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邂逅


「俺の力は、雷を操る力。呼び寄せたり、剣に宿したりとか出来るんだ。鉄製の武器とと割と相性がいいから軍に入る前はちょこちょこと使っていたんだよ」


 ファーケウスの説明をフィーディとヴィクトリアは熱心に聞いていた。もう夜中なのに、だ。



 一向はあの魔物との戦いの後宿に戻り一泊し、早朝出発しようとした時に現れた行商人がヴェル達を西の休憩所で会ったと言っていたので早速馬に乗って出発した。

 エルダのお陰かエイルマー部隊のお陰か簡易的だが橋は出来ていたので早速使って西へと駆ける。エイルマー部隊はこのまま橋を完全に修復するまで留まるらしいが、機をみてエトレーに赴任する兵士を少人数ずつ送るそうだ。

 イアマ村の西、レイテ川を越え更に西へ向かう一行は最初の休憩所を通り過ぎ、更に西へ4日かけて走り抜ける。この頃になるとフィーディの馬上睡眠術も大したもので、相変わらず馬に身体を預けるように凭れ掛かるが落馬することはなかった。


 そして見えた2つ目の簡素な小屋のような休憩所で漸く一晩休もうと椅子やベンチにそれぞれ腰を下ろし、毛布と火の準備をし見張りのエルダを残して皆眠る、はずだったのだが。2人は眠る気配は見せずファーケウスの話に夢中だった。

あの宿ではファーケウスの疲労が相当なものだったらしくベッドに倒れこんだと同時に眠ってしまって結局力のことについて聞きそびれていたのだ。


「紋様はここ。額。見つかると煩いから、前髪で隠してるんだよ。……あと力を使うたびに、この紋様近くから髪が金になってきてる気がするんだよな」


 いつも眉にかかっているほどの前髪をさらりと横に分けてファーケウスは額を見せるとその紋様は額の中央にあった。それは文字なのか紋章なのかよくわからない。文字であったとしても、今使われているものとは違うので意味もさっぱりわかならい。


「……そう言えば金メッシュの部分が広くなってる気がしますね。」

「やっぱりそうか。……将軍、私の素性は言っても?」

「お前が信用に値する人間なら言えばいいよ」

「……まぁ、いいか。俺はな、とある貴族に捨てられた忌み子だ。母も一緒に追い出されて、俺はウェディ村のもっと北の方にある町で育った。だから、俺に姓名は無い。名乗るとややこしいことになるからな。」

「ややこしいこと?」

「きっと俺達を捨てた父親は生きているだろう。もし、俺の名だけならば偶然出会った時にかつて捨てた子と同名なのか、くらいの認識で済むが、母の姓名まで名乗れば確信に繋がるだろう?こいつはかつて自分が捨てた忌み子であると。

忌み子が城で働いてるなんて他のやつらに言い触らされたら俺は軍に居れなくなってしまう。だから俺は姓名は名乗らない事にしてるのさ。」

「ああ、そうか。貴族だから……」

「そう。なんとまぁ、面倒な迷信というか伝統というか。俺の場合は避雷針になるだけで他は普通の人と変わらないんだがね。」


 苦笑を浮かべて肩を竦めるファーケウス。旅に出る前に貴族の常識を垣間見ていたヴィクトリアは複雑そうな表情を浮かべていた。

一方フィーディは小さなメモ帳を荷物からメモを取り出して質問し始めた。


「ふむ、となると生まれつき雷の魔法を使える以外は人間となんら変わらないと……」

「ああ。」

「額の紋様、もう一度見せていただいても?」

「ほれ」

「……魔道書の文字との関連性は見当たらない……けど僅かに似ている部分もある…う~~ん、これは新発見だ。この紋様が雷に関連する文字か紋章かは確実ということだな…なるほどなるほど。城に戻ったら雷系魔法の魔道書を早速探してみよう…!」

「文字とか調べるのはいいが、俺の事は他言無用で頼むよフィーディ」

「勿論。俺もヴィクトリアも魔法の力が宿ってようがなんだろうが差別することはありませんし、フィーディ中佐を陥れようとか欠片も思っていませんのでご安心を!」

「そりゃあ、ありがたい宣言だな。」


 けらけらと乾いた笑いを浮かべてファーケウスは肩を揺らすと窓ガラスの外の明るい月を見上げた。その視線はどこか物悲しげで、フィーディの言葉をそのまま信用していないような。


 彼は全てをそのまま信じることが出来ない。生まれの所為もあるかもしれないが、そうなってしまった。恐らくフィーディは本心から言った言葉なのだろうが、彼にはどうしてもそのまま受け取れない。

自分自身でそのひねくれ具合を内心皮肉って、ため息をついた。真っ直ぐに生きているこの兄妹が、羨ましく思えた。


「そろそろ寝な。明日からはエトレーに着くまで野営はさせないつもりだからね」

「えぇ!?」

「何よ兄さんはいつも馬の上で寝てるくせに~。」

「体力バカのお前と一緒にしないでくれ」

「はぁ?男の癖に腕相撲で妹に負ける兄さんも兄さんでしょ!このもやし!」


 口喧嘩している兄妹は暫くは煩かったもののやはり疲労が溜まっていたのだろう、フィーディは妹が横になって眠るベンチの隣の椅子に座って眠りについた。

なんだかんだ言いつつも、フィーディは妹思いだ。こうやって横になれる場所がひとつしか無い時など自分は寝ずに妹に譲る。


 エルダは備え付けの小さな暖炉の火と小屋の扉を視界にいれられるポジションに椅子を持って来て、そこに座り毛布を肩からかけて見張りに徹する。ファーケウスはエルダの近くに椅子を持って来ていつでも剣が抜けるように剣を椅子の足に立てかけてた。

小屋の中には暖炉の火と薪が燃えてパチっと割れた音、そして健やかな寝息が聞こえる。




「……あの話をしたのは私とオーエン以外初めてだな。」

「……そうですね。まぁ言う機会もそんなありませんしね。」

「未だ貴族が憎いか?」

「ええ。……ですがかつてのように貴女を殺そうとはもう思いませんよ。憎む対象が、'貴族という枠組み'そのものから'偏見を持つ貴族'という個人に変わっただけです」

「ハハ、そうか。あの時は大変だったなぁ。」

「よくそんな呑気に思い出せますねぇ命狙われたってのに。」


 2人は小声で懐かしみながら語りだす。それは、ファーケウスが軍に入るきっかけになった件のこと。


 エルダが軍団長に就任してすぐにそれは起こった。エルダが城の廊下を歩いている所に顔を隠しマントで身を包んだ不審者が襲撃してきたのだ。

エルダの喉元を狙う不審者の片手剣を、オーエンが払いのけ打ち負かした所でひっ捕らえたその不審者こそがファーケウスだった。

 当時、ファーケウスは自分と母を追いやったこの国の貴族が憎くて仕方なかった。貴族を皆殺しにしてやるつもりだった。

その為に兵士として志願し内部に潜入して暗殺でもするつもりだったのだが、最初に選んだのが運悪くもエルダだったのだ。その後処罰が下されるかと思いきや、何を土地狂ったのかエルダはファーケウスを配下に加えると言う。

周りの反対を押し切りファーケウスを部下にしたエルダはオーエンとペアを組ませてそれはそれは厳しい鍛錬の日々を課したそうな。


「本当、あの時から結局今の今まで一勝も出来ずじまいで……」

「ハハ、のびしろは充分あるんだから焦ることは無いよ。」

「ちょっとババくさいですよ今の発言」

「ほう。28の私を、24のお前がババァと言う?どの口で?」


 暗闇に見えた鋭い氷の視線にファーケウスはしまったとふるふる首を横に振る。


「いえ、なんでもないです。本当になんでもないです」

「よろしい。……ほらあんたも早く寝な。今日は私が見張り当番だからな」


 エルダはそう言って背もたれに深く腰掛けた。ファーケウスも頷くと毛布に包まって、目を閉じた。

月はエルダの懐古の思いと共にゆっくりと沈んでいく。暖炉の火と、窓から見える月明かりと夜の闇をただじっと眺めながら、エルダは時をも越えた遠く遠くの何処かへ、思いを馳せていた。

 夜は、まだ明ける気配はしない。



****



 天気に恵まれた一行はあの休憩所から4日かけて東の国の一番西にある町、エトレーに辿りついた。一向は町に着く頃にはもう既に日は暮れかかっており、早速厩舎のある宿を取り馬達を置いてから男女別、二手に分かれて夜には宿で落ち合おうと決めて情報収集に向かう。(今回はフィーディも一緒に行くそうだ。)

 エトレーは東の国の中でも大きな部類の町になる。10年前のセントコーリスの戦いが起きた時、1500もの西の軍勢をこの町に居たたった100の兵士がその身を持って防いでからというものの、今ではその時と比べ物にならない程この町は施設や規模など強化されていた。時折吹く西からの風に多く砂が混じっているそうだから特にエトレーの町の民家やお店の壁は厚い。

 町の西には大きな城壁のような壁が門となり西からの脅威に備え、交易商が多いのか色んなものが町に溢れかえっている。最近は町周辺によく遺跡が見つかるとかでトレマーも多くなり賑わっているという。

 町の真ん中にある広場にはその100の兵士の為の墓碑があった。エルダはそこで足を止め、その墓碑を眺めた。


「……」

「エルダ将軍?」

「この墓碑、同じようなものが城にあるのを知っているかい?」

「はい!訓練場の奥まった場所にありましたね。なんでもこの勇敢な100人の兵士にあやかっていると聞いてますが」

「お、知ってたのか。……実はこの墓碑に刻まれた名前の中に、私の兄がいるんだよ。」

「え?!エルダ将軍、ご兄弟がいたんですか?」

「ああ。歳の離れた……確か10は違ってたかな、兄が1人ね。」


 墓碑に近づき黒い岩肌をそっとエルダは撫でた。その指先に戦死者の名前が触れる。


「兄が軍に入るまではよく遊んでいたものだよ。私は10歳にも満たなかったからはっきりと顔を覚えているわけではないけれど……。あの馬鹿は名家という重圧を1人で背負っていって、死んじまった。」


 1人1人の名前にゆっくりと指先で触れてその名前を視界に入れながら淡々と語るエルダ。ヴィクトリアはその背中に、なんと声をかければいいのかわからない。


「兄の訃報を聞いたのは18の時。名誉の戦死だと書かれていたよ。………フン、何が名誉だ。生きて帰ってこなきゃそんなもん土くれよりも役に立たないのに。

当時私は兄に憧れて軍に所属していて、まだ一般兵の時だった。一緒に修練していた同期も私も一兵卒として戦場に駆り出されれば駒のように死に、家族に届くのは'不名誉な訃報'の手紙一枚。それが当たり前かもしれないが、……いてもたってもいられなくてね。この軍を変えてやろうと思ったわけさ。誰も死なない軍にしてやろうってね。」

「それが、前軍団長から軍団長の座を勝ち取った理由……」

「団長になってから気付いたよ。軍や騎士団ですら、腐っていることに。前軍団長は賄賂やら他にも諸々の罪状があって真っ黒だったからすぐに牢屋へ退場してもらったよ。

……私が鍛錬を厳しくするのは、死なせない為。戦場で死なないよう強く鍛え上げてから送り出す為。こんな墓碑、私が軍団長である間は一つも立てさせやしない。」


 指先がある1人の名前に触れるとそこで止まった。そこに掘られていた名前は、


「それが兄への……ヴェルトラウ・クォツ・クリークスへの弔いになるんじゃないかってね。兵士は駒じゃない。1人の人なんだと気付かせてくれた礼と、家は私がいるから大丈夫だっていうのを見せてやらないとな。」

「……きっとお兄さんもみてますよ、エルダ将軍の活躍。逞しくなったな~って笑ってるんじゃないですかね」

「逞しすぎて逃げちまうかもな。ハッハッハ!」


 しんみりとした空気を吹き飛ばすように豪快にエルダは笑うと墓碑から離れて再び歩き出す。いつもエルダの後ろを付いて歩いていたヴィクトリアだが、今はちょいちょいと彼女に手招きされ隣に並んで歩く。


「さっきの話は秘密で頼むよ」

「え?」

「私に兄が居るという事。知っているのはオーエンとファーケウス、あとは騎士団長のシルヴァムくらいなんだ。」

「あ!もしかして将軍の禁句って」

「そう、兄のことだよ。昔のことを根掘り葉掘り聞かれるのも嫌いだし、ぐじぐじ過去のことばかり言うやつも大嫌いなんだ」

「わかりました!女子の秘密ですね」

「女子か……聞きなれない言葉だよ…」

「?」

「フフ。ああ、女子の秘密だ。」


 今になって女子と呼ばれて嬉しかったなんて将軍は口が裂けてもいえないのである。2人は顔を合わせて笑いあう。笑った時に見せた表情は、可愛らしいの女子の笑顔に見えた。


 そして2人はまず町長であるハリヨン卿の邸宅へと向かう。この町を治めるハリヨン卿は今まで訪れたナディ村やイアマ村の村長とは違い、貴族であり、この地域一体を治めていると言っても過言ではない。

貴族には何かと礼儀を通しておかないと後々面倒な事をちくちく言われかねないから、とエルダの言葉に従いご挨拶に向かうのだ。緩やかなレンガ畳の坂を上り見えてきたのは大きな鉄の門に、その両脇には門番。


「我が名はエルダ・ライ・クリークス。軍団長である。町長のハリヨン卿にお目通り願いたい。」

「エ、エルダ軍団長?!一応お尋ねしますが、何のご用件でしょうか?」

「機密だ。」

「ハッ、出すぎた真似をして申し訳ありません!只今ハリヨン侯爵にお伝えしてまいります!」


 銀の鎧をがちゃがちゃ鳴らしながら門番の内1人が邸宅へと走っていく。そして数分後戻ってきた。 


「どうぞ中へお入りください!広間にある階段を上がって頂いて、中央の扉がハリヨン侯爵の執務室になっております」

「わかった。……礼を言うぞ」


 1人の門番が道順を説明している間にもう1人が門を開ける。堂々とエルダが入っていく後に続いて、ヴィクトリアも庭に足を踏み入れた。

綺麗に整えられた庭の植え込みと花壇を見ている間にもエルダ将軍はぐんぐんと進んでしまうので慌ててヴィクトリアも早歩きで付いて行く。

 両扉を開いて邸宅へと入れば床に絨毯は引かれ壁には絵画が飾ってあったりと見るからに金持ちの家というのがありありと伝わってくる内装だとヴィクトリアは思った。

先程の門番に言われた通り、広間の階段を上がり中央の扉の前までくればコンコン、とノックをし失礼する、とエルダが一声かけてから入室すると、茶色い執務机で書類を書いていた白髪の老人がこちらを見たあと立ち上がり、歩み寄ってきた。


「ハリヨン侯爵。急な来訪、申し訳ない。」

「おおエルダ軍団長殿!久しいですなぁ!此度は、何用でエトレーへ?」

「今機密である者を追っているのだが、この町近くに潜伏しているようでな…その情報収集をこの町でさせてもらいたいのだ。断りもいれずにこそこそと嗅ぎ回るのは卿に失敬だと思ってな」

「なるほど、門番が言っていた機密とはその人物のことですか。私の息子でもお手伝いにつけましょうか?」

「いえ、あまり大人数で騒いでは奴に気付かれてしまう。だから許可だけ頂ければそれで。後は部下と私でなんとかします」

「わかりました。協力は惜しみませんので是非なんなりと言ってくだされ」

「感謝するよハリヨン卿……今後もよろしく頼む」

「いえいえこちらこそ。毎年優秀な軍人さんを派遣して頂いているのでとても感謝しておるのですよ。エルダ殿が軍団長になってからというものの軍人達の士気も質も良い。安心して町を任せられる」

「そう言って頂けるとこちらとしても嬉しい限りだ。今後も精進します。……では、これにて失礼します」

「ああ、そういえば宿は取っておられるかな?まだならば是非我が邸宅で、」

「いえ、お気遣い感謝しますが、そこまでお世話になるわけにはいきません。それにもう宿は取っておりますので。」

「では夕飯ぐらいご馳走させてくれ。折角エトレーまで遥々来られたのだ、美味しいものでも食べていったらどうかね」

「……ご馳走になりたいのは山々なんだが、誠に申し訳ない。今は一刻の猶予も惜しいんだ」

「そうですか、それは残念です……。では今度、次は観光でもしに来てくださいな」

「ええ。その時はお世話になろうと思います。……では、失礼しました」


 一連のやり取りを後ろで見ていたヴィクトリアはぽかんとしていた。いつもよりもエルダ将軍が凛々しく、また礼儀正しく見えたのもあるがこのやり取りには慣れていなかった。

一礼して部屋から退出するエルダに習って慌てて頭を下げて扉を閉め、2人は邸宅を後にした。


「は~、貴族同士のやり取りってあんなに息が詰るんですか?」

「?慣れればそうでもないよ。ああ、さっき話したのがナゴレム・ハリヨン侯爵。この町の町長だよ。」

「優しそうなおじさんでしたね。」

「ああ。まぁ温厚だけど腐っても貴族、その辺は弁えないとね。私も一応軍団長の地位に居る身、それ相応の態度をしないといけない。……さて、私達も情報収集といこうか。」

「はい!」


 星が輝きだした夜空の下、2人は坂道を下りながら人込みへと消えていく。

 一方フィーディとファーケウスはというと、情報といえば酒場、ということで大衆酒場に来ていた。

フィーディからメモを借りてファーケウスは似顔絵を描いて聞き込みをしていた。似顔絵は今までの村で聞いた情報を元にしており、男の方は黒いフードにロングコート、靴は茶のロングブーツで黒い手袋。子供の方も砂色のロングコートだがぼろぼろのようでつぎはぎ、ヘルメットとゴーグルを繋げたようなものを被っているらしい。

 その紙を酒場に居る客に一人ひとり尋ねて回ってみる。


「いやぁ、そんな怪しい奴見てないねぇ。全身黒ずくめで子連れなんて…」

「そうですか……」

「そんな怪しい格好なら役所か詰め所でも行った方がいいんじゃねぇのか?騎士団か軍人さんに話聞かれてると思うぜ」

「それがもう行ってるんですよ二箇所とも。だからこうして聞き込みしてるってわけで。」

「ははぁ~なるほどな。軍人さんも大変だねぇ、不審者追ってわざわざ首都からこんな辺境の地まで」

「まぁ、仕事ですからね。ありがとうございました。」


 八割方聞いたところで収穫は0。やれやれと肩を竦めて酒場を後にし、さて次はと考えた時にふとファーケウスにいい案が。


「そうだ、鍛冶屋に行ってみよう。」

「鍛冶屋ぁ?一体なんで」

「奴ら、城下町でもだったが鉄くずを集めてたんだ。ここでも鉄くずを貰いに鍛冶屋に行っているかもしれない」

「へぇ、鉄くずを。……でも何故?」

「それはまだわからないんだけどね。…さ、善は急げだ。行くぞ」


 2人は街灯の明かりを目印にしながら閉まった店が並ぶ商店街を歩く。今賑わっているのはさっきいた酒場くらいだろう。


「で、でももう夜ですよ?鍛冶屋もお店ですし、もう閉まってるんじゃ……」


 とフィーディの言葉をかき消したのはカーンッ!と何か硬いものが叩きつけられたか床に落ちたかしたような音が静かな商店街に響く。

その音の方へ走ってみればもくもくと煙突から煙が上がる鍛冶屋に着いた。


「……どうやらまだやってるみたいだ。」


 ファーケウスはふふと小さく笑ってフィーディを見遣ってから準備中と書かれた札が下がっている鍛冶屋の扉をノックしてすいませーん、と声をかける。

 暫くして出てきたのは白髪交じりの中年男性。ノースリーブの服から伸びる丸太のように太い腕に額から落ちる玉汗、やはりまだ鍛冶仕事をしていたようだ。


「なんだなんだこんな夜遅くに。客か?」

「いえ、軍の者です。少々お話を伺いたくて。」

「軍ぅ?なんで軍人さんが俺の鍛冶屋に……ああ、練習用の片手剣とかなら昨日納品したぜ?」

「いえ納品物の話ではなくてですね……、このような身なりの2人がこちらへ鉄くずを貰いに来ませんでしたか?」

 

 ファーケウスの視線に慌ててフィーディがポケットからメモを取り出してヴェル達の絵を鍛冶屋の主人に見せる。

そのメモを店主は顎の無精髭を摩りながら唸って見つめるとああ、と一声を上げてから顔を上げた。


「ああ、夕方頃に来たな。失敗作でもなんでもいいから鉄くずをくれって。くれてやったぞ」

「!!大当たりですよファーケウスさん!」

「その2人組み、何処へ行くとか何を作るとか何か言っていませんでしたか?」

「あ~、なんか西とかセントコーリスとかどうのこうの言ってたな……だからやめといた方がいいって俺は言ったぜ」

「…?どうしてですか?」

「どうしてって、今のセントコーリスは人っ子一人、商人もトレマーも傭兵も誰も近づきゃしねぇ。10年前のあれから不気味な噂に陰湿で淀んだ空気、この辺に住んでる奴らなら誰も行こうとしないからな。」


 腕を組ながら言う店主は更に町で噂されていることも教えてくれた。

セントコーリス草原にはあの戦いで死んだ兵士達の霊が夜な夜なさ迷うとか、あの淀んだ空気や晴れない雲はその怨霊や呪いの所為だとかなんとか。


「俺は10年前に見たことあるんだよ、化け物の姿をあの草原でな。だから俺ぁ絶対近寄らないようにしてるね。それをその2人組みにも教えてやったんだよ。旅人みたいだったからな」

「そしたら2人は何か言っていましたか?」

「男の方は笑いながら忠告ありがとうとかそれくらいだな。でもありゃ信じてねぇだろうなぁ……」

「ご協力ありがとうございました」


 ファーケウスは頭を下げ慌てて店を出ていく。フィーディも慌てて頭を下げて後についていくようにして店から出た。


「ファーケウスさん?一体いきなりどうしたんですか!?」

「早くエルダ将軍に知らせないと。このまま西の国に行かれたら、俺達は追えなくなってしまう」

「え?!」

「西の国に東の軍人が乗り込んできたってなったら戦争のきっかけになりかねない。そんな事は望んでいないからな」


 2人が早足で待ち合わせの宿の前まで急いでいると突然パァン!と風船が破裂するような、いやそれよりもっと大きな何かが炸裂したような音が夜空に響く。

この音は先程の鍛冶屋からではない。この音は、町の外……高い壁のそのまた向こう、西のセントコーリスからだろう。

 2人は顔を見合わせ頷き合い、宿のある方角ではなく西へと走り出した。




「ですから試し撃ちはやめてくださいと言っているはずですよ」

「えぇ~、でもやっぱり新作は早く使ってみたいじゃんか」

「駄目なものは駄目です。」


 湿った土が露出する草原に、怪しい2人は居た。草などほとんど生えておらず、空気は重く空は曇っていて暗い。

心なしかどこからか少しだけ腐っているような感じが臭っているような気もする。


「漸く見つけたぞ!!」


 はっとして振り返るそこには、一人の黒髪の少女。ヴィクトリアだった。

実はあの後エルダと二手に分かれて聞き込みをしていたヴィクトリアだったが聞き覚えのある破裂音を聞いて真っ先にやってきたのだ。

彼女はポケットからオレンジのヘアバンドを取り出して長い前髪を一気に後ろへ上げ、後ろで束ねていた髪もキュッと絞めなおす。


「やはり追ってきてたんだな」

「今度は捕まえにじゃない、私があんたをボコボコにしにきた!」

「全く威勢のいいお嬢さんだな……」

「私と戦え盗人!今度こそ、真剣勝負だ!」

「たった一人で挑むとは……本当、感心するよ。君みたいに正々堂々とした子。」

「そんなのどーでもいいでしょ!」

「……では私も君のような戦士を敬して、今度こそ本気でお相手するとしよう。」


 子供を背の後ろに追いやり黒いフードの男は両手の黒い皮手袋を後ろにいた少年へ放り投げ、握り拳を作り腰を僅かに落として構えを取る。

それを見たヴィクトリアもグローブをした拳を何度か握ったり開いたりして感触を確かめながら構えた。

 男の拳は皮手袋を取ったはずにも関わらず、黒かった。いや、あれはそもそも肌なのかすら疑うほど本当に漆黒のように真っ黒なのだ。そこにヴィクトリアは違和感を覚えるが、そこに意識をやっている余裕はない。

フードの奥から時折覗く透明感のある緋色の瞳が、すっとヴィクトリアを射抜く。武者震いのような震えが拳に出ていたが、一つ深呼吸をして落ち着かせる。


 片足を後ろに下げ、その足をバネにヴィクトリアは黒い男、ヴェルへと飛び掛って行く。






to be continued...

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