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魔のもの




 追う相手は子連れだ。軍人のように毎夜夜通し行脚するわけにもいかないだろう。そのハンデはこちらも同じなわけだが、連れているのが子供でない分、少し無理は利く。そしてこちらには馬も居る。

つまり一日遅れで追っていたとしても、何れは追いつけるという事だ。


 馬上で駆けながらエルダはそう説明していたが、聞いていたのはファーケウスとヴィクトリアだけだ。もう1人は馬の鬣と手綱を掴んで上手く寝ている。


 一行はあの後一泊し明朝にナディ村を出立し、二日走っては野営をするというスタンスで草原を駆け抜けていた。時折草原で見かける休憩所を使いつつ、行商人からヴェル達の情報を聞いたりもしながら。

道中地面から突出した岩を眺めながらフィーディは「ああいうのをトレマー達は目ざとく見つけては、周辺の遺跡を見つけるんだと。この辺の岩とかは遺跡の壁の一部なんじゃないかとか諸説いわれてるらしい。」などと遺跡の解説をしていたが聞いていたのは隣で駆ける妹と、馬だけだったとか。


 ヴィクトリアは今まで見たことがなかった城下町の外の、さらに外に出られていて目に映る光景を焼き付けながら馬を走らせていた。

一面の青い草原、その奥に見える森、北の遠くにそびえる山々、岩となって一部を残す古代の産物。大事な任務で出てきているのはわかっているが、このワクワク感は収まらない。それに目の前には憧れだったあの将軍が居るのだ、胸が高鳴らないわけがない。疲れなんて二の次だ。

 

 ナディ村の後は本当にだだっ広い草原だけでこれという村や町は無く、次の村に着くまで一週間はかかった。途中賊に襲われるもエルダとファーケウス、そしてヴィクトリアが撃退しており物を盗られたりはしていない。

フィーディが目の下に隈を作り馬に揺られながらも眠る技術を身につけた頃に着いた村の名前は、イアマ村。北は森に続き、更に西を進めばエトレーの町へ続く。行商人から聞いた話では、つい先日丁度この村の周辺で子連れの男に会ったという。黒いコート、そして黒い皮手袋をしていたとかなんとか。

 恐らくはかなり近づいている。一行はイアマ村にて再び情報収集を行うつもりだった。ここで捕らえられれば僥倖、逃してもエトレーまで行かずにすむ可能性がある。しかし村に訪れた一行を迎えたのはなんと自分達と同じ軍の兵士達だった。


「エ、エルダ将軍!!」

「おや、どうしてエイルマーがここに?」

「我々はエトレーの町に配属される予定の部隊です。大型馬車に物資と我々兵士を数十名乗せエトレーへと向かっていたのですが……つい先日町へと続く橋が何者かに壊されてしまいまして。只今その復旧作業中であります」

「なるほど、そういうことか。復旧にはどれくらいかかる?」

「簡易な橋でしたら明日には渡れます!突貫工事なので我々大型馬車は通れませんが、将軍達ならば渡れるかと。」

「わかった。……ヴィクトリア、ファーケウス、情報収集は2人で行ってくれ。私はこの復旧の現場で一仕事する」

「えぇ?!しょ、将軍がですか?!」


 驚きの声をあげたのはエイルマー隊長。逆にファーケウスはまたこれだというように額に手をあてため息をついた。


「何か文句でもあるのか?」

「え、ああいや、そ、そそそういうわけじゃありませんが……」

「なら現場まで案内しろエイルマー。……ああファーケウス、この子をよろしく頼むよ。何かあったら私のところに言いに来い」


 馬から降り手綱をファーケウスに渡すと彼の言葉も聞かずに背を向けてエルダは行ってしまう。


「了解いたしました。しかしあまり夜遅くまで身体を動かしていないようお願いしますよ」


 その背に向かってファーケウスは言葉を投げると返事のつもりかエルダ将軍はひらりと後ろ手で手を振って行った。


「本当、エルダ将軍って部下思いの人ね。ああやって自ら現場に立つことで作業の効率を良くしようとしているんだわ」

「まぁ、そういう思いもあるだろうけど多分最近の賊の手応えがなくてただ力仕事したいだけだと俺は思うがな……」


 ヴィクトリア達は早速宿に向かい部屋を取り厩舎に馬達を預けた。馬達にも休息は必要なのは重々わかっているので今日は一日休みを与えるつもりだ。昼前に村に着けたのが幸いだった。今日一日はゆっくり身体を休めて睡眠をとることが出来る。(主にフィーディが)



****



 フィーディを宿に残し、ヴィクトリアとファーケウスは村を散策しながら目撃情報などを聞き込む。

ナディ村とは違い今回の目撃情報は多かった。情報を総括すると昨夜親子のような2人組みで、食料や水を購入しており、何故か鍛冶屋にも来たという。

 鍛冶屋の店主が言うには彼らはいらない鉄くずを分けて欲しいと言ったらしくどうせジャンク品だからと言って譲ってやったそうだ。


「そういえば城下で盗んでいたものの中に鉄くずがありましたね!」

「そういえばそうだったな……あいつら何を企んでいるんだろうな」


 あの謎の筒の兵器といい、その鉄くずで何かを作ろうとしているのではないか?それに橋を落としたのも彼らだろうとフィーディは読んでいた。

恐らくは追っ手である自分たちの存在に気付いている。だからこそ橋を落として妨害したと考えるのが自然だ。


 しかし彼らはもう既に西へ逃げたと読むのは少し違う。

 橋を落としたのは追っ手を妨害するため。これは合っているだろう。だが店の目撃情報の時間から踏まえて、まだこの村に潜伏しているか森に身を潜めているか……。きっとこちらの様子を見ているはず。

ヴェル達が川を渡った後橋を落としたならば、もう更に西へと逃亡しているだろうと我らは考える。そして慌てて川を渡って追いかけ、あわよくば川で溺死すれば追っ手はいなくなるし、西へのミスリードに嵌ればそれだけ時間を稼げる。それを狙って橋を落としたのではないか?


「……奴らは近いと考えた方がいいな。」

「さすがファーケウス中佐、名推理ですね」

「裏の裏まで読んでから、どうするか決めるのが兵法の基本だからな。……だがもうちょっと情報を集めるぞ」


 金メッシュの前髪を揺らしながらファーケウスは笑って言う。となると隠れられる場所は森か、それともこの村の中か。

村の露店街を歩いていた2人は今度は森についての話を聞いてみた。するとどの店の人も「それなら薬草売りの子に聞くと言い」と言う。

その薬草売りの子は村の病院にいるとも聞いたので二人は早速村唯一の病院へ向かう。病院と言っても外見はほぼ民家と変わりなく、この家の医者が夫婦でやっているそうだ。

 

「すみません、軍の兵士なのですが薬草売りの子はここに居ますか?」

「おやおや可愛いお嬢さんだねぇ、兵士さんかい?橋の復旧で怪我人でも出たのかい」

「いえ、その薬草売りさんに少しお話を聞きたくて来ました。……私こう見えても立派な軍の一員なんですよおばあちゃん!」

「ホッホッホそうかいそうかい、それは失礼したねぇ勇ましいお嬢ちゃん。テフは奥の待合室に居るよ」


 カウンターの受付に居た老婆は朗らかに笑いながら奥の扉を指さした。2人はその扉を開け中へ入ると窓際の椅子に1人の少女が、籠一杯の薬草を抱えて座っていた。こちらに気付いたようで、視線を向けた後小首を傾げる。さらりと短い栗茶の髪が揺れた。


「薬草がご入用ですか?」

「いや、少し君に森のことを教えてもらおうと思って来たんだ」

「森?……えっと、…あなた達はこの村の人ではないの?」

「ああ。たまたま村に立ち寄った軍の兵士さ。」

「そう、ですか。……この村の人は森の事なんて聞かないので少し驚いただけです。森の何が知りたいんですか?」

「?この村の人はそんなに森に無関心なのか?」

「触らぬ神に祟りなし、ですよ。皆さん森を恐れているんです。……一度入ったら二度と抜け出せない、呪いの森だって言って。」

「呪いの森?」


 少女が言うには、北の森はとてつも無く広く、木々があまりにも多く生い茂っている所為で日の光も届かぬほど森の中は暗く、まるで暗闇の迷路のようだと言って村の人は誰も近づかない。

しかも噂には背びれも尾ひれもつくもので、そこからやれ化け物が住んでいるだの森の奥にはきっと遺跡があるだの色々言われているらしく最近はトレマーをよく森の近くで見かけるらしい。


「けど誰一人としてその遺跡にたどり着いたトレマーさんは居ないそうです。……気がつけば森の外に放り出されていて、記憶も霞がかかるように思い出せない……そしてまたトレマーさん達は森の奥の遺跡を目指し森に踏み入っては戻され、を永遠に…死ぬまで繰り返すのです……」


 わざとおどろおどろしく言う少女にヴィクトリアはびくっと肩を震わせファーケウスの背に隠れる。その様子に少女はくすくすと笑った。


「な、なんか怪談話みたいですねファーケウス中佐……!」

「所詮噂は噂だろ。……で、君はそんな森から薬草を取ってきていると」

「はい。というか、あの森に住んでいます。」

「え?!」

「唯一森から薬草を持ってこれる私だけはこの村の人に歓迎されてるみたいで。2日か3日に一回ほど村に来て薬草を売りに来ています。」

「よ、よくそんな怖いところに住めるねー……!」

「慣れちゃえばどうってことないです。それにわたし一人じゃなくておばあちゃんも一緒に住んでるので。」

「女2人で森暮らしとは驚いたな……ああ、じゃあその森で黒いローブの男と砂色のコートの子供を見なかったか?」

「?子連れの方ですか?……ううーん、……見たような、見てないような……昨日の夜、森のどこかで誰かとすれ違った気配はしたんですが姿は見ていないので……またいつものトレマーさんがかもしれません…」

「中佐!」

「ああ、奴らは北の森だな。」


 2人は頷き合って少女に一礼して待合室から出て行こうとするがあの!と彼女に呼び止められる。


「多分森に入っても見つけられないと思いますよ」

「何故?」

「言ったでしょう?日の光さえも届かぬほど鬱蒼と木々が茂っていると。黒いコートの人を暗闇で探すのは無理があるのではと……」

「ふむ、確かに……そうだな…しかしこちらもその男を捕まえなければならない使命があるのでな。」

「だったら森がその人達を追い返すまで村に居た方がいいと思いますよ。きっと半日もすれば森の外へ……多分、川の近くに追い出されると思います。」

「川?あの村の西に流れている川の上流か?」

「はい。あの川は森からこちらへ流れている。外へと追い出す力が強いとか、おばあちゃんが言っていた気がするので。」

「……君は森に追い出されないのかい?」

「だってわたしは森に住んでますから。わたしとおばあちゃんには優しいですよ。とっても、優しい森なんです。」


 にこりと微笑んだ少女テフはそう言うとひらひらと手を振る。ファーケウスは暫しその笑顔を見つめた後ふ、と小さく笑んでから失礼した。と一礼してから待合室を出た。


「可愛い子でしたね。私よりちょっと年下かな。」

「そうだな。ガサツな軍女よりも可愛らしい。」

「あー!それって私やエルダ将軍のことでしょ!将軍に言いつけますよ!」

「事実を言ったまでだ。それより今の情報を全部エルダ将軍に言いに行くぞ。橋の復旧もだが、今後の作戦も立てねばならんからな。」

「はーいはい。もー、絶対エルダ将軍にチクってやるんだから」


 受付の老婆に礼を述べてから2人は外へ出て橋へと向かう。ちょっとした口喧嘩をしながら、晴れやかな空の下2人は村の西の外れにある橋へと。

村の民家は主に白いレンガ作りが多く、道路は石畳で整備されており小さな村でありながらその端々が整った村であることにファーケウスは感心していた。

 城から遠いこの村も軍や騎士団の駐屯地はある。きっと国に頼らず村に居る兵や村人だけで警備を強化したりと村長が上手くやっているのだろう。

 

 このイアマ村の特産は川魚、そして南の半島の品物を扱っている。川に沿って南に下がれば亜熱帯植物が蔓延る、所謂ジャングルのような土地に着く。そこへは行くにはまず先住民の攻撃という名の歓迎を受ける事になるだろう。

 最近は東の国の兵士の中でも志願した者だけをその場所へ送ることになっており、前よりは先住民との交流は深まっている。その地の特産品を扱うのはこのイアマ村か行き慣れた行商人くらいだろう。最近はその商品を仕入れにこの村を訪れる商人も居るそうだ。

 



「将軍」

「ん?ファーケウスか。どうした」


 エルダ将軍はどうやら着ていた軍服を脱いでいたようでタンクトップと手袋、そして腰に着ていた軍服の上着を結び橋の修復を指示しながら自らも手伝っていた。

女性らしく白い肌の二の腕は、普通の女性と比べると筋肉により太く逞しい。


「情報をつかみました。作戦を立てたいので少々宜しいですか」

「わかった。……エイルマー!私はちょっと外れるが、しっかりやれよ!」

「はっ!!」

「で、情報って?」


 そのままファーケウスとエルダは現場を離れ、皆が休憩所として使っていた近くの切り株に腰をかけて話を促した。


「どうやら北の森に潜伏しているようです。」

「ふむ、となるとこの橋はフェイク?」

「そう思われます。先ほど森に住んでいるという薬草売りの者と話してみましたが、最近森ですれ違った人がいるそうなので確実かと。」

「よしじゃあ早速北の森に突撃か」

「いえ、それが少々その森が不可思議な森でして………その薬草売りの者が言うには、半日もすれば森が追い出してくれる、そうです」

「はぁ?なんだそら。森が生きてるとでも言うのか?」

「その子の話を総括するとそういうことになりますね。…信憑性はあると思いますよ」

「はぁ~、まぁお前が嘘をつくとは思えないし……馬鹿馬鹿しいが信じてみるとするか。で、半日っていうとあとどれくらいだ?」

「恐らく今日の夕方から夜にかけてかと」

「あと数時間か……」


 2人で作戦会議をする様をヴィクトリアはエルダの隣で見つめている。ああ、作戦会議ってこうやってやってるんだ。なんて思いながら楽しそうに見つめているのだ。

その視線を気付かぬままエルダは腰に巻いていた上着を解くとどうやら袖を紐のようにして腰に結んでいたらしい一枚の板切れを見せた。


「これを見てくれ。これは壊された橋の残骸の一部だ。……端を見てみろ」

「……氷の、棘?」

「そう。しかも何時間経っても溶けてない。ただの氷じゃないのは明白だ」

「奴の魔法の氷でしょうか……」

「ファーケウス、これからお前は何か感じ取れるか?」

「いえ、私は何も。……宿に戻ってフィーディに聞いてみましょうか」

「そうだな。専門家に聞くとしよう。さて一旦宿に戻って、今後の為に荷造りをするぞ」

「はっ」

「ヴィクトリアもご苦労。戻ろうか」

「はいっ!」




*********




「溶けない氷の棘、か……」


 エルダが持っていた板切れを見ながらフィーディは呟いた。

一行は宿で装備を整えヴェル達が森の外へと追い出されるであろうと踏んで北の森へ、川沿いを北上して行き森が見えたところで近くの茂みに隠れて待つことにした。


「魔法は自然の力を借りるんだ。溶けない氷なんて自然摂理を無視した魔法、今まで見た事がない……」

「そうなの?」

「俺はそう思ってる。消えない炎は無いし枯れない草木も無い。そうだろ?

魔法はそんな自然の力を本や杖を媒体にして具現化してるだけに過ぎないはずだから、溶けない氷なんてありえないはずなんだ。それは自然を捻じ曲げてる。」


 フィーディの隣に座り話を聞くヴィクトリアはふぅん、と関心がなさそうにため息混じりの吐息を吐く。


「そういえば城下町であのヴェルって人と戦ったとき、土壁を地面からバキバキって出してたけど」

「土?!そいつはどれだけ魔道書を持ってるんだ……!」

「あ、そうか魔法は書や杖につき一種の系統しか使えないから……あれ、でもあの人私と戦ってる時素手で魔法出してたから…」

「なるほど、だから忌み子かもしれないとフィラナ室長が言ってたのか。1人は土の忌み子で、氷の魔道書を持ち、兵士のように強い男か……これは手強いぞヴィクトリア」

「うわ、そう聞くとなんかすごくヤバそうな感じがするね。」


 と、口では言うものの、ヴィクトリアの目は輝いていた。強い相手と戦える高揚感が宿っているのを、フィーディはわかっているので心配げにため息を一つ。


「でもでも、もしかしたらその氷の魔道書持ってるのあの男の人じゃなくて子供のほうの可能性ってない?」

「十二分にあり得るけど、忌み子の魔法への適正は一般人より高いと聞くから、仲間内に忌み子がいるならその人に魔道書なり杖なり使わせたほうが効率は良いみたいだがな。となるとその子供も忌み子だったりするのかな。あれだけ変な魔法を使うんだ、もう誰が忌み子だろうと俺は驚かないぞ」

「なるほど、2人とも忌み子か……それは考えてなかったな。」

「ヒッ」


 不意に聞こえたのはエルダの声。不意打ちに思わずフィーディの声が上擦った。


「となると子供だからと言って油断しない方がいいわけだな。変な筒のような兵器を使って動きを封じるとも聞いたし、その子供は援護型なのやもしれんということか」

「そ、そういうことにナリマスネ……」

「フィーディ調査員、そろそろ私に慣れてもらわねば困るんだが……一々そこまでびくついていられると、私自身も少し傷つく」

「すすすすすみません!!そういうわけじゃないんです!!ほらやっぱり大層なお方と言うか、えっとなんていうか」

「落ち着け落ち着け。私はただの人間だ。忌み子のように魔法ぶっ放せるわけでもない。どこも怖がる要素がないだろう?」

(普通の女性が1人で木材かついで橋の修理したり男相手に槍ぶん回したりしないと思うんだけどなぁ……)

「将軍!!」


 フィーディとエルダのやり取りを遮ったのはファーケウス。彼が指差した先を見れば暗がりの中に二つ、赤く光るものが見えた。

あれは目だ。そう気付いた時逸早く茂みから飛び出したのはヴィクトリアだった。しっかりと拳を握り、その赤い瞳が捉えるだろう視界へ躍り出る。


「!?違う、こいつはヴェルじゃない!」


 身の丈を優に超えるその巨体の持ち主は、明らかに人間ではなかった。暗闇に浮かぶ大きな口、鋭く光る爪。唸る声は到底人間のものとは思えない。


「熊か?!」

「将軍、気をつけてください。この熊ただの熊じゃなさそうですよ!」

「魔物か?!ええいこんな時に…!ハズレ引いてるわけにはいかねぇってのに……!」


 顔を顰めたエルダは背から槍を抜き両手で構え腰を落とし、強烈な突きの一撃を熊の腹部へお見舞いする。普通の熊ならそれだけでもよろけるなり倒れたりするのに、熊は踏ん張って後ずさっただけだ。


「こいつ、並みの魔物じゃないぞ!」


 熊は大きく口を開けたかと思えば野太く地を揺るがすような咆哮が草原に響く。その咆哮と共に熊の爪が更に鋭く尖り、伸びた。


「自己強化?!」

「近年稀に見る化け物っぷりですねこの熊……仕方ない、俺本気で行きますか。ヴィクトリア!下がれ!」

「えっ?!」

「それから俺からも離れろ。感電したら危ないからな!」

「え?えっ?!」

「いいから離れるぞヴィクトリア!」


 そういいエルダはヴィクトリアの片腕を掴み一旦下がって熊とファーケウスを残して距離を取る。


「で、でもこれじゃファーケウス中佐が!」

「一瞬だから、ちゃんと見ときな。ファーケウスの強さの一端を。」


 はっとしてヴィクトリアが見つめる先には一対一で熊と向かい合うファーケウス。片手剣を両手に持ち右手を天へと突き上げ、剣の切っ先を赤く染まる空へと向けていた。

その時、熊がファーケウスに向かって四足で走りこみ振りかぶるように爪を振り下ろす!


 瞬間、轟音と共に光る亀裂が空からファーケウスへと走る。それが雷だという事に、ヴィクトリアは暫し気付くことができずにぽかんとしてファーケウスを見つめていた。

雲のない空から落ちた雷はファーケウスに、そして切りかかろうとしていた熊へと落ち熊は聞くに堪えない悲鳴のような咆哮を上げて後ずさっていく。

 天へ向けていた彼の剣には雷が宿りその剣にもう片方の剣が触れたと同時にそちらへも雷は宿り、後ずさる熊に向かい追い討ちをかけるように軽やかに二刀を操り斬り付けていく。


 一連の出来事を呆気にとられてぽかんとしているのはフィーディとヴィクトリア。一足早く先に我に返ったヴィクトリアとエルダは再び前線へと駆け戻る。


「ファーケウス中佐、い、いまの!」

「詳しいことは後だ!こいつまだ粘ってるぞ……。恐るべき体力だな」


 ファーケウスのいつも額を覆っている長い前髪がふわりと浮き、その額から黄色の光を放っていた。それにもヴィクトリアは驚いたがともかく目の前の敵に集中することにした。

素早く懐に入り込み皮が薄いだろう腹部へ左右のジャブ、そして身長差を生かして熊の顎目掛けアッパーを繰り出す。あまりの苦痛に顔を押えて熊は再び咆哮を上げた。熊が咆哮を上げるたび爪は伸び背丈は大きくなっていき、皮は逆立ち熊としての形相はもうそろそろ無くなりそうだった。


「おいおいまだ強化するっていうのか?エルダ将軍、これじゃあこっちがジリ貧ですよ!」

「ともかく村へは行かせるな!ちょこちょこ体力を削っていくのがダメなら心臓が首を狙え!」 

「ヴィクター、将軍、ファーケウス中佐!少し離れて下さい。」


 3人がどう攻めようか考えていたところに後方から声がした。

フィーディは本を開き、紙面に片手を置いて熊へと狙いを定めて、紙面に置いていた手を離しマッチを擦る様に滑らかに掌を熊へと向ける。


「燃えろ!」


 気合と共に発した言葉は何も無かったはずの空中に自分の上半身ほどある火球を生み出し、彼の掌から熊へと勢いよく飛んでいく。

燃え盛る炎は魔物の毛を、皮を焼く。熊は身を振って火をなんとかしようとするものの、火は魔物を包んで離さない。大きな炎と化した魔物は暫く燃え盛ったかと思えば一際大きな悲鳴を上げて、地に伏した。


「兄さん、これじゃあ草原が焼け野原になっちゃう!!!」

「安心しろって。目的のものは焼いたから、もう火は消えるよ。」


 炎は徐々に小さくなりフィーディの言うとおり消えてしまった。草原に残ったのは、サラサラの灰だけだ。


「それなら良かった。……っていうかもっと早く準備してよ!腰抜かしてないでさ~!」

「うううう煩いな!お前ほど戦いに慣れてないんだよ!」

「まぁ終わりよければ全てよし、だ。お手柄だよフィーディ!」

「え?いえ、そんな……ハハ、ありがとうございます」


 皆武器を仕舞ってフィーディの周りに集まるもののエルダだけは森のほうを見つめている。


「将軍?」

「……本来の目的を忘れてないか?」

「あ!でも、出てきませんね。まだかなぁ」

「まさか戦闘中に逃亡?……もしくは、あの熊をけしかけたのは……」

「魔物も操る能力まであるっていうのか?おいおい本当に人間かどうか怪しくなってきたね。」


 やれやれと言う様にエルダは肩を竦めて言い放つ。そしてため息をついたのはファーケウスで、一旦目を閉じるとふわふわと浮いていた前髪も落ち着き額の光も消えていた。


「あの、ファーケウス中佐」

「驚いたか?ヴィクトリア。俺が忌み子だって」

「はい、あの、まぁ」

「いい。そういう反応には慣れてる。……重要機密だからな。」

「ファーケウス中佐が忌み子だっていうのは、」

「私とオーエンくらいだろうね。知っているのは。軍の機密の中でもトップレベルの秘密だからねヴィクトリア」

「はい!わかりました。」

「フィーディ調査員も他言無用で頼むよ。」

「はい、勿論です。……ただ、あのちょっと調べさせてもらっていいですか!?その額の紋様とかとかとか!」

「え?ああ、構わないけど……とりあえず詳しい話は宿に戻ってからにしてくれ」


 少しだるそうにファーケウスは額を押えてまたため息をついた。どうやら忌み子が魔法の力を使うと予想以上に疲労が来るらしい。

 その様子を見たエルダは森に背を向けファーケウスの肩をぽんと叩いて村へと歩を向けた。


「一旦戻るぞ。」

「え?あ、あの将軍!私はまだ戦えます故、」

「万全じゃない状態で挑んでも仕方ないだろう。それにもうそろそろ夜、奴らからの闇討ちがこないとは限らない。

とりあえず今日は一旦退くぞ。明日また追いかければいい。……無駄に突っ込むだけが戦いじゃない」


 そう言ってエルダは先に村へと戻ってしまう。慌てて追いかけるフィーディとヴィクトリア。

 苦笑を浮かべながらも、心の中で感謝を呟いたファーケウスは三人の背を追うようにしてついていった。




「行った?」

「ええ。行ったみたいですね」

「よかった。あの熊には悪いけど、運よく魔物が出てきてくれて助かったな」

「そうですね。あの魔物に気を取られている内になんとか川を越えられましたし、また明日から西へ逃げますよ」

「わかってるよ!全く……あ、でもオレ今日はもう疲れたからあんま歩きたくない。森ん中でグルグルグルグル……すっげ~疲れた」

「……では近くの休憩所まで頑張って歩きましょうか」

「あっお前人の話聞けよ!っていうかオレの言う事聞けよー!」


 木の陰で一部始終を見ていた二人組みは草原を西へと歩き出す。渋々と少年は歩き出すが黒いフードで顔を隠す男は振り向いて村へと視線を遣って、


「……エルダ……か…」


 ぼそり、と呟いた。

 いつまでも追ってこない男に気付いたのか少年は振り返って男の元へ戻ると軽くパンと背中を小突いた。


「おい、どうしたんだよ」

「いえ、聞き覚えのある名前だったもので」

「知り合い?」

「いえ。あの連中には誰一人として見覚えはありません。まぁ、同姓同名とかそういう類のものでしょう」

「あーなるほど。とりあえずとっとと休憩所行ってねよーぜ!」

「はいはい。では行きましょうか」








to be continued...

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