俺は思案し続けたのだった。















第一章 覚醒してゆく才能 fin.



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