影の魔物
日が落ちかけてその明かりがなりを潜めていく空。オレンジ色が広がる夕暮れを、オーエンは腕を組み黙って城門の前で眺めていた。
城はこの都市の中でも一番高台の場所に作られているので城下が見下ろせる。城下町の家々の白い壁に夕日の赤はとても映えて見えて、まるで町全体が赤くも見えた。
「オーエンさん!」
背後から声がしたので振り返ると、そこには元気に手を振りながらも駆け寄ってくるヴィクトリアの姿。ふ、と口元を緩ませて軽く頷いた。
「すみません、友人に捕まってしまって…!待たせてしまいましたか?」
「いや、それほどでもない。……ではとりあえず調査の基本、聞き込みからだな」
「目撃者の人達にですね!」
「ああ。あと一応門番の騎士にも不審者が通ったかどうか聞いてみよう。その後、現場検証といくか」
「はい!」
秘密捜査なんて中々経験できることじゃない!とヴィクトリアは任務の緊張感よりも少しワクワク感の方が勝っていた。ぐっと拳を握って気合を込めたポーズをオーエンに見せた後、先に都市の門を守っている門番の詰め所へと緩やかな坂道を降りていく。
オーエンは笑って、その後ろからゆったりとした足取りで付いていった。
「不審者ですか?いいえ、特には見ておりません。行き交うのは商人ばかり……いえ、ここ最近はトレマーも多くなったように見えます」
「ふむ、そうか。トレマーか……ああ、気になるトレマーでも見たか?」
「いえ、特には。皆同じような身なりでしたよ。やはり発掘帰りというところでしょうし、ボロボロの布を纏っていたり長旅から戻ったという人も見受けられました」
トレマーとは古代の代物など、今では主に魔道書などを見つけて政府に渡すことで生計を立てている者達の総称だ。
国に過去の遺産を渡すことでそれなりの金になる。それを元手にまた旅に出て遺跡やらなんやらを掘り起こしてはまた持ってくる、というのが主な行動だろう。彼らは見つけた獲物を城の発掘所と呼ばれる場所へ持っていく。
トレマー達は魔道書について、魔法について国が認可し始めてからアンティークの置物や壷、剣などを国に渡すのではなく魔道書のほうが受け取れる金が高い事に気付き獲物の方向性を変えていた。
割と職業として成り立っていることから東の国のトレマーの数は年々右肩上がりなのだそうだ。トレマーとして文化発展などの偉業に貢献すれば、貴族になるのも夢ではない。
「そうか」
「あの、全身黒ずくめの人とかみませんでした?」
「黒ずくめ?そんな怪しい人は見てないなぁ。……報告書にもそれらしき人物は見当たらないね」
「ですよねぇ。ありがとうございます!」
「ところで何故オーエン大佐が調査を?何かあったのですか?」
「いや、たいした事じゃないんだが、最近盗難が頻発しているらしくてな。犯人の目撃情報も多いからこうやって調査しているというわけだ」
「ああそうだったんですか。……ではもし不審者が現れたらマークして別途報告書も作成しておきます」
「そうしてもらえると助かる。」
銀の鎧に身を包む門番をしている兵士はこくりと頷く。オーエンも頷き返すと踵を返して移動しようとするのでヴィクトリアも慌てて騎士に会釈して付いて行く。
城下町は城を中心に西へ向けて扇状に並んでいて、東は漁港だ。その中でも平民と外民の区画は真西と北の区域になる。今居た門は西門なので大通りを通り目撃者のいる果実屋を目指す2人。
「黒い、影のような魔物……昼間は普通に人ってことでしょうか」
「ただの盗賊とかその辺だと思うがなぁ。人に化ける魔物なんて前代未聞だぞ」
「でもまだ魔物のことも良くわかってませんし、ありえてもおかしくないですよね」
「まぁ、そうだが……この店の店主が目撃者だそうだ」
店先に色とりどりの果実が並ぶ店の前で歩を止めた。丁度売れそうな果実の充填をしていたのか、店先に出ていた女店主とヴィクトリアの視線が合う。
「いらっしゃい!あら、ヴィクトリアちゃんじゃない」
「おばさん!お久しぶりです!」
「あらあら軍に入ったって聞いたんだけど、ホントだったのね!ま~もぉ~立派になっちゃって~」
実は知り合いだったことにオーエンは後ろで唖然。わいわいと盛り上がる女子トークに呆気に取られている。ここは彼女に任せてみよう。
「あ、そうそうおばさん、なんか影の魔物っぽいのを目撃したって聞いたから今日来たの」
「あらヴィクトリアちゃんが来てくれたのね!そうなのよ~!四日くらい前かしら、店の裏口に商品が入ってる木箱と麻袋を置いておいたんだけど、その日は風が強くてもしかしたら倒れるんじゃないかって思って夜様子を見に行ったの。そしたら……」
「そ、そしたら……?」
「いたのよ~~~~!!影の魔物が!裏口開けたら丁度そこにいて!真っ黒な手で商品の麻袋を掴んで路地裏に消えちゃったの!!!」
「こ、怖いですね~!!…でもそれって本当に魔物ですか?」
「あんなの人間であってたまるもんですか!確かに形は人だったけど全身真っ黒で瞳は赤!まるで風のように暗闇に消えて行って……ああもう思い出すだけでも恐ろしい!」
熱弁する女店主をヴィクトリアは宥めていると後ろでオーエンが今聞いた特徴をメモしていた。全身が黒で瞳は赤。確かに不審者だが、それが魔物だという決め手にはならない。
「情報ありがとうおばさん。その魔物とっちめてやるから任せてよね!」
「ありがとうヴィクトリアちゃん。でも無茶はダメよ?この通りの店は皆そいつに何かしら盗まれてるみたいなのよ……武器屋のおじさんも頭抱えてたわ」
「武器屋からも?」
「ええ。でも盗まれたのはジャンク品の鉄くずばかりで捨てるつもりだったものだからまだ良かったって言ってたけど……もしも普通に武器を盗られていたら店を襲撃されるかもしれないって!」
その魔物の盗むものは果物から鉄くずまでと幅広く盗んでいっているようだ。目的が見えないその盗人にオーエンも首を傾げる。
大丈夫大丈夫とおばさんに言ってから振り返り、ヴィクトリアはオーエンの方を向いてニッと笑みを浮かべた。
「………オーエンさん、私にいい考えがあります。」
「なんだ?」
「おばさんに頼んでお店の裏口に罠を張らせてもらいましょう。割となんでも盗んでいく奴らしいですし、囮でおびき寄せてそこをガツン!」
「なるほどな……麻袋には適当にゴミでも入れておけばいいか。頼めるか?」
「お任せあれ!」
また笑って頷くヴィクトリアは再び女店主の方を向き、話を進める。
果物から鉄くず、関連性の全く無いものだが果物に関しては食料だから盗んでいったのだろうか。なら鉄くずは?もしかして犯人は鍛冶屋だったりするのだろうか。
城下町に鍛冶屋はそこまで多くない。しかしどこの鍛冶屋も武具屋とは提携したりしていると聞くしわざわざ盗みにいかなくとも……とは思う。
「オーエンさん、了承得ました!」
「よくやった。じゃあ数時間後にまたここへ来よう。…時間までは他の店にも聞き込みと行くか」
「了解です!……じゃあねおばさん!なんかあったら城が負担するし、大船に乗ったつもりでいなよ!」
「ありがとねぇヴィクトリアちゃん。それと上司の軍人さん。よろしく頼みます」
女店主は深々と頭を下げて、2人を見送る。……ん?
「お前城が負担するとか言っただろ今?!」
「え?はい。だってなんか壊したり盗まれちゃったりしたら私達の責任ですし!」
「いやまぁ確かにそうだがな……そういう事はあまり言うんじゃないぞ」
「?了解です」
微妙に理解できてなさそうに小首を傾げたヴィクトリアを尻目にオーエンはため息をつきながらも次の目撃者の元へ向かう。
先ほどの女店主がこの通りの店は皆盗まれていると言っていた。ならばこの通りの店を適当に当たっても情報は得られるはずだとオーエンは思い、片っ端から聞いてみることにした。
どこの店の人も皆ヴィクトリアを知っていて、笑顔を絶やさず話している。素直で純粋で明るくて、きっと彼女は町の皆から愛されて育ったんだろう。そんな彼女を見て眩しい、とオーエンは呟いた。この暖かい穏やかな日常を壊されない為にも、自分達が頑張らなければ。
ヴィクトリアは囮作戦の成功率を上げようともう一つ策を講じた。行く先々の店に事情を話し、今晩だけ店の裏口には何も置かないでもらうのだ。これでより盗人は果実屋の裏口を狙うようになるはず。
一通り回り終わるともう辺りは真っ暗で街灯の明かりくらいしかなくなっていった。人通りはほとんど無く寒風が肩を掠めていき、その風は店の戸のベルを鳴らす。
ヴィクトリアは果物屋の裏口がある細い路地の端に木箱を積み上げその影から裏口を見張っていた。オーエンはその路地から大通りに出る角で待機し、そちらの方へ犯人が逃げないよう挟み撃ちするつもりだ。
数分、数十分、一時間……時間は過ぎて行くが、姿は見えない。目を凝らしてよく見ても、ただ闇が続いているだけ。
しかしコツ、コツ、と微かな足音が聞こえた。足音だけは確実にするのだが、姿を認識することは出来ない。
けれど確実に、奴はいる。
「…」
ガサガサと麻袋が擦れる音がした。ヴィクトリアは木箱の影からそっと身を現すとゆっくりとした足取りで裏口へと近づいて行く。
近づくにつれぼんやりとだが奴の姿がぼんやりと認識できるようになった。黒いコートに、フードを被っている。そいつの背中から近づくようにするがまだ距離がある時に振り向かれてしまった。
そこには情報通り、赤い目がこちらを見ていた。フードから覗く顔はよく見えないが、やはり魔物ではなく人間のようにも見える。全身黒づくめだったのでこれは人々が影の魔物と噂するのも頷ける。
「お前だな!町の人のものを盗んで行くやつは!」
「……」
「大人しく捕まってもらう!」
「……悪いが、そうはいかない。見逃してもらえないだろうか」
「誰か盗人を見逃すもんか!私は軍所属の兵士。さぁお縄にかかりなさい!」
「…………仕方ない、か。あまり女の子に手は上げたくないんだが…」
声は低く、どうやら男のようだ。奴は麻袋から手を離したかと思えばヴィクトリアのほうへ走ってきて不意に腹部を狙って右の拳で打ち込んでこようとした。
一連の動作が速くてヴィクトリアは驚くもののなんとかバックステップで避け、奴は戦うつもりだと覚悟を決めてヴィクトリアも片膝を少し後ろに引いてからそれをバネにして奴の懐に飛び込んで行く。
奴は武器を一切持っていない。ヴィクトリアと同じように、拳のみで攻撃を仕掛けてくる。狙いは胴体や足だけ、顔などは狙ってこない。しかし一撃一撃が重く、速い。まるで石で殴られているように硬く、ヴィクトリアも防御したり相殺したりするものの確実に体力を奪われていく。
こいつは強い。ただの盗人なんかじゃない!
「ハァ、…ハ、…」
「…女の子の割りに中々やる。……軍所属は伊達じゃないというところか」
「ったりまえ!あんたみたいな盗人なんかに、負けるもんか!!」
ポニーテールを振り乱して走りこめば頭目掛け回し蹴りをお見舞いしようとするが、腕であっさりと受け止められてしまう。その時奴の腕が一瞬だけぼんやりと灰色に光った気がしたがその瞬間足を取られ壁に叩きつけられてしまった。
「ヴィクトリア!」
そこへオーエンが走り寄って来る。途中で懐に忍ばせていたナイフを2、3本投げ、奴をヴィクトリアから離すと急いで駆け寄って身を起こしてやる。ナイフは避けられて床に落ちた。
「大丈夫か?」
「問題、ないです…!」
オーエンの肩を掴んで少しよろけながらも立ち上がると再び構えを取るヴィクトリア。オーエンも片手剣をすらりと抜いてヴィクトリアを庇うように前へ出ればその切っ先を奴へと向けた。
「これ以上危害を加えるようならば窃盗以外にも罪状を付け加えるぞ盗人!」
「2対1か……分が悪いな…」
首を横に振る盗人にオーエンは交渉は無理とわかり斬りかかろうとした時、パァン!と何か爆弾でも破裂するような鋭く大きな音が耳を劈く。
その瞬間、オーエンのブーツには目立つ蛍光緑色の粘着質ななにかが纏わりついていた。足を動かそうにも、床にそれが張り付くように纏わり着いていて足を動かすことが出来ない。
「な、なんだこれは!」
「オーエンさん!」
「ヴィクトリア!俺に構わなくていい、奴を逃がすな!」
振り返るようにオーエンの近くに寄ろうとするが言われたとおり奴の方を向くと、そこにはあの盗人以外にももう1人、子供がいた。砂色のコートの襟で口元を隠し、ゴーグルとメットで頭部を完全に覆っている。おそらく先ほどの炸裂音の元凶なのだろう煙が立つ黒い筒のようなものを少年は両手で持っていた。
「1人で大丈夫なんて嘘じゃん」
「それは街中で使うなと言ったはずです!」
「だってヴェルピンチだったし。」
「ともかく逃げますよ!」
盗人は振り向きヴィクトリアを見てから距離を測るように数歩後ろに下がり、片手を地面に叩きつける。
するとその瞬間にまたぼんやりと奴の腕が今度は茶色に光ったかと思えば、石畳だったはずの地面から壁のように茶色い土壁が現れたのだ。あっという間に奴とヴィクトリアの間に壁が出来て道を遮られてしまった。
一瞬の出来事に呆気に取られる2人。一連の物音になんだなんだと何人かの一般人も様子を見に来ていたが、この状況だけをみるとさっぱり何が起きたかは理解出来やしないだろう。
「オーエンさん、今のって…」
「……ああ…魔法だな…」
見物人はこの路地に壁なんかあったか?さっきの凄い物音何?と口々に話していたが、2人にはそんな事耳に入らない。
盗人は魔法使い?でも奴は本も杖も持っていなかった。それにあの少年が筒を使って放っただろうこの粘着質なものはなんだ?
ナイフでなんとかその粘着質なものを剥がし、見物人に適当な理由を話し帰ってもらう。2人は兵舎へ向かう為、城と同じ方角へ歩き出した。
「……明日の報告は俺がエルダ将軍やファーケウスに先に一通り話しておこう。昼食後でいいから来てくれ」
「…はい」
「………今日の事は、くれぐれも他の奴には言うんじゃないぞ」
「え?」
「特に魔法研究室の奴らには言うな。……素手で魔法が使える奴がいると知ったら、あそこの研究者がお前や俺の話を聞こうと波のようにこぞってやってくるのが目に見える」
つまり兄には言わないでくれ、という事だろう。話すだけで何時間時間を食われることか、とオーエンはため息をついた。
あの2人の正体は一体?そのもやもやをそれぞれ抱えたまま、夜を明かす。
ヴィクトリアはあの強い男の一撃を受けた腕を摩りながら、ベッドに潜り込んでは拳を握り締めた。あいつは強かった。でも負けたくない。今度こそとっちめてやるんだと、…今度こそ顔面に一撃ぶち込んでやるんだと、執念を燃やしていたがいつのまにか眠りこけてしまっていた。
to be continued...