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「あ、クレリア。フィラナ先生の授業終わったの?」

「うん。途中でエルダ将軍が来てびっくりしちゃった!……っていうかどうしたの?その荷物。やけに重そうね」

「実はこれから任務で……。今日出発なの」

「え?!急すぎない?!」

「うん、というか急遽決まった感じで。」


 廊下で出会った2人は全く違う格好をしている。片や1人は勉強帰りで魔道書片手に抱えているくらいの手荷物で、片やもう1人はこれから旅に出るようでリュックを背負っているのだ。


「それじゃいつ帰ってくるかとかわからないよね……」

「うん、ごめんねクレリア。折角休日お買い物いこうって約束したばっかりなのに」

「ううん、仕事じゃ仕方ないよ。……でもヴィッキー、やっぱり兵士にしておくには勿体無いと思うなぁ」

「え?と、唐突になんで?」

「だって髪も綺麗な黒髪で、可愛いし、律儀だし、気が利くし、しかも強いし!貴族のお見合いとか出たらきっとモッテモテだよ」

「そんなことないって。私ほら、家柄よくないし。平民だし。クレリアこそお見合いとか沢山くるんじゃない?」

「うん、まぁその辺はお父様のこともあるからそれなりに来るけど……でもね、私は私の家をどうにかしたいから私自身のお見合いはまだまだ先かな。」

「お家のこと?」

「……うん。……あのね」


 2人はゆったりと廊下を歩きながら、クレリアは重々しくも口を開いて自分の家のことを話し出す。


「私の叔父様……お父様のお兄様なんだけれど、長男なの。だから叔父様のご子息は名家エッジワース家の跡取り。……それはわかるよね?」

「うん、そうだよね。貴族はほとんど世襲制って聞いたことあるもん」

「そのとーり。……叔父様は優秀だったし伯母様も優しくて上品だったてお父様はべた褒めしてたわ。……だけど」

「だけど?」

「とても悪天候のある日。それはもう雨は窓ガラスを壊さん勢いで叩きつけるくらい強くて、雷が轟いてたっていう夜に、伯母様が子供を生んだの。待望のご子息よ。」

「わ、おめでたいね!」

「うん、普通は皆喜んで、家中大騒ぎになる。……はずだったんだけど。」

「?」

「その子ね、忌み子だったの。」

「あ……」


 ヴィクトリアは思い出す。昼に、ファーケウスが言っていた言葉を。


『本来ならば始末されるはずですが、』


「……うん、まぁ後は多分想像してる通りだと思う。叔父様は子供を取り上げて喜んだと思えば顔面蒼白。家中は違う意味で大騒ぎ。その生まれたばかりのご子息を」

「こ、殺しちゃったの?!」

「ううん、……貴族にしては寛大な措置だと思うわ。伯父様は優しい人だから、殺す事なんて出来なかったの。その代わり、家から追い出したのよ。忌み子も、忌み子を産んだ伯母様も一緒にね。」

「そ、そっか……よかった」

「よくないわ!」

「え?」

「あの日から叔父様はおかしくなったってお父様はいつもため息をつきながら話すの…。私はその後に生まれたエッジワース家初の'普通の子'だったわ。けどね、私がいくら頑張っても叔父様の子息になれないし、私は女。家の為になることなんて、私の血くらいしか使い道はないの。」

「そんなことな」

「そうなのよ!貴族の女は大体がそう。私も例に漏れないわ。……私がいくら頑張っても、伯父様も、お父様も、皆口先でしか褒めてくれないのよ。私が男だったら、……いいえ、あのご子息が、忌み子でさえなければ、私の家はこんなに暗くなることもなかった。

忌み子が生まれたからってもう家はずっとお通夜状態よ。誰もが、叔父様の代でエッジワース家はおしまいだって思ってるから。……また子作りでもすればいいって思うかもしれないけどね、1人でも忌み子が生まれたらその家は没落するっていう迷信があるの。信じたくないけど、忌み子で有名な貴族はどこも没落したから。

だから誰も笑わないの。私のお父様もお母様も物心着いた時から暗い顔ばかり……あの忌み子は、私の家から……いいえ、エッジワース家から光を奪ったのよ」


 同情の言葉をかけるように聞こえたのだろう、ヴィクトリアの言葉を遮って言うその言葉は激しくも力強い。吐き捨てるように言うその言葉が、本心から言っているのは間違いないだろう。

彼女の魔道書を握る手がぎゅ、と強くその厚いハードレザーの表紙を握った。下唇を噛み締めて心底憎いのだろうそのクレリアの表情を、ヴィクトリアは見たことがない。

 綺麗な琥珀色の瞳の奥に見えたのは鈍い憎しみの炎。本当にその忌み子を憎んでいるようだった。


「だからなの、私が軍を志望した理由。」

「……え?」

「軍は腕っ節の世界だから、自分の実力が一番出やすいと思ったのよ。……家に光を取り戻す。……私がいればエッジワース家は安泰だって、言わせてみせるんだから。」


 決意を気持ちを込めて言葉にした彼女の表情は先ほどの忌み子への憎しみはあれど、光を取り戻すと言うその言葉に嘘偽りは見えない。

力強く窓の外の夕暮れを見据えたその視線に、ヴィクトリアは彼女にも彼女なりの戦いがある事を察した。

 貴族であるが故、平民であるが故、わからない価値観。ヴィクトリア達平民の間では忌み子にまつわる話は諸説あれど、そのような迷信まであるとは知らなかった。

彼女の言い分や言い方からして、きっと何を言ってもこの彼女の考えは変わらないだろうとヴィクトリアは思い、言葉を紡ぐのをやめた。これは、彼女なりの考えなのだから、自分が意見するのはお門違いだと思ったのだ。


 気がつけばもう門は近い。結局クレリアはここまで見送ってくれた。重々しい話になってしまったが、それに反して見える夕暮れは鮮やで、橙色のベールを空へかけていく。


「ごめんね、突然こんな話しちゃって」

「ううん、クレリアも大変なんだなって、……逆に平民の私に話してくれて嬉しかったよ。ありがとう」

「なんか語気強めちゃったりしてちょっとおしとやかじゃなかったかなぁ」

「そんな事言ったら、この拳で人の顔殴ったりしてる私の方がおしとやかじゃなくなっちゃうな~」

「あっ嘘嘘!そんなことないそんなことない!ぜ~んぜんそんなことない!ヴィッキーは超おしとやかだよー!」

「ちょっと!それはそれで傷つくんだけど!」

「アハハ、ごめんごめん。……ありがとね、ヴィクトリア」


 先ほどの重々しい空気なんてどこへやら。一転して楽しげな笑い声と明るい雰囲気が2人を包む。クレリアは優しげな微笑を浮かべて、礼を言った。そしてその後ぽん、とヴィクトリアの肩を叩いて押し出すように城門の外へ出るよう促す。


「行ってらっしゃい!気をつけてねー!顔に傷ついたらお嫁にいけなくなっちゃうからね~」

「なっ…!そんなことないし!絶対私の前に王子様は来てくれるし!!」


 賑やかに別れる2人。ヴィクトリアは手を振ってから城門を出て行く。すると門の外では自分と同じくらい長柄の武器を背負うエルダ、片手剣を腰に2本下げているファーケウス、そして一冊の本を抱えている兄が何故か居たのだった。


「あれ?兄さんなんでここにいるの?エルダ将軍に何か用?」

「バカ俺も仕事だよ!お前こそなんでここに?エルダ将軍の見送りか?」

「ヴィクトリアが私達捜索隊の最後の面子だよ、フィーディ調査員。では行きましょうか将軍」

「え?!」


 まさか!?と兄はヴィクトリアとそういったファーケウスの顔を互い何度も見るものの諦めたように肩を落としてため息をつく。一方ヴィクトリアは最初うげっと顔を顰めたもののそれ以降特に抵抗は見えない。

フィーディは妹が来るとは知らされていなかったし思ってもいなかった。軍のお偉方の捜索隊に付けと上司に言われた時から嫌な予感しかしていなかったが、こうも悪いことが続くと自分の運の無さを恨みたい。

 1人あたふたするフィーディを他所にファーケウスとエルダは淡々と話を進めていく。


「では、この四人で犯人捜索へ向かう。ファーケウス」

「はい。どうやらヴェルと呼ばれた犯人は西門から逃走したのを目撃されています。おそらく西の国へ向かうためセントコーリスの方へ向かったのではないかと推測されます。」

「途中の町に立ち寄って奴らの聞き込みもして行こう。もしかしたら西の国へ戻るんじゃなくて別の拠点がどこか国内にあるかもしれないからな。……よし、厩舎へ向かうぞ。馬を4頭待機させている。野営用の荷物とかも馬に乗せてある」


 エルダを先頭に一行は城門の近く、厩舎へ行くと順に並んで月毛、鹿毛、青毛、白毛の4頭が用意されていた。それぞれ鞍の脇には荷物がかかっており恐らく食料や寝具だろう。

エルダは白毛の馬に颯爽と跨り鞍の具合と手綱を確認してから早く乗れというように振り返って視線で皆に訴える。次いでファーケウスが鹿毛の馬に跨り、ヴィクトリアは月毛の馬に跨る。最後までもたついていたのはフィーディ。

なんせ研究者なので慣れておらず中々跨がれない。その様子を見かねたヴィクトリアが一旦馬から下りて兄の下へやってくると勢いをつけて跨ろうとした兄の尻を普通に掴んでは馬上へ押し上げてやり補助をした。

 

「うわ!!おい!いきなり何すんだヴィクター!」

「モタモタしないでよもう。妹に手伝ってもらえないと馬に乗れないってだっさいな~。……それと、その呼び名で読んだら次は手伝ってやらないからね!」


 女に尻を触られた。しかも妹に。なんだかとっても悲しいやら虚しいやら、そんな気持ちのフィーディ。馬の手綱をしっかり掴み、彼は3人が見てないところでしくしくと心の涙を流した。

 やっと全員の準備が揃ったのでエルダを先頭にして城の裏門から早速外へと出る。馬達の蹄を青い草が触れ、揺れている。近くに石畳で整備された街道があり、その先を見据えるエルダ。


「あの街道に沿って夜通し走れば明日にはとりあえずナディ村に着く。まぁどんな村かは馬に揺られながら説明でもしてやるから、ともかく行くぞ」

「よ、よよ夜通し?!俺兵士じゃないんでそんな体力……」

「兄さんグダグダ言わない!手綱しっかり持って、かっ飛ばすからね!」


 哀れな研究者の悲鳴は草原と夕日には届いた。が、前を走る3人には聞こえないようだ。 


(エルダ将軍に感化されてかヴィクターもなんか人に厳しくなってきた気がするぞ……これじゃあ嫁に行き遅れるんじゃないか…?)


 妹思いの優しい兄は馬に揺られ風に煽られ必死に手綱を掴みながら妹の背中を見て思う。

途端、その背中からくしゅん、とくしゃみの音が聞こえた。






to be continued...

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