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ベッドと牛と牛乳と




「見えたぞ、あれがナディ村だ。規模としては小さいが、宿はどこもデカい。役所も村の割りには二つもあるんだよ」


 先頭をきっていたエルダが指差す先には簡素な村の門が見えた。広大な草原を使った牧場も脇には見える。

しかし一番後ろの青毛の馬は心底嫌そうな顔をしていた。背に乗せているフィーディが手綱どころか鬣をひっつかみ傾れかかるように眠っているからだ。本当に夜通し走ったので今の時間はもう朝。夜明けから数時間経ってはいるだろう。

心配して足並み揃えているヴィクトリアはため息をついたが、それに気付いたエルダは振り返って苦笑を浮かべる。


「賊も会わずに村まで来れたのは運がよかった。村に着いたら早速宿を取って彼を寝かせてやるといい。」

「すみません兄が……」

「兵でもない研究者じゃしょうがないさ。……ただ、この先はもっと無理をさせることになると思うがな。」


 ほらいくぞ、とエルダは先に馬を走らせ村へと入っていく。ファーケウスも後に続いた。

しかしフィーディが寝ているのでどうにか負担も無く歩かせたいところだがこのままだと置いていかれてしまう……そう考えた彼女はフィーディの乗っている青毛の馬の手綱を横から掴んだ。


「背中のお荷物無視していいから、かっ飛ばそう」


 青毛の馬と目を合わせて言うと頷くように頭を上下に揺らした青毛の馬。それを合図にしたかのようにヴィクトリアが乗っていた馬と共にニ馬は勢いよく遠く前を走る二頭を追うように駆け出した。

勿論背中のフィーディはがくがく揺さぶられ悲鳴を上げていたがヴィクトリアはそれを無視しエルダ達を追いかけながら村へと入っていった。






****





「この村が何故この距離にあるのか、答えられるか?ヴィクトリア」

「はい、ええと……地理的にも首都から半日で来れるこの村は首都へ向かう商人達の最後の宿、そして第一関所のような役割をしています。村の宿数が多いのと規模が大きいのはそれに対応出来るようにというためでしょう。逆に商店などは最低限なものしか無く、その理由も首都が近いからと推測されます」

「ご名答!さすが国立学院の優等生だっただけあるね。そう、この村は北西の方角から来る商人達の最後の憩いの宿だ。同じような位置の北側にも同じような村があるが、そっちは主に北の果て……イウェア山脈の方角から来る商人達が利用しているね。」

「あれ、では南側は?」

「南側は主に漁業で生計を立てている人達が多いから、直接船で首都の港に来る。つまり首都から一番近い村はここナディと北のウェディ村'だけ'しかないという事だ。」


 宿へ着いて部屋を二つ取り、エルダとヴィクトリアはベッドに腰掛け荷物を整理しながら村の地理的なことを話していた。所謂ここは女部屋だ。


「プランとしては奴ら黒い盗人……いや、ヴェルでいいか。ヴェルたちの足取りを追うことになるが、私やファーケウスの見立てでは西へ逃げ込むのではないかと思っている。

それを考慮すると……東の国の西の果て、旅慣れもしていない上体力も無い研究者を背負っていくとなるとエトレーの町まで約2、3週間の長旅だ。軍人だけじゃないからこれくらいはかかるだろう」

「2、3週間……」

「勿論エトレーまで行かなければそれはそれでいい。それまでに奴らをとっ捕まえられればな。あんたのお兄さんには申し訳ないが、厳しい旅になりそうだよ。……最近はトレマー崩れの賊も増えているから、道中絶対安全、とは思えない。」


 トレマー崩れの賊とは遺跡に行ったが蛻の殻、既に誰かに掘られた後で成果を無くしてしまったトレマーが最終的に行き着いてしまう……賊。遺跡はあれど中身が無ければトレマーは金を得られない。だからそうなってしまうのだろう。


「兄さんには無理をさせてまでも協力させますから大丈夫です!それにこの旅できっと体力もつくと思いますし」

「いい筋トレになる?」

「はいっ」

「ハッハッハッハ、そうなるよう願おうか。……さて、私は情報集めに行く。ヴィクトリアは?」

「勿論同行します!奴の容姿をはっきり見たのは私だけですから」

「うし、じゃあ荷物もって行くぞ」

「はい!」







「うえぇぇ…眠いし気持ち悪いしで最悪ですよぉファーケウス中佐ぁ……」

「研究者は体力が無いのは定石とはいえ……こんなに酷いものなんだな」


 一方男部屋。1人は寝起きの揺れと睡魔に負けてベッドに倒れこんでおり、もう1人は荷物を整理している。


「時にフィーディ調査員」

「フィーディで大丈夫ですぅ…うえぇ…」

「ベッドに吐かないでくれよ。……で、フィーディ、少し魔法について聞きたいんだが」

「魔法について聞きたい?なんなりと!答えられる範囲で答えますよ!」


 いきなりぱっと顔を上げてベッドに座りなおし目を輝かせて質問を待つフィーディ。さっきまで苦しそうに呻いていたのがどこの誰やらというように元気になった彼に、ファーケウスも唖然である。

向かい合うようベッドに座り直し改めてその質問をし始める。


「研究者として、魔法というのを具体的に説明できるか?いくら魔法が一般市民が知り始めているとはいえ、あまりにも抽象的過ぎることが多すぎる。魔法書もまず城下の店で出回ることがないから、調べようにも困難だ」

「具体的……ですか。ではわかりやすく私の魔道書でも見せながらお話しましょう!」


 テンションが高い。しかも何故か敬語だ。最初は少し砕けていたのに。

フィーディは肩掛け鞄から一冊の魔道書を取り出し、ファーケウスに見せるよう適当にぺらぺらとめくって紙面を見せる。書かれている文字は現在使われている文字とは違う。古代に使われていたものだろうか。


「この文字は未だに全て解明出来ているわけではありません。しかし、内容は専門書のようで炎のことについて書かれていたようです。火の起こし方、どうすれば火を強くするか……そんなところでしょう。私がこの魔道書を持って扱える魔法は、炎のみです。

研究室での見解としては、本や杖に記録されている事項が具現化している。というのが共通認識で、」

「つまり魔道書に書かれたことや杖に刻まれた事柄しか魔法には出来ない、と?」

「理解力が早くて助かります!そう、魔法を扱えるといってもその持つ媒体によって扱える魔法は大きく変わるのです。この世には一体どのような魔道書や杖が存在するか……考えるだけでもワクワクしますね…!」

「は、はぁ……」

「ちなみに発掘所に持ちこまれた杖の多くは杖のどこかしらに鉱石を埋め込んでおり、その鉱石に情報が刻み込まれているのだろうと思われています!本と違って杖は多くの情報量を蓄えているわけではないので応用が利きづらい。しかし一度も魔法を扱ったことのない人には杖が一番安易に扱えるものなんですよ。書は読み解かなければいけませんが、杖は振るだけで魔法が発動するのです!」

「へぇ、魔道書と杖の違いはそういうことなのか」

「はい。ですから私だったら初心者は杖を使うことをおススメしますね!」

「は~、なるほどな」

「ちなみになんですがね、発掘所の人から聞いた話や出土した壷や絵、文化品から見た感じでは」

「ファーケウス、フィーディ調査員、入るぞ」


 ヒートアップしていくフィーディの言葉を遮って扉を叩く音とエルダの声がした。ファーケウスはハッとしてその扉の方へ視線を向けどうぞ、と一声かける。心中、助かったとも思っていた。


「そろそろ私達は情報収集をするつもりだ。フィーディ調査員は寝ててもらって構わないぞ」

「え?」

「昨夜から夜通し頑張ってもらったし、正直ゆっくりベッドで眠れるのは今日くらいだから休んで欲しいんだ。」

「え、あのそれは……今後はベッドすらないと…」

「まぁ、そういうことだ。だから体力のない研究者殿には体力温存しておいてほしいんだよ。犯人の情報収集は私達がやるから。」

「そういうわけだから兄さんは部屋でゆっくりしててね。晩御飯くらいの時間には戻ってくると思うから、それまでごゆっくり~!」


 エルダ、フィーディ、ヴィクトリアが話してる間にファーケウスは身支度を整えエルダの隣に並んでいた。そしてヴィクトリアはごゆっくりの言葉と共に手をひらひらさせてエルダ達と共に部屋を出て行ってしまった。

ベッドに1人残されたフィーディ。先ほどエルダが言った言葉をよくよく考え直してみると、つまりこれからは昨夜よりも厳しい旅になるという意味にも取れて。


「………うえぇえ」


 今更になってぶり返してきた酔いでの吐き気と眠気と今後の不安で口元を押さえながら、彼はトイレへと駆け込んでいった。





******








「広い牧場ですね!訓練でナディ村の近くまでは来たことありますが……」

「この辺は平野だから牧草も育ちやすいし気候が安定している。それにこのだだっ広い草原を生かすにはもってこいなんだろうな。」


足元の草を食む牛や羊の群れを柵越しに眺めながらほのぼのと呟く二人。商店街や役所と回ってみたものの目撃情報は得られず3人は途方に暮れており、半ば村を散歩しているようなものだった。丁度牧場の辺りまで来たのでそののどかな風景を身ながらまったりと2人は呟く。

と、そこに牧場主だろうおじさんを見つけたらしいファーケウスは柵を華麗に乗り越え2人を置いてその男性のもとまで走って行く。

暫くした後栗毛の馬に乗ったおじさんがファーケウスと共に柵近くまでやってきて、エルダを視界に入れた途端馬から降りて頭を下げた。


「こ、これはこれはエルダ軍団長様。我が牧場に何か御用でしょうか?」

「ああそんな畏まらないでくれ。……実は人を探しているんだ。黒いフードローブを羽織った男と、砂色のヘルメットとローブを着込んだ少年の2人組みを知らないか?」

「黒いフードローブの男と、砂色のコートの少年ですか?いえ俺は見てませんねぇ。」

「ぼくしってるぜ!」


 ひょこ、とおじさんと馬の間から出てきたのはどうやらこのおじさんの息子のようだ。茶色い短髪を揺らし鼻先に絆創膏が貼ってある、活発そうな少年だ。

少年の目の前にしゃがみ視線を合わせたヴィクトリアは優しげな声で少年に話しかけた。


「それ本当?」

「ほんとだよ。昨日いっしょに牧場であそんだんだ!牛のちちしぼりおしえてやったんだぜ」

「ロルチ!それお前の仕事だろう!なに人にさせてるんだ!」

「いでっ!だってあの子ちちしぼりしてみたいって言うから~~!」

「ねぇ僕、その子どこに行ったか知らない?」

「家は教えてくれなかった。だけど今朝また来てくれて、西の方に旅にでるんだって言ってたよ。けらい?といっしょに行くんだって」

「家来…?あのヴェルって人の事かな……ねぇ、黒いコートの男の人は見なかった?」

「黒い人?ううん、その人は見てない。ぼくはその砂色のコートの子とあそんだだけ!」

「そっか、ロルチくんありがとうね」

「協力感謝するよ僕君。……思わぬところで情報を得られた。感謝するよ牧場主殿」

「いえいえそんな!軍団長様が俺なんかに頭を下げないでくださいよ!」


 エルダが軽く会釈するように頭を下げると慌てたように手を振って畏まる牧場主。流石に有名な将軍に頭を下げられるのは恐れ多いらしい。

そんな様子を見た少年は憧れの眼差しでエルダを見上げる。


「おねーさん軍団長なの?!」

「ああ、そうだよ。」

「すっげぇ……!めちゃくちゃつよいの?!」

「そうよ~!エルダ軍団長が地に拳を打ち付ければ地は裂け山は崩れ、その槍の一突きは何人もの人間の心臓を串刺しに」

「ちょっ、ちょっとヴィクトリア何言ってんの!」

「す、すっげぇえ~~!!こぇえけどかっこいい~~!」

「でしょでしょ?それにその槍が振るわれた時に舞う一陣の風は周囲の大木さえもなぎ倒し、砂塵を巻き起こして敵の視界を奪い……」

「ある事無い事吹き込んでんじゃないよ!」


 流石にグーで殴られた。後頭部を抑えてヴィクトリアはうずくまる。


「今のは信じちゃだめだぞ僕君」

「え、でも軍団長だからムチャクチャおねーさんつよいんだろ?だったらさ、」

「こっ、コラ!お前あんまり軍団長様になめた口を利いてるんじゃない!すいません、不肖の息子が……」

「いや気にしてないよ。これからもナディ村をよろしく頼むよ牧場主。ここの牛乳、城でも中々評判いいからね。」


 きらきらと尊敬の眼差しで見つめる少年を他所にエルダは牧場主と話をする。しゃがむヴィクトリアの隣にファーケウスもしゃがみ少年の頭をぽんと撫でた。


「……君、その遊んだっていう少年と最後に会ったのは今朝で間違いないか?」

「え?うん。今朝牛小屋のそうじをしてたら、おわかれしにきたって。」

「その時西の方に行くとしか言っていなかった?どこの村とか町とか詳しくは?」

「ずーっと西のほうのとしか言ってなかったぜ。しばらくいろんなところ回ったら、またこの村にくるかもって。そしたらまた遊ぼうぜって言って行っちゃったよ」

「そうか。ありがとうな」


 またぽんぽんと頭を撫でてからファーケウスは立ち上がり、エルダの隣に並ぶ。


「そろそろ宿に戻りましょうか。日が暮れ始めていますし」

「そうだな。情報ありがとう僕君。今度城に来たら訓練場でも見せてあげようか」

「ほんとに!?いいの?!」

「ああ。今度城下町に来たら城においで。私が城に居る時なら城内を案内してあげよう」

「やった!やったぜとーちゃん!ぼくおてがらだ!」

「い、いいんですか?エルダ軍団長。こんな些細の情報なのに……」

「些細でも今の私達には大きな情報だ。労うのは当然のこと。……僕君、お父さんと一緒に、いつか城においで。

私達はこの後ちょっと遠出しなくちゃいけないから暫くは城を空ける。だからすぐには案内出来ないけど、気長に待っててくれ。約束は守る」


 戦士の約束だ。とエルダはしゃがんで少年と目線を合わせるとぎゅっと硬く握手をする。口元に笑みを浮かべれば少年も強く頷き笑う。

それからエルダは立ち上がると牧場主と少年に背を向けて宿へ向かった。残された二人も後を追う。


「エルダ将軍、あの少年の言い分によるとキーワードは'ずーっと西の方'と'しばらくいろんなところを回ったら、またこの村に来る'ですかね」

「奴らは今まで各地を放浪していたんだろうな。それで今は西の方へ行くと。」

「となると、西の国の関与は少ない、と?」

「さて、どうだろう。放浪して得た情報を西の国に報告しに行くのかもしれない。……ともかく行く方角は決まった。詳しいことは宿に戻り次第話そう」


 2人のやり取りを眺めていたヴィクトリアは不意に口を開いた。


「なんかお2人って、長年の相棒って感じですよね」

「ん?そう?」

「はい、なんかこう、阿吽の呼吸っていうか!」

「だそうだよファーケウス」

「やめてくれよヴィクトリア。私はこんな部下使いの荒い上司に困ってるんだからな」

「ほぉ、なるほどなファーケウス中佐。君は私をそういう風に見ていたのかね?」

「いえ、今のは日頃の鬱憤によって口が滑ってしまっただけであります」

「お前夕飯抜きな」

「それはご勘弁を……」

「アハハハ、やっぱり仲良いですねお2人とも!」


 半ば漫才のような2人のやりとりにヴィクトリアが笑うと釣られたようにファーケウスとエルダも笑ってしまう。

 夕暮れの中宿に戻る3人の空気は、始終和やかだった。

 




to be continued...

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